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君と二人で駆け抜けた戦場… 第3話「王都陥落! そして二人は…」

俺達は遺跡の大広間から、とにかく間一髪脱出する事が出来た。
岩壁から出ると、すぐ下りの階段になっていた。
 岩壁のこちら側は岩で出来ている訳では無く、階段も壁もコンクリートの様な無機質的な物質で造られている様だった。
 しかも壁の向こう側では真っ暗だったが、こちら側はどういう仕掛けなのか不明だったが、所々の天井や壁が部分的に光を発しているので歩くのに困る事は無かった。

 俺は初めて見る光景にキョロキョロまわりを見回すのだが、前を行く女は慣れてでもいるかの様に前を見てスタスタと歩いていく。

「おいっ! ちょっと待て! どういう事なのか俺にも分かる様に説明しろ!」
 俺は追いついて右手で女の右肩をつかんだ。右手に力を少し強めに入れて女に俺の方を向かせた。
「!」
驚いた… 女の目から涙がこぼれていたのだ。
俺はあわてて女の肩からつかんでいた手を離した。

「す、すまん… 乱暴だったか…? 痛かったのなら勘弁してくれ。」
 俺は女が苦手だった。俺は一人っ子だったし、まわりにいる女といえば祖母か近所のおばさんくらいだったからだ。
 それに… 思春期の頃には俺はもう軍隊に入っていた。まわりはどこを向いても、ごつい野郎ばかりだった。
だから、若い女にどう接していいのか分からないのだ。

 目の前に立つ女は下を向いて涙をこぼしていたが、ゆっくりと首を横に振っている。
「違うのです。私が悲しいのは、じいやをとむらってやれなかったから…」
女は泣きながら肩をふるわせ、声を絞り出すようにして俺に告げた。

「よく分かるよ… 俺も育ててくれた祖父母を亡くしたから…
気が済むまで泣けばいい。でも…残念だけど、もう祖父じいさんの埋葬はあきらめたほうがいい。」
俺のなぐさめの言葉を聞いて女は驚いたようだった。

「まあ、あなたもおじい様とおばあ様を… それは、さぞ辛い事だったでしょう… 私と同じですね…」
女は涙を拭いながら、今度は逆に俺に同情してくれている様だった。

 だが、さっきから気になったのだが老人にすがり付いて泣き叫んだ時と、俺に面と向かって話している今とでは女の話し方が違う事だった。
 今、目の前で話す女の口の利き方は育ちの良さを感じさせるが、さっきは老人の死にショックを受け、心の底から悲しみを叫んでいたようだった。
 今は俺に対して自分の見栄を張っているとでも言うのだろうか?
この女いったい、どういう…?

「すみません… 爺やをとむらってやれない悲しみに、取り乱してしまいました… あ、あの…あなたのお名前をおうかがいしてもよろしいでしょうか…? なんとお呼びすれば良いのか…」
何ともまどろっこしい聞き方だ。つまり名前が知りたいんだろう?

「俺の名はハガネだ、ハガネ・ロングブレイド… つい先月までは中尉だったんだが上官に楯突たてついたんで一気に格下げされて、今じゃ最下級の二等兵だ。戦場を徒歩で駆けずり回ってる。
ふ… つい愚痴ぐちっちまった。忘れてくれ…」
 俺は言わないでもいい事までしゃべってしまっていた。なぜだか分からないが、この女に対して素直に口についてしまったのだ。

「ハガネ・ロングブレイド… 変わった名前ですね…
申し遅れました。私はユヅキ… ユヅキ・リオラ・マクガイヴァーです。」
女の言った名前が、俺には最初よく理解出来なかった。

「ユヅキ…変わった名前だな… ユヅキ…リオラ…、マクガイヴァー… マクガイヴァーだって⁉」
 何度かその名前を口でつぶやくうちに俺は衝撃を受けた。俺の顔は真っさおになったに違いない。
 俺は慌てて左ひざを地面に着き、右腕を胸の前に水平に構え頭を深く下げて臣下の礼を示した。

「こ、これは…大変な失礼を致しました… あ、あなた様はマクガイヴァー王家第3皇女殿下のユヅキ姫であらせられましたか… これまでの私の数々の無礼をお許し下さい。」
 俺は頭を上げることが出来なかった。目の前にいるのは自分が所属する軍が仕えお守りする、マクガイヴァー王国の第7番目の皇位継承権を持つ姫君だったのだ。
 俺の様な兵士風情ふぜいが、この様に同じ場所にいる事さえはばかられる高貴な姫君だった。しかも、俺のユヅキ姫に取って来た態度は軍事裁判にかけられるまでも無く、即刻銃殺刑にあっても仕方のないくらいのものだった。

「そんな… おもてを上げて下さい、ハガネ・ロングブレイド… わが父の居城ヴァジーナ城は敵により陥落かんらくしたのです。もう、私は姫などではありませぬ…」
 ユヅキ姫がかがみこんで俺の肩に手を触れた。その瞬間、俺の身体に衝撃が走った…なんと恐れ多い事を…

しかし、衝撃が走ったのは姫に手をかけられたためだけでは無かった。俺は恐れ多かったが顔を上げて、目のまわりを黒く汚している姫の顔をまぶしいものでも見る様に見つめながらも聞かずにはいられなかった。
「ユヅキ姫… 今、何とおおせられました? 陥落…?」

「あなたは知らなかったのですね…ハガネ・ロングブレイド。そうです、三日前にわが父であるマクガイヴァー17世は、睡眠中に侵入してきた敵の手の者によって暗殺され…命を落としました… そして、その日のうちに…約800年に渡り続いた我がマクガイヴァー王国の王都ヴァジーナは、敵である隣国のグランバール帝国の手に落ちました…」

 俺は姫の告げた話に愕然がくぜんとした… 俺達末端の兵士は王都の陥落した事も知らされずにこの三日間、必死で戦ってきたのか…なんてこった…
戦場を駆けずり回って命を落とした奴も大勢いるってのに…
将軍達はなにをやってやがるんだ…?

「では、姫は先ほどの老人と共にヴァジーナ城から脱出を…?」

俺の質問にユヅキ姫が答える。
「ええ、そうです。ヴァジーナ城は敵の手に落ちましたが、まだわがマクガイヴァー王国には兄であるマルカス皇太子の治めるアズナバル城があります。そちらはまだグランバール帝国の猛攻に持ちこたえているとのしらせがありました。
 私と爺やはマルカス皇太子の元に、我がマクガイヴァー王国の始祖であるマクガイヴァー1世陛下が、神よりたまわりし伝説の起動兵器をアズナバル城の皇太子の元に届けるために城を抜け出したのです。」

俺はユヅキ姫の話の中に引っ掛かるものを覚えた。
「神? それに伝説の起動兵器…? それはいったい…?」

ユヅキ姫は俺の目を真っぐに見つめて話し出した。
「我が王国の始祖マクガイヴァー1世が当時の隣国であったグランバール帝国や、現在ではグランバールに侵略され併合されたその他の王国からねらわれていたヴァジーナ一帯を独立させ建国にまで至ったのには、神がマクガイヴァー1世に与え賜いし伝説の起動兵器『重神機兵ラグナス』の活躍があったからに他なりません。」

「『重神機兵ラグナス』…、神の与えた起動兵器…」
俺は姫の言った聞きなれない言葉を口の中でつぶやいた。

「そうです。『重神機兵ラグナス』さえよみがえらせる事が出来れば、王都ヴァジーナを奪還しグランバール帝国を退ける事も可能だと爺やが…」
 ユヅキ姫はここで亡くなった老人を思い出したのか言葉を詰まらせた。姫の目から涙がこぼれ落ちた。
姫の涙に俺は慌てて話をそらそうとした。

「それで姫様、その『重神機兵ラグナス』はいったい何処どこにあるのですか? 私が姫様をそこまでお連れ致します。」
俺は本気だった。
 俺達の祖国をグランバール帝国に奪われて蹂躙じゅうりんされたままで済ます訳にはいかない。それには、ユヅキ姫の申される伝説の起動兵器に望みを託すしか無いだろう。

「本当ですか? ハガネ・ロングブレイド殿… あなたに同行していただければ私は必ず『重神機兵ラグナス』の所へたどり着けるでしょう。」
ユヅキ姫は喜びのために目を輝かせていた。

「無論です、ユヅキ姫様。私はあなた様の臣下にしていただきたく存じます。ですから、その呼び方はお止め下さい。ハガネとお呼びいただけますればこの私めは恐悦至極きょうえつしごくに存じます。」

俺がユヅキ姫に申し上げるとユヅキ姫は即座に答えた。
「分かりました、ハガネ… では私からもお願いがあります。」

俺は身を引きめて返事を返した。
「はっ、姫様の命令と有ればこのハガネ、命を捧げる事もいといませぬ。なんなりと、お申し付け下さいませ。」

姫は苦笑する様に俺に言った。
「では、申しますね… 私はこれより姫ではありません。あなたと行動を共にする一人の女性として扱っていただきたいのです。
 ですから、私に対する態度や言葉遣いも改めていただきます。私のことはユヅキと呼んで下さい、ハガネ。」

俺はユヅキ姫の申し出に驚愕して口をポカンと開いたままだった。
しかし、俺はすぐに自分を取り戻して急いで姫に告げた。
「何をおっしゃるのです、姫…
 私は平民出の一兵卒で、マクガイヴァー王国の姫君と行動を共にさせていただくのは兵として光栄の至りですが、姫君に対しての態度を改めろと言われましても、このハガネには出来ませぬ。」
俺はユヅキ姫に対して断固として言った。

「そうですか… それでは私はあなたと行動を共にする訳には参りませぬ。ここでお別れいたします。私は一人で『重神機兵ラグナス』を探し出します。それでは、ハガネ殿。これにてお別れです…」
そう言ってユヅキ姫は振り返り、そのまま歩き出そうとした。

俺はあわてた。
「お待ちください、ユヅキ姫! 姫を血眼ちまなこになって捜し出そうとする敵の兵士達が大勢いるのです、そんなところへ姫様お一人で行かせるわけには参りませぬ。このハガネが命に代えてもユヅキ姫様をお守り致します。」

立ち止まりはしたが、俺に背を向けたままでユヅキ姫が言った。
「それでは、私の望みをかなえてくれるのですね…?」

俺は姫の強情さにあきらめて言った。
「わ、分かった… き、君の言う通りにするよ… 姫様…」

 姫は振り返ってスタスタと俺に近寄り、俺の顔をのぞき込みながら宣告する様に言った。
「姫ではありません。ユヅキと呼ぶのです、ハガネ・ロングブレイド!」

「分かったよ、ユヅキ…」
 俺の完敗だった。この姫様の言う通りにするしか俺に選択肢は無かったのだ。どうにでもなれ、と俺は少々投げやり気味の気分だった。

「それでいいわ、ハガネ。じゃあ、立って。」
 そう言うと、ユヅキは片膝をつき臣下の礼を取っていた俺の右手を自分の両手に取り、俺を立ち上がらせた。

こうして、俺とユヅキの身分を越えて共に行動する二人旅が始まったのだ

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幻田恋人
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