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ニケ… 翼ある少女:第25話「奪われたサンプルと風の牢屋とくみの初恋」

「はい、榊原さかきばらくみは中学校をめました。最近では家にいることが多いようです。ときどき、母親と買い物に出かけたり散歩をしたりしています。」

 榊原さかきばら家の前を通る道路に止めた黒いバンの助手席に座ったたちばな少尉が、携帯で北条に連絡を入れているところだった。

 たちばなのクトニウス機関で与えられた仕事は北条 智ほうじょう さとる付きのSPである。しかし、たちばなの希望で彼のひきいるBERSバーズ特殊潜入部隊の面々は、クトニウス機関専属の特務部隊に組み入れられ、それぞれの自衛隊在席時に相当する階級が与えられた。三尉であったたちばなは少尉の階級である。

「はい、次に榊原さかきばらくみが一人で外出した時をねらいます。はい… もちろん失敗はしません。はい… よい首尾をお待ちいただいて結構です。はい、それでは… 失礼します。」

北条との電話を切ったたちばなに運転席の部下が声をかける。

たちばな少尉、ターゲットが出て来ました。」

榊原さかきばらくみが家の門を出て、たちばな達の乗る大型バンと反対方向へ歩いていく。一人での外出の様だった。

「よし、気付かれないように付けろ。もし気付かれたら、そのままターゲットを追い抜いて通り過ぎるんだ。」

「了解です、少尉。」

 ゆっくりと車を発進させ、くみの後を静かに追うたちばな達。バンはハイブリッド車なので徐行では、ほとんど音を立てなかった。バンの後部には3人の隊員が乗っており、たちばなを含めた合計5人での追跡だった。この五人は全員が特殊潜入技術に特化したBERSバーズの部隊である。

 この時、くみもたちばな達も気付いていなかったのだが、立ち並ぶ住宅の屋根を飛び移りながら、静かに追う一つの影があった。

「人通りの多い場所はけろ。む…公園に入っていくようだな。よし、後ろの3人と俺が公園のそれぞれの入り口から入る。お前は車をいつでも出せるように運転席で待機だ。」

 そう言ったたちばなは3人の部下達と車を降り、公園の別の入り口をそれぞれ目指した。

 くみは学校をめてからは、自宅においてリモートでの中学校の教科の講義を受けていた。それ以外では母アテナの家事を手伝い、アテナと買い物に出かけたり、祖父の賢生けんせいに師事して陰陽道おんみょうどうを学んだりして過ごした。
 たまに、息抜きがてら一人で公園に散歩に出かけたりもした。今日もリモートの勉強終了後の食事を済ませてから、こうして公園に出かけてきたのだ。

 公園のベンチに腰掛こしかけたくみは大きく伸びをして、まわりを見回した。平日の午後なので人が少ない。
 たまに、話しながら通り過ぎる老人達や、主婦らしき女性が犬の散歩をしたり、ジョギングをする若者が走る程度だった。

 くみは年齢に似合わず、この公園で一人で過ごすのんびりとした時間が気に入っていた。

 すると、あまり公園に似つかわしくない男が一人、くみの方に近づいてきた。なんとなく、男の雰囲気ふんいきや態度が気にかかるのだ。
 それに今どき黒いサングラスなんて、よけいに目立つだろうに…と、くみは思った。

 くみは反対方向からも同様の黒サングラスの男が近づいているのに、すでに気付いていた。そして、もう一人…

『全部で3人か… どうせろくな用じゃないわよね。』

くみは速足はやあしで男達から離れようとした。
 くみの進行方向には、黒サングラスだが上下ともに緑色の服を着た男が立っている。その男のそばを通り過ぎようとしたくみの左の二の腕に、チクッとする鋭い痛みが走った。
 くみが男の方を見ると、服の袖から覗いている男の両腕が、緑色のカマキリの鎌の様に変化していた。

「くっ…」

 くみは男のそばから数m跳躍ちょうやくして離れた。自分の左の二の腕を見ると浅くはないひっかき傷が出来て、鮮血がポトポトとしたたり落ちていた。
 さらに攻撃を加えてくるかと身構みがまえたくみの目の前で、カマキリ男は突然全速力で逃げ出した。

 追おうとするくみと逃げる男の間に、別の黒サングラスの男が立ちはだかった。
 男の目はサングラスで隠されているが、見えている口のまわりからはドジョウの様なひげ状の触覚しょっかくが数本生えていた。
 サングラスのまわりにもいくつか目があるようで、サングラスの外側にはみ出た目がくみをにらんでいる。
 その目は人間の目ではなく、にごった魚の目の様だった。皮膚の表面はぬらぬらとテカっていて、まるでウナギの身体の表面にそっくりだった。
ときおり、その皮膚からは電気のスパークが走っているように見える。

「こいつは電気ウナギなの…? 気味の悪い連中だわ…」

 くみは怪我けがを負った左腕を押さえて、気味の悪さに身震みぶるいをしながら電気ウナギ男から自分の身体を遠ざけた。
 電気ウナギ男は、くみに対して攻撃する気は無いらしく一定の距離を保ったままだった。そこへ、先ほどのカマキリ男が戻ってきて電気ウナギ男に対して言った。

「おい、上手うまくいったぞ。サンプルは隊長に届けたぜ。もういいから逃げるぞ!」

 そう言ったカマキリ男は、またしても走って逃げだした。電気ウナギ男もくみの前から後ずさりをして振り返ると、二人一緒に一気に駆け出した。

「待て! 逃げる気?」

 くみは追おうとしたが、すぐに前を見て立ち止まった。ニケから走って逃げていく二人の怪人達の前に、小さな竜巻たつまきが巻き起こったのが見えたのだ。
その竜巻たつまきの中から一人の人物が現れた。
 怪人達は別々の方向に逃げ出そうとしたが、双方ともに台風並みの強い風でもと居た場所へと押し戻されて、互いに背中合わせで尻もちをついてその場にへたり込んだ。
 すると、二人のまわりを風が気流となって回転しながら取り囲む。二人の怪人は風の壁に閉じ込められているのだ。まるで風の牢屋ろうやの様だ…こんな自然現象があるはずが無い。

 怪人達を追ってきたくみは風の牢屋ろうやの前で立ち止まり、竜巻たつまきの中から姿を現した人物をあらためて見た。
 それは、くみが夜も眠れないほどに思いつめ、世界で最もいたかったひょうその人だった。
くみは、自分の胸が高鳴るのを感じた。

ひょう君… また私を助けに…」

 あれだけいたかったひょうを目の前にして、くみはそれ以上の言葉が出てこなかった。

『なんだろう… この胸の感じ… なんだかドキドキしてる… もっとひょう君に話しかけたいのに、出来ない…』

 ひょうが風の牢屋ろうやに閉じ込められている二人に対して恐ろしく静かな口調で言った。そのかえって静かな口調が、聞く者に堪えることの出来ない恐ろしさを感じさせる。

「お前ら、くみに何をした。何が目的でくみを襲ったんだ? 白状しないと、その風の牢屋ろうやを閉じるぞ。
 それがどういう事か分かるか? その風に触れた部分はズタズタになる。前にくみを襲ったお前達の仲間が、どうなったかは知ってるだろ。あれは俺がやったんだ。
俺はくみを襲う奴らに容赦ようしゃするつもりはない。さあ、早く言え。」

 よく見ると、少年の言うように風の牢屋ろうやが徐々に縮んでいるではないか。風の壁は少しずつ二人の怪人にせまっていた。

「わ、分かった! 頼むっ! や、やめてくれえ! 何でも言うからっ!」

 風を自在にあやつるる少年はニヤリと口元をゆがめた。すると縮んでいた風の壁は動きを止めた。

「分かったら、さっさと言え。嘘を言えば、どこへ逃げても俺がお前達を必ず見つけ出して、刺身さしみにしてやるからな。」

「わ、分かった。い、言うよ… 俺達はその娘の身体からサンプルを採取して来いと命令されてたんだ。」

「サンプル…? 何だ、それは?」

「その娘の…ニケの身体の一部… 何だっていいんだよ。ニケの血液とか皮膚のかけらとか、髪の毛なんかだ。それを持ち帰るよう命令を受けたんだ。」

「何のためにだ。そんな物を何に使うんだ?」

「そ、そこまでは聞かされていない… ほ、本当だ! 嘘は言ってない! 俺達は命令に従うだけなんだ、質問することは許されていないんだ!」

「ふん、どうやら嘘では無さそうだな…」

 風の牢屋ろうやが突然消えた。二人はホッとして全身の力が抜けてしまったようだ。恐るべきBERSバーズ特殊潜入部隊の精鋭達もひょうの前では形無しだった。

「おい、カマキリ男! お前にはばつを与えるぞ。くみの腕に怪我けがわせたろう?」

一陣の風が吹いて、瞬時にカマキリ男の右肘みぎひじから先を切り落とした。

「ぐわああっ! お、俺の腕があっ!」

カマキリ男は無事な左腕で、そこから先が無くなった右肘を押さえてのたうち回った。その姿を冷たい目で一瞥いちべつしたひょうは、もう一人の電気ウナギ男に対して言った。

「それで、そのくみから採取したサンプルはどうしたんだ? 正直に言わないと、お前は腕一本じゃすまないぞ。」

電気ウナギ男がガタガタとふるえながら答える。

「ひいっ、は、話します! うちの仲間に渡した… ほ、本当だよ! 公園の一番大きな出入口に止めてある大型の黒いバンだ。そのバンに乗ってるんだ。」

「もし嘘だったら… お前達も細切こまぎれの肉片に変えてやるからな。俺はしつこいから、どこまでも追うぞ。
 とにかく、そこで待ってろ。確かめてくる。くみはそいつらを見張っていてくれ。」

 そう言ったひょうは、自分のまわりに小さな竜巻たつまきを生じさせ、その竜巻たつまきに包まれたまま飛び去った。

 くみは二人の怪人を見張りながらも、ひょうの飛び去った方向を見た。ひょうのそばにいると高鳴った胸の鼓動が、徐々にしずまってくるのが自分でも分かった。

「何でひょう君のそばにいると胸が苦しくなるんだろう… こんな気持ち、初めて… でもひょうくんと離れたら… 何か胸が切なくなるのは何故なぜなの…?」

 くみはひょうに対する今の自分の気持ちが『恋』だとは、まだ理解出来ないでいた。
そう… それは、くみにとっての初恋だったのだ。

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『次回予告』
一人、そしてまた一人…
ひょうの捕らえたBERSバーズ特殊潜入部隊の二人の捕虜がくみの目の前で殺されていく…
どこからかねらう狙撃手の魔の手にニケは勝てるのか…?

次回ニケ 第26話「狙撃手との戦い」
にご期待下さい。


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