ニケ… 翼ある少女 : 第15話「くみの怒り… BERSとの対峙」
普段の榊原くみは私立中学3年生の普通の女子生徒であった。学校の制服はセーラー服である。朝の通学は通常バスと電車で通学している。いつも仲の良い同級生である西山愛理と一緒に通学していた。
最寄りの駅から徒歩で20分ほどの所に、くみ達の通う中学校はあった。
くみは、いつものように愛理と二人で仲良くしゃべりながら歩いていた。学校まで半分くらいの所に神社がある。その前まで来たところで愛理が立ち止り、くみの腕を引っ張った。
「ねえ、くみ。ちょっと神社でお祈りしていこうよ、今日のテストでいい点取れるように。」
「ええ…? いきなり何言ってるのよ、愛理は。もう、しょうがないなあ… あんた、ちゃんと勉強しなかったの?」
くみの問いに愛理は舌をペロッと出して苦笑しながら答える。
「昨夜さあ、彼氏とラインやりすぎちゃってね、勉強あんまりしてないのよ… しかも、寝不足だし… ふぁああ…」
「もう、あんた何やってたのよ… テスト前だってのに。仕方ないなあ… ホントにちょっとだけにしてよ。」
くみは仕方なく愛理に付き合う事にした。
「へへへ、ありがと…くみ。苦しい時の神頼みってね。」
二人は神社でお賽銭を投げて、それぞれ神様にお祈りをした。愛理はテストの祈願と彼氏とのラブラブな関係が続く事を、くみは祖父を含めた家族の健康を祈った。
「さっ、もういいでしょ…愛理。早く行かないと遅刻しちゃう。」
二人は速足で神社を出ようとした… が、鳥居の陰から男が一人現れて、くみ達の行く手をふさいだ。二人が男を横にかわそうとすると、男はそちらの前に立ちふさがる。男の顔は表情を表さない蛇を連想させる、見る相手に不快な感じを与えずにおかない顔だった。
ムッとしたくみが前に立ちふさがる男に向かって
「すみません、通して下さい… 私達、急いでるんです。」
と言うと、男はくみの顔をじっと見つめながら低い声で答えた。
「あんた… 榊原くみさんだろ…? あんたに、ちょっと用があるんだよ。そっちのお嬢ちゃんは行っていいぜ…」
と、男は愛理に対して顎を突き出してから、神社の出口である鳥居の方へ顔を向けた。
「何言ってんの…この人。ねえ、行こうよ、くみ…」
愛理は青い顔をして男の方を見ながら、くみの腕を引っ張って言った。
「ううん、いいから先に行ってて、愛理は…」
くみが言うのに愛理は首を横に振って、くみを引っ張る腕にさらに力を込める。
「いやよ、あんたまで何言ってんのよ? 早く行こうよ!」
だが、くみも愛理に対して首を横に振り、彼女を諭すように優しく言った。
「大丈夫よ、愛理… 私ね、この人知ってるのよ。だから大丈夫よ。愛理は早く行かないとテストに遅れちゃうよ。せっかく神様にお祈りしたんだから…」
「そうだぜ、お嬢ちゃん… 言われた通りに早く行きな。俺は榊原くみさんとは本当に前からの知り合いなのさ。誓って嘘じゃない。だから、あんたは安心して先に学校に行ってりゃいいんだよ、な。」
男が身体を半分ずらして、愛理が通れるようにした。
「本当に大丈夫なの…くみ? 私、先に行って人を呼んで来るわ。」
そう言う愛理に対して男が言った。
「そいつは、くみさんのためにならないと思うぜ、お嬢ちゃん。ここで起こった事は誰にも言うんじゃない。でないと… あんたやあんたの家族にまで迷惑が及んじまうかも知れないなあ。さっさと学校へ行って大人しくテストでも受けてな。」
愛理は泣き出しそうな顔でくみを見つめると、駆け出して鳥居をくぐり神社を出て行った。
くみは走り去る愛理の方を確認してから、腰に手を当てて男に向き直って言った。
「さあ、早く要件を言ってよ。私も急いでるんだから、さっさとしてよね。」
「分かった、分かった。じゃあ要件を言おうか。あんたには俺と一緒に来てもらいたいんだ。」
男はくみの目を睨むように見つめながら言った。
「嫌よ! どうしてあんた達なんかと一緒に… それに、他の人達も隠れてないで出てきたらどう?」
くみは周りをぐるりと見まわしながら、大きな声で言い放った。すると、神社の敷地内にある建物や木の陰に隠れていた男達が姿を現した。話しかけてきた男も含めて全部で5人だった。全員、動きやすそうな素材の黒ずくめの服装をしている。蛇の様な顔をした最初の男以外は、全員黒い目出し帽を被っていて顔は分からなかった。
「見るからに怪しそうな連中ね、私があんた達と一緒に行くとでも思ってるのかしら? 私は今、頭にきてるところなんだからね、学校に行くのを邪魔されて… 気をつけないとタダじゃ済まないかもよ!」
「ははは、威勢のいいお嬢ちゃんだな。今日はあのおかしな術を使うジジイは一緒じゃないのに、タダじゃ済まないとは笑わせてくれるぜ。」
最初の男が笑いながら言う。この男だけ目出し帽を被っていないので素顔なのだが、蛇の様な目をしていて笑った口も通常よりも大きく耳まで届くように広がり、やはり蛇の口に似ている。嫌な顔… くみは本能的に嫌悪感を抱いた。
「そう言うあんた達は、あの時の公園で私達を襲ってきた連中なのね…」
「察しがいいな。そういう事だ… だから前からの知り合いだって言っただろ。あの時はジジイのおかしな狛犬どものせいで、仲間を一人やられたがな…」
「何言ってるのよ! あの姿を変える男を殺したのは、お祖父ちゃんじゃなくて、あんた達じゃない!」
「はっはっは、その通りだよ。俺が殺したんだ。あいつは俺の部下だったんだが、しくじった上に秘密までしゃべろうとしたからな。当然の処分だ。もう一つ言っておくと、高層ビルでお前が追いつめてたヤモリ男を狙撃して殺したのも俺だよ。俺の狙撃の腕前もちょっとしたものだったろ? もっとも、あいつはBERSとしては不良品の脱走兵だったから処分したまでだがな。」
「ひどい… 何も殺さなくたって… 仲間をそんなに簡単に殺すなんて…」
くみは男の言い分に嫌悪感を覚えて顔をしかめた。男はそんなくみを見て笑いながら言う
「お前が大人しく俺達について来れば誰も怪我なんてしないさ… さっきのお嬢ちゃんもな。もっとも…今ごろ俺達の仲間が、あの娘を拉致している頃だろうがな。」
くみは顔色を変えて叫ぶ。
「何ですって! あの娘には何もしないって言ったじゃない、嘘つき! 愛理に何かしたら… 本当にただじゃ済まさないから!」
くみの美しい青い双眸が眩い光を放った。彼女の全身は怒りに震えていた。この男達の理不尽な考えと行動を許せなかったのだ。男達はくみの怒りの凄まじさに、その場で立ちすくんでしまい一歩も動くことが出来なかった。蛇の様な顔をした男も同じく茫然と立ちすくんでいた。
その時、くみの全身からは怒りのオーラが立ち上っている様に見えた。いや、見るがいい… 実際にくみの全身の素肌が露出した部分から、小さな青白い稲妻のスパークがいくつも走っているではないか… くみのポニーテールに結ばれていた美しい栗色の髪はゴムがはじけ飛び、ほどけて逆立っていた。くみの暴漢達への凄まじい怒りは、彼女の全身から放電現象を引き起こしているのだ。
「なんだ… これは…? この娘、いったい…」
その時、神社の本殿とは別になった境内社の背後に隠れて様子を見守っていた一人の男が姿を現した。そして、くみが引き起こす凄まじい怒りの放出に戸惑いながらつぶやいた。
現れた男は内閣情報調査室特務零課の課長を辞職した後、しばらく世間から消息を絶っていた北条 智だった。
その場にいた全ての男達が戸惑いながら見守る中、くみが空を見上げた一瞬後には彼女の姿は消えていた。くみはニケへと変身し背中の銀色の翼を広げて、瞬時に超音速で頭上高く舞い上がったのだ。くみの立っていた場所の周辺では、ニケが超音速で真上に飛び立った事で、彼女が爆音とともに巻き起こしたソニックブームによる衝撃波が地面に叩きつけられ、BERSの大男達全員を数メートルも後ろに吹き飛ばしていた。神社の敷地に敷き詰められていた玉砂利も、くみを中心とした半径数メートルの放射状に全て吹き飛ばされ、跡には茶色い土の地面が円を描くように覗いていた。他にも辺り一面にあった物が倒れたり吹き飛ばされたりと、影響を受けていない物は皆無だった。
神社内の建物でニケの立った場所に面した側の全ての窓ガラスは衝撃波で割れていた。まるで、小さな竜巻が神社内を吹き荒れた後の様だった。
境内社の横に立ち、眼前で繰り広げられる光景を見ていた北条ももちろん無事では済まず、その場から衝撃波で後ろに吹き飛ばされて地面に転がった。
「ううう… あれが…ニケ…? 目の前から消えてしまったが、彼女は本当に空を飛んだのか…? 何と凄まじい…」
横倒しに地面に転がった姿勢のまま、北条が痛みに呻きながらつぶやいた。
しかし、苦痛の声を上げながらも北条は、ずっと探し求めていた宝をやっと見つけた様な喜悦の表情を浮かべ、目には物欲しげな怪しい輝きを帯びて、ニケが消え去ったと思われる天空を見上げていた。
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『次回予告』
通学途中に親友の少女が拉致されそうになり、怒りに燃えてニケに変身したくみ。そして、ニケの前に立ちはだかった怪力BERSとの戦闘が始まる。
ピンチに陥ったニケの前に現れた謎の少年は果たして味方なのか、それとも…?
次回ニケ 第16話「BERSとの激突… そして現れた不思議な少年」
にご期待下さい。