ニケ… 翼ある少女:第35話「阻止されたSLBMの東京着弾… だが、北条 智の真の目標とは…? 」
「SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)は阻止された様ですね…本当に残念です。」
原潜『クラーケン』の発令所でシルバーウッド少佐が言葉とは裏腹な安堵を浮かべた表情で、北条 智にお愛想を言った。
北条はシルバーウッド少佐をちらりと横目で見てニヤリと笑みを浮かべた。「心にもない事を言うねえ、君は… 殺そうか? でもね…SLBMが阻止されたなんて君は言うけど、それは事実なのかい?」
北条は右手に持つ拳銃をトリガーガードに入れた右手の人差し指でクルクルと回しながら、シルバーウッド少佐に聞いた。シルバーウッド少佐はその北条の拳銃を指先で扱う危なっかしい様を、横目で恐々見ながら答える。
「しかし、北条艦長… 実際に偵察衛星から送られてきているライブ映像では、SLBMは推進力を奪われて目標上空から遠ざけられて行くように私には見えます…
もちろん、自分の目で見てもいまだに信じられませんが…」
「フフフ… はあっはっはっは…! ああ可笑しい… 笑わせてくれるねえ、君は… 涙が出てきたよ。SLBMはちゃんと目標にピタリとくっついているじゃあないかね、今も変わらずに。」
北条はひとしきり笑った後で、シルバーウッド少佐に向かって言った。言われたシルバーウッド少佐には何の事だか分からない。
「どういう…意味なのでしょう… 私にはさっぱり… 艦長のおっしゃる意味が分かりません…」
北条は笑みを浮かべながら、シルバーウッド少佐に教え諭すような優しい口調で言った。
「だから… 君は大きな勘違いをしてるんだよ。私が君に設定させた首相官邸が、SLBMの真の目標だと今でも君は思っているんだね?」
シルバーウッド少佐の頭は混乱した。北条が何を言ってるのか全然分からなかった。
「しかし、一度設定されたSLBMの攻撃目標は二度と変更は出来ませんが…」
北条は後ろを振り返って、そこに控えているチャーリー萩原に向かってお手上げのポーズをして見せる。チャーリー萩原も北条に対して肩をすくめて笑っている。
「分かった… ちゃんと説明してあげようじゃないか。鈍い君にも分かるようにね。
SLBMはちゃんと私の計画通りに相手側に阻止されたんだよ。ニケと暗号名『風小僧』の二人によってね。
しかし、まああの『風小僧』の能力には私も心底驚いたがね。まさかあれほどの超大型台風並みの勢力を持つ低気圧を自在に操れるとは…
まあ、それはいい… 現在SLBMは本来の目標である二人によって運ばれているんだよ。私のSLBMを使った核テロの本当の目的は最初からあの二人を消す事だったんだ。
首相官邸も東京も壊滅させるつもりなど私には端から無いんだよ。私はあの邪魔な二人を消してしまいたかったのさ、今後の私の目的を達成するための邪魔となる二人をね。」
北条は説明する事自体が楽しくて仕方が無いといった表情で、シルバーウッド少佐に話していた。
「そ、それでは… 艦長はSLBMがその二人に阻止されるのを見越して東京に向けて発射されたのですか…?」
シルバーウッド少佐は身体の震えが止まらなかったが、北条に聞かずにはいられなかったのだ。この男の取った行動はあまりにも常軌を逸しており、気が狂っているとしか思えなかった。
「そうだよ。君には本当の事は言ってなかったな。
私は必ずあの二人がSLBMの東京着弾を阻止するために動き出すと賭けを打ったんだよ。まあ、賭けに負けても私としては別に構わなかったというのが本当の所だがね… ふふふ。
だが… 読みは当たり、私はまんまと賭けに勝ったわけだ。」
シルバーウッド少佐は、この狂気に支配された男の身勝手な言い分はなんとか理解出来たが、どうにも腑に落ちない事を北条に聞いてみた。
「しかし、艦長… SLBMに搭載している核弾頭はこちらの意志で爆発させる事などは不可能ですよ。目標だった首相官邸の座標上空の決められた高さに達した時にのみ、爆発が作動する様に設定してある訳ですから…」
この意見を聞いた北条は、我が意を得たりという表情で満足そうに答えた。「本当にそう思うかね、シルバーウッド副長補佐?」
シルバーウッド少佐は、北条の顔に浮かんでいる自信の理由が理解出来ないままに首を縦に振った。
「は、はい… 私が自ら攻撃目標を設定したのですから…」
「ふふふ、君は当然BERSを知っているだろう?
BERSの能力については、調整の仕方次第で様々な固定能力を付加する事が出来るんだ。
つまり、爆発能力を持つBERSもまた然りだな。
この爆発能力を核爆発を起こさせる起爆に用いる事は出来ないだろうか…?
私はこう考えたのだ。
しかし、通常の爆発という現象は一方向のみに爆発の力が加わるので、爆弾やミサイルなどを使って核の誘爆を起こすことは出来ない。
核爆発を起こすためには、プルトニウムに均等に各方向からの爆発による圧力を同時に加えなくてはならない。これを爆縮と言うんだが、この爆縮を起こすことが可能なBERSが存在するとなると、話は面白う方向に変わってくるんじゃないかね。
そう、私が考えた核爆発の起爆機能として有効となる訳だ。
この爆縮を固有の能力としたBERSは、他に何の取り柄もない出来損ないとして誕生したのだが、こいつを核ミサイルの中に仕込むことが出来ればどうなると思うね。
この爆縮BERSにプルトニウムを自分の体内に取り込んでから、自ら爆縮を起こすように命令を与えれば…
爆縮を加えられたプルトニウムは超臨界に達して核分裂連鎖反応を開始する… つまり、核爆発が起こるのさ。
なんとも便利なBERSもいたもんだね。
ちなみにその爆縮BERSを、ここにいるチャーリー萩原副長があのSLBMの内部に仕込んでおいた。
この爆縮BERSのもう一つの長所はね、調整前の人間の体型を留めていないんだ。つまりSLBM内部に隙間さえあれば中に紛れ込ませることが可能なんだよ。まあ、実際に出来たんだからすごいだろ?
そして今もこの爆縮BERSは、SLBM内でプルトニウムを抱きかかえたまま生きているんだ。
今この瞬間でも刻々とヤツの生命反応が、バイタルサインとしてこちらに送られてきているからね。
コイツに爆縮を起こすように命令するための受信機も仕掛けてあるんだ、用意がいいだろう? 私からのある種の周波数信号を受信すればヤツは即座に爆縮を起こす…
そして核爆発がドカンさ。あの二人を巻き込んでね…」
シルバーウッド少佐は茫然として言葉も無かった。つまり、北条 智は一体の特殊な能力を持ったBERSを犠牲にする事で、敵であり最も自分の邪魔な存在の二人を始末するためだけに核ミサイルを爆発させるというのである。
狂気に陥った男のバカバカしく狂気じみた計画に、自分も加担してしまったのだ。
シルバーウッド少佐は両膝が砕けるように腰を落とし、発令所の床に尻もちをついた。そして、そのまま彼は失禁してしまった。
そのシルバーウッド少佐の様子を見ていた北条は、鼻をしかめて声を張り上げた。
「はっ! 何だコイツは…? だらしのないヤツだな…
『クラーケン』の航行に必要だから生かしておいてやるが… 誰か!シルバーウッド副長補佐を医務室に連れて行ってやれ!そして発令所の床掃除を行なえ、今すぐにだ!」
北条は根っからの潔癖症で神経質な男である。
このような不始末を犯したシルバーウッド少佐を処分してしまいたいのはやまやまだったが、やはりこの原子力潜水艦『クラーケン』の航行にはこの男が必要であることから泣く泣く我慢せざるを得なかった。
せめてもの腹いせに、運び去られる前のシルバーウッド少佐の腰を蹴とばしてやった。
北条は、ほんのちょっぴりだが気分が良くなった。
後ろで北条を見ていたチャーリー萩原は口に手を当てて笑いをこらえていた。
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同じころ、ニケと飄の二人は日本国のギリギリ領海内である太平洋上空までSLBMを運んで来ていた。
「ここまで来れば大丈夫じゃないかしら。飄くんはどう思う?」
ニケが、思いを寄せる相手である飄の意見を聞く。それに対して飄は周辺の海域を見回して返事をした。
「ああ… いいんじゃないかな。見渡す限り、航行している船もないし、この辺は旅客機の航路からも外れているようだ。成治さんに指示されていたんだ。この辺りまで運んでくれってね。」
「そうなんだ、成治叔父さんに…」
ニケは普段無口な飄と会話が出来るのが嬉しくてたまらない。ここまでSLBMを運んで来る途中でも飄はあまり口を利かなかったのだ。
『成治叔父さん、ニケよ… 飄君が叔父さんに指示された海域までミサイルを運んで来たわよ。』
ニケは自分の思念を、思念ネットワークに通じて成治に送った。
『ああ、ニケ… もちろん分かるとも。飄君の台風は気象衛星で見落とす事はないさ。
その辺は太平洋上のギリギリ日本領海内なんだ。君達が今いる空域から南西の方角に小さな島が見えるはずだ。そこは日本領海内の無人島の一つだ。そこにSLBMを下ろして欲しい。
今、こちらで核兵器処理の人員と装備を手配しているところだ。手配が完了し次第、核燃料専用の運搬船に載せてその島まで運ぶ。そしてその海域でSLBMの弾頭部分に搭載されている点火装置(爆縮火薬の点火タイミング制御装置)を除去してしまえば、そのSLBMは核爆弾としての用は成さなくなる。
そうなれば、もう誤爆の心配も無い。後の弾頭内のプルトニウムの処理は追々と政府と関係各機関が考えていくさ。』
ニケは飄と顔を見合わせて、互いに笑い頷き合った。
ゆっくりと、ニケの支えるSLBMを無人島に下ろしていくニケと飄。
そんなに大きな島では無かった。甲子園球場2個分くらいの面積だろうか。その島の砂浜にゆっくりとSLBMを下ろす。
飄の低気圧のせいで島そのものは台風の目にあるので穏やかなのだが、その外側の海域は暴風が吹き荒れていた。飄は自分が起こしていた低気圧を消した。
その途端、先ほどまであれだけ大波の荒れ狂っていた海が、暴風が止んだことによって本来の静かな夜の海に戻った。
飄の低気圧が吹き飛ばしたおかげで二人が見上げた夜空には、雲一つなく満天の星と綺麗な満月が輝いていた。
浜辺に物騒なSLBMが横たわっているのを別にすれば、満月に照らされた無人島に若いカップルが佇んでいる姿は、微笑ましくも美しい風景だった。
若い二人は互いに意識し合い、口を利かないで静かに佇んでいた。
だが、静かに流れる風と波の音が二人の沈黙を打ち消し、無人島の浜辺をいっそうロマンティックにするべく色を添えていた。
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「フローティング・アンテナを使用! 衛星からニケの位置情報を引き出せ!」
北条は気象衛星を利用して、現在は消失してしまったが暗号名『風小僧』が発生させていた低気圧の最終確認位置の緯度と経度の正確な座標情報をダウンロードさせた。そして、『クトニウス機関』所有の軍事偵察衛星を使って、低気圧が最終的に存在していた位置の映像をモニター上に表示させた。
そこには、無人島であると思われる小さな島が映し出された。
「映像を拡大。あの無人島の砂浜を映し出せ。」
拡大された砂浜に、横たわるSLBMと二人の人物が確認出来る。
「ふふふ… いたな、ニケに風小僧よ。さながら、ロマンティックな月夜の浜辺に佇むカップルというところか。
しかし… 残念だが君達の幸せな時間は、もうすぐ島と共に消滅するんだ。」
北条は残忍な笑みを浮かべながら発令所の通信端末のキーボードに手を伸ばし、エンターキーに右手の人差し指を載せた。
「さらばだ、ニケ、風小僧…
爆縮開始!」
北条 智はエンターキーを押した。
この瞬間、原潜『クラーケン』よりSLBM内部に潜んだ爆縮BERSに対して、ある種の特殊な電波が発信された…
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「はっ…? 飄君、そのミサイルから何か音がしない…?」
くみの聴覚は、通常の人間のそれよりもはるかに優れていた。もちろん、風神である飄も同様である。
二人の耳に、SLBMの内部からカサコソと何かの動く音が聞こえた。
「まずいっ! ニケ、飛べっ!」
くみは瞬時にニケへと姿を変え、隣にいた飄を抱きかかえて極超音速で一気に空高く飛んだ。
次の瞬間…
砂浜に横たわっていたSLBMが眩い太陽の様な光を発して膨れ上がった!
そして…
ニケ達のいた無人島は、一瞬にして太平洋上から消滅した…
第一部『東京壊滅阻止 』篇 完