【73歳父の小説】あのころ①初めに
73歳になる父親が小説を書いている。
仕事は飛行機の整備士だったのだけど、定年後も宅検に合格したり、旅行業務取扱管理者という資格も取った。
再就職に必要だからというわけではない。
ちょこちょこいろんな賞に応募したりしているようだが、なかなか多くの人に読まれていないようなので、せっかくなので私がnoteに置いてあげることにした。
あのころ ①初めに ポール守谷(著)
今ではもう大昔の話になったが、思い出せば昭和40年代、高度成長期時代に青年期を迎えて。
その底辺でひたすらその発展を支えてきた、ベビーブーム世代の自分。
父が戦争と言う先が見えない勤労奉仕をやっとのことで終えて。
南方仏印から復員してきて。
母と出会い貧しいながらも、これから二人で平和な暮らしができると喜びを分かちあった結果の産物が自分であった。
信州の山奥の農村での事で。
自分の見る範囲、聴く範囲の事がこの世の全てであった。
いつも自分を中心にこの世が回っている気がした。
やっと会社勤めも無事終了して。
子達もひととおりそれぞれの方向に進み、少し自分の時間が持てるようになった。
すると一昔ならば「俺の子供のときゃあなあ、ああでこうで。」と懐かしく当時を思い出しながら回りの子供や若者たちに話してるだけの「おじいさん」でよかった。
が幸いに長寿社会になり、人生80,90,100年時代。
まだまだ余命もありそうで。
今頃から「俺の若かった昔はなあーー」と中途半端な人生の途中でそんなことは言ってられ無い。
第一聞いてくれそうな若者たちは、コロナ禍で仕事を失う人が増えて、非正規従業員の解雇就職難が続いている。
かつての日本の元気さが失われているかのようで。
将来に明るい希望をみんなが持てないでいる。
子供たちも同様である。
未来を担なってもらうならそれなりに彼らに元気が出るようなやる気を起こさせるようなプランを示さなくてはならない。
誰が悪い彼が悪いと、責任転嫁の得意な評論家になってはならない。
今できることはよく食べよく動きよく寝て、毎日元気に明るく、遊び動き生きる事。
いくつかあった人生の区切りの、丁度また一つのそれに差し掛かっていることは確かだ。
今までもそれを超えてきたのだが、今も一つのその大きな場面の中に居る。
一度立ち止まり、過去の小さい時の生き生きとしていた自分を思い出してみましょう。
毎日自分を中心に世界が動いていたと思われていたあの頃に、ひとしきりその思い出にどっぷりと漬かりましょう。
是非同じような思い出をたくさんお持ちの同世代の方々に「うんうん、そんな事あったよねえ。」「同感だねえ。」と一緒に思い出していただきたいですねえ。
そんな思い出があるから、歩んできた道があるからこそ、それを力にしてこれからの残りの人生を一歩ずつ力強く進める気がします。
自立して、自律して、自助努力して。
気が付けばいつも心の中に鮮やかによみがえる「あのころ」の事が。
それは自分を容易に、ごく自然に何の縛りもなく、かつ優しく楽しく「あのころ」にスーっと引き込んでくれます。
「あのころ」にどっぷりとつかっていたいですねえ。
いつでも、いつまでもつかっていたい成分無調整の「あのころ」に。
御一諸致しましょう。
あのころシリーズはこちら
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