『文藝春秋』が創刊96年目でnoteに辿り着くまでに起きたこと。担当者の記録#3
そこは、いわゆる一般人(私のような)がイメージするデザイナーの事務所とは異なる場所でした。
なんというか、もっと独自の世界観が色濃く反映されている。緊張感のあるデザインオフィスと遊び部屋という全く違う部屋がドア一枚で繋がっているような魅力的なオフィスでした。
7月18日、東京・南青山にあるGUILDのオフィスの一室で、深津貴之さんは私と文藝春秋ウェブディレクターの山根さんを迎え入れてくれました。
深津さんもまた、事前に抱いていたイメージとは異なる方でした。
日経電子版をはじめ、これまでのお仕事の経歴を事前に調べていたこともあり、勝手に怖い人だと思っていました(すみません)。
違いました。
良い意味で子供のような雰囲気をまとった、無邪気な人でした。自分が面白いと思ったこと、興味があるものにはとことんこだわって、とことん打ち込む。話をしていて、そんなタイプの人なのだろうなと感じました。
私は、単刀直入に、記事に有料課金できる「文藝春秋」のウェブサイトを作りたい、と深津さんにお話ししました。今は紙の雑誌以外にコンテンツを提供する場所がないこと。将来のためにウェブ上でコンテンツを配信したいこと。そして、そのウェブサイトは深津さんにコンセプトも含めてデザインをしてほしいこと。
深津さんは一通り私の話を聞いてくれた上で、こう言いました。
「声をかけていただいて光栄ですし、ぜひ何かお手伝いできれば!とは思っているのですが、現実問題として、雑誌単体で行うにはかなり大きすぎるプロジェクトのように思えます。
継続課金システムをどうするのか。PC、スマホウェブ、iOSアプリ、Andoroidアプリの4つの装備をどうするのか。継続的なメンテナンスも必要。つまり、パッと思いつくところだけ羅列しても、ゼロベースでサイト構築をすると、億単位、年単位のプロジェクトになる可能性がある」
そして、「問題は」と前置きした上で深津さんは続けました。
「最初にそれだけの金額を投資する勇気と、もし万が一、その投資した後に上手くいかなかった時、そこから軌道修正して元に戻っていける“体力”が御社にあるかということです」
何も言えませんでした。
有力課金サイトを作る、という命を受けた時に漠然と考えていたこと、心の中にモヤモヤとあった心配事をズバリ言い当てられてしまった。そういう気持ちでした。
さらに深津さんはこんなことを言ってくれたと記憶しています。
「それでもデザイナーとして僕にサイトのデザインを依頼されると言うのであれば、もちろんお受けします。でも、個人的にそれはおすすめしません。
ひとまず有料課金を始めたいのであれば、一旦、既存のパッケージに乗っかるかたちで始めることをおすすめします。上手くいくかどうかわからない状態で大きな投資をするのは大きなリスクです。最初はいつでも撤退できるような状態で始めた方がいい。
大きな投資をして自社サイトを構築するのは、既存のパッケージでやって上手くいった後でもいいと思うんです。どんなコンテンツがネットでウケて、読まれるのか。その“勝ちパターン”をまずは知ることが重要なんです。
その意味で、自分が入っているからというわけではないんですけど、noteは結構おすすめです。文藝春秋のコンテンツとの相性はいいと思います。しかも、極論やめようと思えばいつでもやめられる。
だから、まずはnoteで“実証実験”という形でいいから始める。文藝春秋の“勝ちパターン”を知る。それがおすすめです」
その一言、一言が突き刺さってきました。
そして、その日は帰ることにしました。山根さんが帰る道中、ボソッと「さっきの深津さんの話なんですけど、とってもいいと思います」と言いました。
私も同じ意見でした。文藝春秋digitalの責任者を任されてから始めて、「成功」というものが具体的にイメージできた気がしました。霧でモヤモヤしてよく見えなかった目の前の道が開けたような気がしました。
あとは、この深津さんのお話を、会社でどう説明して、受け入れてもらうか。次なる課題はそこでした。
◆◆◆
『文藝春秋』がnoteに出会うまでの経緯はここまでです。
その後、noteでやっていく方針となり、ピースオブケイク社に編集長やチームのメンバーと一緒に行って、社長の加藤さんにご自身の「文藝春秋への思い」をお話しいただいたり、プロジェクトのメンバーでサイトオープンまでの3カ月ほど毎週のように共同で作業したり、思い出に残る場面はいくつもありましたが、その話は別の機会に譲ることにします。
この記録は、あくまで私自身の記憶です。もしかしたら「いやちょっとそこ違うよ」と思う人がいるかもしれません。そうであったならば、ごめんなさい。
でも、私の中では『文藝春秋』とnoteが出会った経緯は、このような、とてもいい話として記憶されているのです。
(終わり)
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