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閲微草堂筆記(411)無鬼論を語る
巻一 無鬼論を語る
交河の汲孺愛、青県の張文甫はいずれも老儒(老齢の儒者)であり、ともに献県で生徒に学問を教えていた。
かつて、二人は月夜の晩に連れ立って南村と北村の間を散歩していた。
館からわずかに遠く離れると、辺りの野原は荒涼としていて物音ひとつせず、草木は生い茂り鬱蒼としていた。
張文甫は恐ろしく思い、引き返したくなって言った。
「荒れた墓地には幽鬼が多くおります。長居すべきではありません。」
すると俄かに、一人の老人が杖をついてこちらへやって来て、二人にお辞儀をして座って言った。
「この世に幽鬼など存在するものですか。阮瞻の無鬼論(※)を聞いたことはないのですか?お二人は儒者でありながら、何故、事実無根ででたらめな仏教の説法を信じなさるのですか。」
そして老人は程朱(朱子学)の二気屈伸の理論について熱弁をふるった。話は理路整然として分かりやすく、弁舌はよどみなく流暢であった。
これを聞きながら、二人はいずれも深くうなずいた。そして宋儒(宋代の儒学。朱子学のこと)の理論が真理に迫っていることに感心し、老人とともに議論を交わした。
しかし二人はすっかりその老人の姓名を聞くのを忘れてしまっていた。
折しも、遠くの方から大きな車が数輌こちらへやって来て、牛の首輪の鈴がガランガランと音を立てた。
すると老人は袖を振って急いで立ち上がると言った。
「黄泉の住人は、ずいぶんと長い間、静かに寂しくしておりました。無鬼論を主張していなかったら、このようにお二人を引き留め、夜通し語り明かすことはできなかったでしょう。今はもうお別れの時です。謹んで、事実をお伝えしましょう。どうか侮られたとご不快に思わないでくだされ。」
老人は、忽然と姿を消した。
この地には、文士が非常に少ない。ただ、董空如先生の墓が近くにあった。あるいは、その魂であったのだろうか。
※阮瞻… 西晋の役人で、無鬼論を主張していたことで有名な人物。『捜神記』には、阮瞻の元に一人の老人が現れて無鬼論について議論し、阮瞻は老人を論破するが、実はその老人自身が幽鬼であったという話が載せられている。