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閲微草堂筆記(445)花妖童子
巻八 花妖童子
益都(現在の山東省青州市)の朱天門が言うことには、とある書生が都の雲居寺(北京市房山区にある名刹)に部屋を借りて住んでいた。
書生は、時折り年の頃十四、五歳ほどの童子が寺の中を行き来しているのを目にしていた。
彼はたいそうな色好みであったため、その童子を誘って懇ろになり、部屋に留めて一夜を共にした。
夜が明けたところで、客人が扉を開けて部屋に入ってきた。書生は焦って大いに恥じたが、どうやら客人には童子が見えていないようだった。
すぐに僧侶が茶を入れて運んできたが、これまた何も見えていないようだった。
書生は何かおかしいと訝しんだ。
そこで客が去った後、童子を抱きながらきつく問い詰めた。すると童子は言った。
「旦那様、怖がらないでくださいませ。実は、私は杏花の精なのです。」
書生は驚いて言った。
「お前は私を惑わそうとしたのか?」
「精怪と妖魅とは違うものです。山魈は悪霊で草木に憑いて祟りをなします。これを妖魅というのです。樹齢千年の老樹は、その内部に英華が集まり、長い時をかけて積み重なって形を成します。道家が聖胎(金丹)を結ぶようなもので、これを精怪というのです。妖魅は人を害しますが、精怪は人を害すような真似はしません。」
「花妖には女子が多いが、お前だけが男子なのだ?」
「杏の樹には雌雄がございます。私は元々雄の樹なのです。」
書生はさらに尋ねた。
「それでは何故女子と同じように組み敷かれたのだ?」
「旦那様とは前世からの縁があったからです。」
「人と草木に前世からの縁があるはずなかろう。」
童子はしばしの間、恥入り気の進まない様子であったが、口を開いた。
「私は人の精気を借りなければ煉形できません。そのためです。」
書生は言った。
「ならば、やはりお前は私を惑わしていただけだ。」
そして、枕を押しやってすぐに寝床から起き上がった。童子は怒りを露わにして去って行った。
書生は、まさに懸崖勒馬(あと少しのところで危険なことに気がついて引き返すこと)であり、賢明な判断であったと言えるだろう。
この書生は朱天門の弟子であったが、天門はその名を述べようとはしなかった。