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閲微草堂筆記(342)二人の誘い

巻十八 二人の誘い
 下僕の王発は夜、猟をして帰途に就いた。
 月明りの下、何者かの人影が見えたが、さらにもう二人の人影が、その者の腕を掴み、左右に引っ張り合っていた。しかし、辺りは静まり返っていて物音ひとつ聞こえない。

 王発は暗闇の中で追剥ぎに遭っているのではないかと疑い、空に向かって一発、空砲を鳴らした。

 二人の人影は走って逃げ去り、何者かもまた走って戻っていったが、いずれも瞬く間に姿が消えた。そこでこれらが幽鬼であると知ったのだった。

 王発が村の入口付近にさしかかると、とある家に提灯を持った人々が出入りしており、がやがやと騒ぎ立てていた。

「新婦が首をくくって死んだが、また甦ったらしいぞ。」

 その新婦は、次のように語ったという。

 お義母さまが晩御飯に餅を作るよう私に命じたのですが、犬がそれを二、三枚くわえて行ってしまったのです。お義母さまは私が盗み食いをしたのではないかとお疑いになり、思いきり私の頬を叩いたのでございます。私は冤罪を晴らすことができず、ぼんやりと樹の下に立っておりました。

 すると、俄かに婦人が一人現れて、「このような酷い目にあっては、もはや死んだほうがよいでしょう。」と勧めてくるのです。
 それでもまだ私が決心しきれずにいると、さらにもう一人、婦人が現れて、強くこれを勧めてきたのです。

 私はもう頭がぼんやりとしてきて、自分が自分でないような心地になり、ついに、腰帯を解いて首をくくったのでございます。二人の婦人はこれを手助けしました。

 悶え苦しみ、その辛さは筆舌に尽くしがたいものがありましたが、だんだんと微睡みの中にいるかのようになり、気づかないうちに、この身は門の外に出ていたのです。

 すると婦人が「私が先に勧めたのだから、あなたは私の身代りになるべきよ。」と言い、それに対し、もう一人の婦人が「私が背中を押さなければ決めきれなかったのだから、私の身代りになるべきよ。」と言いました。(※)

 二人の婦人が互いに言い争っていたまさにその時でした。たちまち、雷鳴のような音が響いたかと思うと、火光が四方を明るく照らし、二人の婦人は驚いてその場を去って行きました。それで私は帰ってくることができたのです。

 そののち、王発が夜道を帰っていると、遠くから泣き喚きながら罵る声が聞こえてきた。

「お前は私の目論見を台無しにした!必ず殺してやるからな!」

 王発は恐れなかった。
 ところが別の晩、またも泣き叫び罵る声が聞こえてきて、王発は大声でこれに叱りつけた。

「お前らは人を殺して、俺は人を救ったんだ!神に訴えたところで、道理が正しいのは俺の方だ。殺すなら殺してみろ!そんな虚仮威し(こけおどし)が恐いもんか!」

 それからというもの、その声は途絶えたという。

 つまるところ、死にかけの人の命を救うと、殺そうとしていた者の怨みを買うということだ。なるほど、世間に手をこまぬいて傍観するだけの人が多いのも当然である。
 この下僕も、少し変わり者であると言えよう。

※首を吊って死んだ者の魂は成仏することができないため、自分と同じ場所で自分と同じように首を吊るよう他の人間を誘い、身代りを用意しなければならないとされている。

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