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閲微草堂筆記(444)幽鬼の足跡
巻三 幽鬼の足跡
総督の唐執玉公は、かつて一件の殺人事件の判決を下すことになった。事件の調書はすでに揃っていた。
ある晩、蝋燭を灯して一人座していると、忽ち微かな泣き声が聞こえてきた。それはだんだんと窓に近づいてきているようだった。
若い下女に様子を見に行かせると、わっと叫んで倒れてしまった。
唐公が自ら簾を掲げてみれば、全身血まみれの幽鬼が一人、階下に跪いていた。大声で怒鳴りつけると、幽鬼は額を地につけながら言った。
「私を殺した真犯人は某であります。県のお役人様は間違って別の者を容疑にかけたのです。これでは恨みを晴らせず、目を閉じることができません。」
唐公は「わかった。」と答え、幽鬼は去って行った。
翌日、自ら審問し、殺された者の衣服について皆に供述させると、昨晩見た幽鬼のものと一致した。
確信はますます揺るぎないものとなり、ついに幽鬼の言葉の通りに判決を改め、容疑者を某とした。
取り調べの官吏は様々な理由や根拠を挙げ連ねたが、結局唐公の意志は頑として変わらず、この案件は二進も三進もいかなくなった。
唐公の幕友は、これには何か他の理由があるのではないかと疑い、密かに彼に探りを入れた。唐公はそこで初めて、ことの顛末を具に語ったが、彼にはどうすることもできなかった。
しかしある晩、幕友がまた面会を申し出てきて言った。
「その幽鬼はどこから来たのですか?」
「自分で階下まで来た。」
「幽鬼はどこから去ったのですか?」
「さっとその塀を越えていった。」
それを聞いて幕友は言った。
「おおよそ、幽鬼には姿形がありますが、実体はありません。よって去る時にはふっと姿を消すもので、塀を乗り越えるようなことはありません。」
そこで彼らは幽鬼が乗り越えた塀の箇所を検分してみた。瓦は割れてなかったが、幽鬼が現れたのは新しく雨が降った後で、幾重もの屋根の上に、はっきりとはしていないが、泥の足跡があった。そしてそれは外の垣まで真っ直ぐと続いて、下りていた。
幕友はこれを公に指し示して言った。
「これはきっと、囚人がコソ泥を雇ってやらせたのでしょう。」
公は深く考え込んでいたが、何かを悟ったようで、それからすぐに判決を元に戻した。
しかし幽鬼の足跡については言及せず、また再び深く追及することもなかったという。