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閲微草堂筆記(433)儒者と幽鬼
巻二十三 儒者と幽鬼
李匯川が言うことには、厳先生という人がいたが、その名と字は忘れてしまった。
ちょうど郷試の時期が近づいた時のことだった。
厳先生は生徒を帰した後、晩に灯火の下で読書をしていた。召使いの小僧が一人、茶を持ってきたが、たちまち声を失い地に倒れ、茶碗が砕けてがしゃんと音を立てた。
厳先生が驚き立ち上がって見ると、髪を振り乱し目を瞠った幽鬼が一人、灯りの前に立っていた。
厳先生は笑って言った。
「世に幽鬼があろうはずもない。お前はずる賢い盗賊で、そのように扮装して、私が逃げるのを待っているだけだろう?私は余計なものは何一つ持っていない。ただ枕がひとつと筵が一枚あるだけだ。お前は別の家に行くべきではないか。」
しかし幽鬼は微動だにしなかった。
厳先生は怒って言った。
「まだ人を欺こうというのか!」
物差しを振り上げてこれを撃つと、幽鬼は一瞬のうちに姿を消した。
厳先生は周囲を見渡したが何の痕跡もなく、深く考え込んで言った。
「まさか、幽鬼はいるのか?」
しかし、その後すぐに彼は続けて言った。
「魂は天に昇り、魄は地に降りる。この理は明白で疑いようがない。どうしてこの世に幽鬼がいるものか。あれはきっと狐だったのだ。」
そして明かりを灯し、琅琅と誦えて止めなかった。
この者の強情さは極致であるといえる。それゆえ幽鬼もまた彼を避けたのである。
そもそも執拗の気というものは、百度折れたとしても挫けず、またそれは妖魅に打ち克つのに十分足るのである。
さらにまた別の書生は、夜に廊下を歩いていて一人の幽鬼と出くわし、大声でこれに呼びかけた。
「お前もかつては人であったのに、なにゆえ幽鬼になると人の理を失くしてしまうのか!こんな夜更けの暗闇のなかで、内と外もわきまえず、庭に入って来るものがあろうか!」
とうとう幽鬼は姿を消した。
これは彼の心に驚きや恐怖がなく、精神がむやみに乱れるがなかったために幽鬼また侵すことができなかったのである。
また、故城県(現在の河北省衡水市の南東に位置する)の沈豊功氏(諱を鼎勛という。姚安公と同年に科挙に登第した者である。)はかつて夜に雨にあたった。泥濘がいたるところにできていて、下僕とともに支え合って進んだが、どこが道が判別もできなかった。
とある廃寺に寄ったが、そこは古くから幽鬼が多く現れると言われていた。
沈豊功は言った。
「道を聞くべき人もいないようだから、ひとまず寺の中にいる幽鬼を訪ねて聞いてみよう。」
すぐに寺の中へと入って行き、渡り廊下を回って声を掛けた。
「幽鬼さん、幽鬼さん、ちょいとお尋ねしたいのですが、この先の道の水は深いのかな?浅いのかな?」
辺りは静まり返っていて、物音ひとつしなかった。
沈豊功は笑って言った。
「どうやら幽鬼は皆眠っているようだな。私もすこし休むとしよう。」
そして、彼は下僕とともに柱に寄りかかって眠り、ついに明け方となった。
彼は洒落な心意気のある人で、これはただ彼が戯れただけであろう。