閲微草堂筆記(381)野人
巻十五 野人
ウルムチの流人である剛朝栄が言うことには、二人連れでチベットでの貿易に赴いた者たちがいた。各々騾馬に乗っていたが、山路を進むうち道に迷ってしまい、東西の方角も分からなくなってしまった。
すると忽ち、十人あまりがそそり立つ崖から飛び降りて来た。二人は夾壩(西方では強盗のことを夾壩という。オーロト族の瑪哈沁のようなものである。)ではないかと疑った。
その者たちはだんだんと近づいてきたが、背丈は皆七、八尺(1尺=32~35センチ)ほどで、体は長い毛に覆われていて、ある者は黄色で、ある者は緑色だった。顔つきは人に似ているが人ではなかった。言語は鳥のさえずりのようで何を言っているのか分からなかった。
妖魅であると知れ、二人は殺されてしまうに違いないと思い、震えながら地に伏した。
ところが、その十人あまりはこちらに向かって笑いかけてきて、取って喰うような素振りはなかった。ただ彼らは二人を脇に抱えて騾馬を走らせていった。
山間の窪地にたどり着くと、彼らは二人を地面に置き、二頭の騾馬のうち、一頭を穴の中へ突き落し、もう一頭は刀を抜いて屠殺し、肉を捌いた。そして火をおこしてこれを煮込み、車座になって飲み喰いした。
さらに彼らはこの二人も引っ張ってきて座らせ、それぞれの前に肉を置いた。
様子を伺うに、彼らに悪意はないようで、ちょうど腹が減っていたこともあり、ひとまず二人もこの肉を食うことにした。
腹いっぱいになった後、十人あまりは皆、仰向けになって腹をさすり、何事かを口ずさんだ。その声は馬の嘶きのようだった。
すると、その中の二人がまた一人ずつ脇に抱え、三重四重にもなっている高く険しい峰々を、まるで猿や鳥のような速さで飛び越えて行った。
その者たちは彼ら二人を官路の道端まで送り届け、それぞれに一つずつ石を渡すと、瞬く間に去って行った。
その石は瓜ほどの大きさで、いずれも緑松石(トルコ石。ターコイズ。)であった。
持ち帰ってこれを売ると、今回の件で損失してしまった額の倍以上の値段になったという。
これは乙酉と丙戌の年の間の出来事である。
朝栄はかつて、このうちの一人と会ったが、その話は微に入り細を穿つものだった。
これは山精であるのか、木魅であるのかは分からないが、その行いを見るに、妖魅の類ではないようだ。
深山幽谷の中には、もとよりこの種の野人がいて、古来より人の世と通じることなく生きてきたのだろう。