閲微草堂筆記(402)信じる道
巻三 信じる道
亡き太夫人が言うことには、滄州の駕籠かきに田某という者がいた。
ある時、彼の母親が臌(腹に水が溜まり、膨張してしまう病)を患い、今にも死にそうな状態になった。
景和鎮の医者が秘薬を持っていると聞いたが、その距離は百里余りもあった。田某は、明け方のまだ暗いうちから狂ったように走り続けて景和鎮に向かい、日暮れの頃にはもうすでに帰り道を戻っていた。息はもう絶え絶えであった。
ところが、その晩は衛河が氾濫しかけており、渡し船を渡すことができないという。田某は天を仰いで大きく吼えた。涙は声とともに後から後から流れ落ちてくる。
周囲の人々は皆これを哀れんだが、どうすることもできなかった。
すると忽ち、船頭の一人が纜(ともづな。船を岸に繋いでおく綱。)を解きながら叫んだ。
「もし天に理(ことわり)ってもんがあるんなら、この人は溺れねぇ!来い!来るんだ!俺がおめぇを向こうへ渡してやる!」
船頭は、奮然として櫂を漕ぎ、白浪にぶつかり掻き分け進んで行った。気づけば、瞬く間に東の岸に着いていた。
それを見ていた人々は皆手を合わせて念仏を唱えたという。
亡き姚安公は言った。
「この船頭が、ひたすらに道を信じるその篤実さは、儒者に勝るものがある。」