閲微草堂筆記(409)蘭蟲
巻十五 蘭蟲
李又聃先生が言うことには、東光(現在の河北省滄州市)の畢公(たまたまその名を忘れてしまった。貴州の通判を務めていた時、軍糧を運搬していて敵に襲われ、血戦の末に戦死した者である。)は、かつて勅命を受けて苗峒の地(ミャオ族の住む地域)へ調査に赴いた。
苗峒の官吏は盛大な宴を設けて歓待した。すると、客人と主人の前に一つずつ、蓋つきの磁器の杯が置いてあった。官吏が杯を手にして蓋を開けると、そこには一匹の蟲が入っていて、ミミズのようにぐねぐねと蠢いていた。
通訳の者が言った。
「この蟲は蘭の花が開くとともに生まれ、蘭の花が萎むとともに死ぬのでございます。蘭の花の蕊(おしべとめしべ)のみを餌とするため、非常に得難いものです。幸運なことに、今はまさに蘭の季節でして、岩窟を捜しまわってその二つを得ました。貴殿に生きたまま献上することで、この上ない敬意をお示ししているのです。」
そして、官吏はすぐに塩を一つまみ入れて杯に水を注ぎ、蓋をした。しばらくして開けて見れば、蟲はすでに水になっていた。その水は透きとおるような緑色で、まるで瑠璃のようにつややかで、芳しい蘭の香りが鼻を突いた。
これを酢の代わりに用いるのだが、その香りは頬や歯に染みわたり、半日経った後でもまだ残っていた。
惜しむらくは、その蟲の名を聞き忘れてしまったことだ。