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閲微草堂筆記(385)李老人

巻八 李老人
 李老人とは、どのような出自の人物であるか分からなかった。齢はすでに数百歳であると自ら言っていたが、確かめようもなかった。
 その言葉は掴みどころがなく、どうやら明の時代の醒神の流れをくむ者であるようだった。

 李老人はかつて、亡き錢文敏先生の家に客分として招かれており、私は以前、彼を見たことがある。

 彼は呪符と薬で病を治すのだが、常にわずかではあるが効き目があった。

 時に、文敏先生の次男が都の水月庵に仮住まいをしていたのだが、夜、酒を飲んで酔って帰ったところ、数十人もの悪鬼に道を遮られた。次男は発狂し、自らの腹を切り裂いてしまった。

 私は陳裕齋と倪余疆とともにその様子を見に行ったが、血肉がとめどなくしたたり落ち、次男はわずかに息をするばかりで、到底助からないと思われた。

 すると、たちまち李老人が現れて、次男を担いで去って行き、治療すること半月で傷は塞がった。
 人々はすこぶる驚き、不思議に思った。

 ところがその後、文敏先生は誤って祝由(呪符と祈祷によって病を治す術)を信じてしまい、指の上の疣(いぼ)を切り、その傷から発病して亡くなった。
 李老人はこれも治療したが、結局何の効き目もなかった。

 そもそも、符籙焼煉の術(道教の術)は、ある時には効き目があるが、ある時には効き目がないものである。

 亡き劉文正先生は言った。

「神仙は必ず存在する。しかしそれは、今日(こんにち)薬を売っている道士ではない。仏や菩薩は必ず存在する。しかしそれは、今日説法をしている禅僧ではないのだ。」

 これは実に、永久に偏ることのない公平な論であると言えるだろう。

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