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閲微草堂筆記(422)墓守と狐

巻十六 墓守と狐
 内閣学士(官名)の嵩輔堂が言うことには、海淀(現在の北京市に属する)のとある高貴な家に墓守がいた。

 彼は偶然、数匹の犬が一匹の狐を追いかけているところに出くわした。狐の毛や血があたりに散らばっていて、それをひどく憐れに思った墓守は杖を手にして犬を打ち据え追い払い、狐を抱えて部屋の中に横たえた。
 そして狐が息を吹き返すのを待って野原へと送っていくと、放して帰してやった。

 数日が経って、夜に娘がひとり、扉を叩いて入って来た。花の顔(かんばせ)で美しさは絶世であった。
 墓守が驚いて何故自分の元に来たのかと問うと、娘は再びお辞儀をして言った。

「私は女狐にございます。先日、大難に遭いましたところ、あなた様に救われ一命を取り留めることができました。今こちらへお伺いしたのは、あなた様に枕を薦めるためでございます。」

 墓守は、それならば悪意は無いだろうと考え、女狐を受け入れた。

 女狐は彼の元へと通いつめ、昵懇となること、二か月あまり経った。墓守は労咳に罹り日増しに痩せこけていったが、女狐の愛を疑うことはなかった。

 ある日のこと、ちょうど二人が共に寝ていたところ、窓の外から叫び声が聞こえた。

「阿六!この淫売め!あたしは傷を治療していてちょうど癒えたところだったんだ!まだ恩返しできてないってのに、あんたはなんであたしの名を騙ってあたしの命の恩人を惑わし病気にさせるなんてことができるんだい!もしこれでこの方が病死して、一族郎党にあたしが恩を仇で返したと言われでもしたら、あたしはどうやって身の潔白を証明しようっていうんだい!たとえ原因がお前と知れたとて、この方はあたしの命を救ってくれったってのに、死んでいくのをただ座って見ていて、どうしてあたしが安穏としてられるっていうんだい!だからあたしは今、姑と姉と一緒にあんたを討ちに来たんだ!」

 女狐は驚き飛び起きて逃げようとしたが、すでに数人の女が寝室に乱入してきて滅多打ちにし、女狐はあっという間に死んでしまった。

 ところが墓守はもうすでにその女狐を溺愛して久しく、いたく悲しみ激怒し、逆に後から現れた女狐を悪者だとして、愛する者を奪ったと責め立てた。
 この女狐は繰り返し弁明したが、まったく相手にされなかった。ついに墓守は刀を抜いて躍りかかり、死んだ女狐の仇を討とうとした。
 そこで女狐は痛哭し、塀を乗り越えて去って行った。
 墓守は後にこのことを人に語ったが、まだなお恨み言を言っていた。

 これぞ所謂、「忠にして謗られ、信にして疑わる」(※)ということか。

※『史記』「屈原賈生列伝」より。

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