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閲微草堂筆記(428)楡林の蔵経閣
巻一 楡林の蔵経閣
平定県の挙人(郷試の合格者)であった王執信は、かつて父が楡林の官吏に赴任するのに付き随った。
ある夜、野寺の蔵経閣の階下に泊まることになった。すると、上の階からくどくどと話し合っている声が聞こえてきた。どうやら詩について論じているようだった。
このあたりには文士が少ないというのに、このようなことが有り得るのだろうかと、彼はひそかに訝った。
よくよく耳をそばだててみたが、はっきりとは聞こえなかった。
後になって、その声はだんだんと廊下へと漏れ出てきて、わずかに聞き取れるようになった。
声のうちの一人が言った。
「唐の彥謙の詩はあまり格調が高いものではない。しかし『禾麻、地に廃れ辺気を生ず。草木、春は寒くして戦声は起こる。(穀物は地に棄てられ、辺境の地には戦火の狼煙がたなびく。草木の芽吹く春はまだ肌寒いが、戦の音がいたるところで湧きおこっている。)』という句は素晴らしい出来だ。」
また別の一人が言った。
「私はかつてこのような句を作りました。『陰磧の日光は雪に連なりて白く、風天の沙気は雲に入りて黄なり。(辺境の地の砂漠に射す日光は雪に連なり白く輝かせる。風は砂を含んだ気を巻き上げて雲へと入り、黄色に染めあげる。)』自ら辺境の地を訪れなければ、この光景を目にすることはできなかったでしょう。」
さらに別の一人が続けて言った。
「私もこのような一聯を作りました。『山は辺気に沈む無情の碧。河は寒声を帯ぶ亙古の秋。(山は靄に包まれて沈む、無情の碧である。河は冷え冷えとした空気を帯びている、今も昔も変わることのない秋である。)』手前味噌ではありますが、辺境の城の日暮れの様子がよく表現できていると思います。」
彼らはしばらく共に詩を吟じ鑑賞しあっていたが、寺の鐘が鳴るとたちまち動き出し、そこであたりは静まりかえり、物音ひとつしなくなった。
夜が明けてから起きて調べてみると、上の階の鍵は掛けられたままで塵に覆われていた。
「山は辺気に沈む」の一聯は、後に任総鎮の遺稿で目にした。総鎮はその名を挙といい、金川に出陣した折、百戦の中で戦死した者である。
「陰磧」の一聯は、ついぞ誰の作であるかは分からなかった。
しかしその魂が長く存在し、任公と共に遊ぶことができるということは、その者もまた並みの幽鬼ではないだろう。