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閲微草堂筆記(354)桃杙と回煞
巻十四 桃杙と回煞
私は十七歳の時、都から戻り、童試に応じることになった。そこで、文案の孫氏の家に泊まった。(土地の言葉で「巡詩」のように呼ぶが、これは音が変化したものである。)
その住まいはすべて新しく建てられたものであったが、土炕(オンドル)に一本の桃杙(桃の木で作られた杭。魔除けになるとされていた)が打ち込まれていた。
昇り降りする際にすこぶる妨げになるので、私は主人を呼んでこれを抜き取らせようとした。主人はたいそう篤実な人柄であったが、手を振って言った。
「それはなりません。抜けば必ず怪異が起こります。」
そのわけを問い詰めると、主人は述べた。
「私は空き地を買ってこの店を構えたのですが、お泊りのお客様が毎夜、この土炕の前で一人の娘が佇んでいるのを見るようになったのでございます。その娘は何も言わず、動かず、他に何か害があるというわけではございません。肝の据わった者が娘を手で引っ張ってみたのですが、空を掴むだけでした。道士が桃杙に呪い(まじない)をかけて打ち込み、それでやっと娘は現れなくなったのでございます。」
そこで私は言った。
「それはきっと、下に古い塚があるのだ。人間が上にいるものだから、幽鬼も落ち着かないのだろう。その骨を掘り出してやって、棺を設え葬ってやってはどうか。」
主人は「そのように致しましょう。」と言ったが、その後果たして本当に葬儀をしたかどうかは定かではない。
またこれは癸巳の年の春のことである。
私は暇乞いをして、北倉で長患いの療養をしていた。
ある時、姻戚の趙氏が位牌の文字入れをするのを依頼してきて、亡き父、姚安公は私に行ってくるよう命じた。
その帰り道、楊村の宿に泊まったが、すでに夜は深かった。私は先に床に就いていたが、下僕は馬に餌をやっていて、まだ眠ってはいなかった。
すると突如、鮮やかな衣を身に纏った女が簾(すだれ)を掲げて入ってきた。ところが女は、顔を露わにするやいなや、すぐに退出してしまった。
私はどこかの宴に参席する妓女だろうかと思い、下僕を遣って確認させたところ、あたりの扉はすべて閉め切られていて、人っ子ひとり居なかったという。
宿の主人は言った。
「四日前、高官の家の婦人がこの部屋に泊まっていたのですが、ここで亡くなってしまったのです。昨日、棺を移したのですが、よもやこれは回煞(※1)ではないでしょうか。」
家に帰ってから、このことを姚安公に告げると、公は言った。
「私は幼い頃、おじの陳氏の家で勉強をしていた。その晩は、ちょうど下僕の妻の魂が回煞で戻って来るという日だった。月はまるで昼間のように明るく、私はただ一人、部屋の外に座していた。回煞とは一体どのような形状であるのか、よく見てみたいと思っていたのだ。しかし、ついに見ることはなかった。お前はなぜ見ることができたのか。つまりは、お前は私に及ばないことが多々あるということだ。(※2)」
今なお、私は深く恥入り、これを訓戒としている。
※1 回煞…死者の魂が数日後に戻ってくるという民間信仰。死者の魂が戻ってくる時には、凶煞や煞神と呼ばれる悪神を伴い、家の中の生きている人間はこれを避けなければならないとされていた。
※2 幽鬼や物の怪といった邪悪な存在は、聖人君子や常日頃正しい行いをしている者を避けるという考え。ここでは、父の姚安公が、自分の見なかった回煞を息子が見たということで、その行いに至らない点があるのではないかと戒めたという話。