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閲微草堂筆記(397)杏樹の怪

巻一 杏樹の怪
 滄州の潘班は書画を得意とし、自らを黄葉道人と名乗っていた。
 かつて、友人の家の書斎に泊まっていた時、壁の隙間から小さな声が聞こえてきた。

「今夜は、誰かを部屋に留めて一緒に寝たりしないでくださいね。私があなた様の元に参りますので。」

 潘班は大いに驚き、書斎を飛び出し別の部屋へと移った。
 友人は彼に言った。

「書斎には昔からこの怪異が出るけれど、美しい女が一人現れるだけで、他に何か害があるというわけではないよ。」

 しかしその友人は、後に親しい者にひそかに漏らしたという。

「潘班は日の目を見ることなく、才能を埋もれさせたまま生涯を終えることになるのだろうな。この怪異は、幽鬼でもなければ狐でもなく、一体何の物の怪であるのかは分からない。しかしそれは低俗な者の前には現れず、そして高貴な者の前にも現れない。ただ才能がありながら落ちぶれている者の前にだけ現れて枕を薦めるのだ。」

 その後、潘班は果たして失意のうちに生涯を終えた。

 それから十年あまりが経った頃、夜、ふいに書斎の中からすすり泣く声が聞こえてきた。翌日、大風によって一本の古い杏の樹が折れた。

 それからというもの、書斎の怪異は途絶えたという。

 母方の祖父である張雪峰先生は、かつて戯れて言った。

「この怪異はたいへんよい趣味をしているな。その意識は綺羅(美しい絹織物)を身に纏った貴婦人よりもさらに高みにある。」

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