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閲微草堂筆記(405)酒屋の詩
巻五 酒屋の詩
天津出身の書生である孟文熺は俊才で、張石粼先生は彼に最も目をかけていた。
ある日、張先生は墓の掃除をした帰りにたまたま道端の酒屋で孟と出会った。見れば、酒屋の壁に新しく書かれた詩があった。
東風は翦翦として春衣を漾(ただよ)わす
歩くに信(まか)せて尋芳し歩くに信せて帰る
紅は桃花に映え 人は一笑す
緑は楊柳を遮り 燕は雙びて飛ぶ
曲徑を徘徊し 香草を憐れむ
惆悵す 喬林に落暉の掛かるを
記取す 今朝延佇する処を
酒楼の西畔 是れ柴扉なり
(冷え冷えとした東風はさっと吹き抜けて春の衣をたなびかせる
歩くに任せて花を愛で、歩くに任せて帰る
紅は桃花に照り映えて人は微笑む
緑は楊柳を遮り燕は並んで飛んで行く
曲がりくねった道を徘徊して香草を憐れみ
高い木立に夕陽がかかっているのを見て嘆く
今朝私が長い間佇んでいた場所を記しておこう
酒楼の西の畔 柴の扉である)
張先生はこの詩を書いたわけを尋ねたが、孟は隠して言おうとしなかった。そこでさらに強く問い質すと、ようやく語り出した。
「ちょうどそこの道端で、麗しい女(ひと)に出会ったのです。その美貌は絶世でありました。それゆえ、私はここに座って、再び出会えないかと願っているのです。」
張先生がその場所を尋ねると、孟は指で指し示した。
先生はおおいに驚いて言った。
「そこは某家の墓園で、長い間荒れ放題になっているのだぞ。そのような美女がいるものか。」
そこで共に行って見てみたが、果たして雑草が馬のたてがみのように生い茂っていて、杳として人が居た痕跡はなかった。