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三版になって変わったところ


最初に

『アルカロイドは理想世界の幻想を見せるか』一巻の初版分を携え、初めてイベントに出展した2020年から早四年。二版を挟み、このたび三版を刷る運びとなりました。本作をお手に取ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
二版を増刷する際には主に誤字の修正を行いましたが、三版ではセリフも結構変わっていますので、ぜひ皆様にもビフォーアフターをお楽しみいただければと思います。
※一巻のネタバレを含みますので、未読の方はご注意くださいませ。

ここが変わった

【二章】黄泉坂辿のアレ

<Before>
胸に咲いた、彼岸花より紅い血の色。苦労にまみれ節くれだった手は、空を掴んだままの形で硬直していた。黄変した白目は虚無の黒目を抱いたまま動かない。乾いてひび割れた唇が、兄貴、と呼んでくれることは二度となかった。

ウグゥーーーーーッ!!!!

<After>
胸に咲いた、彼岸花より紅い血の色。苦労にまみれ節くれだった手は、空を掴んだ形のまま投げ出されていた。常に意志の光を透かしていた瞳は夜闇に塗り潰されて昏く、乾いてひび割れた唇が、兄貴、と呼んでくれることは二度となかった。

ワ゛ァァァーーーーーッ!!!!

初っ端からコレで申し訳ございません。
このシーン、どんな言葉を使うか結構迷いました。
初稿は死後硬直メインで描写していましたが、一応このシーンは黄泉坂目線なので、彼の救済であり作中のである黄泉坂辿から生命と共に唯一無二の輝きが失われたところを描いた方がいいかなと……
黄泉坂辿の美点というか、彼の存在がぎゅっと凝縮されているところはおそらくその真っ直ぐな眼差しだと作者は思います。
でも、黄泉坂が目を細めて見つめていた光はきっとこんなもんじゃないと思うので、それをちゃんと描写できるよう私はもっと強くなりたい。力が欲しい……

【四章】およばれする早乙女と黄泉坂

<Before>
 思案する風に建物を見上げ、黄泉坂は隣に向き直る。「何をしている」
「燕尾服着た征君は久しぶりだなぁ、って」
 指で作った枠の向こう側で、早乙女は切れ長の目を引き絞った。
「そうだ、今度写真を取ろうよ。僕と征君とで、家族写真。二人きりの」
「断る」
「えー、残念。じゃあ記念写真は? あ、箱根に旅行に行ったら撮ろうよ」
「却下だ。旅行も行かない」
 背を向けた黄泉坂に早乙女は唇を尖らせる。「けち」
「もしかして征君って、写真嫌いなの?」
「……大昔に家族で撮って、子供ながらにこれはいかんなと思った」
「ああ、なるほどね」得心顔の早乙女は隣に並んで心鬼の顔を覗く。「結構そういうの気にするんだ」
「一人だけ、人の顔をしていなかったからな
そんなに? 今度見せてよ。征君の子供時代、見てみたいなぁ」

ちょっと純真寄りの早乙女

<After>
 思案する風に建物を見上げ、黄泉坂は隣に向き直る。「何をしている」
「今日だけじゃなくて、いつもお洒落すればいいのになぁ、って」
 指で作った枠の向こう側で、燕尾服姿の早乙女は切れ長の目を引き絞った。
せっかく格好良いのにさ、服も征君ももったいないよね――そうだ、今度写真を取ろうよ。僕と征君とで、家族写真。二人きりの」
「断る」
「記念写真は? 箱根に旅行に行ったら撮ろうよ」
「却下だ。旅行も行かない」
 背を向けた黄泉坂に早乙女は唇を尖らせる。「けち」
「もしかして征君って、写真嫌い?」
「……大昔に家族で撮ったが、あまり写りが良くなかった」
「ああ、なるほどね」得心顔の早乙女は隣に並んで心鬼の顔を覗く。「そんなに気にしなくてもいいんじゃないの?」
「一人だけ、人の顔をしていないのは目立つ
じゃあ、今度見せてよ。征君の子供時代、見てみたいなぁ」

後方腕組み理解者面寄りの早乙女

早乙女が「こうならいいのにな」と思っていることをちょっぴり前面に出した結果、こうなりました。
あざとく、そして健気な早乙女のことが作者は大好きです。
早乙女は、たとえそれが黄泉坂辿という叶いっこない光の存在を内包していたとしても、自分が誰よりも黄泉坂の人間らしいところを知っていると思っているのでしょう。後方腕組み理解者面をしたい早乙女ですが、黄泉坂が人間じみているのは黄泉坂辿あってのことなので、後方で腕を組みながら血が滲むほど唇を噛み締めているんだろうな。そういうところが好き。

【四章】お茶目な鎖々戸新太郎 その①

<Before>
「なるほど。一向に成長しない俺とは違って、あれほど堅苦しかったご隠居様も変わられたものだ。きっと、雲の上から御家の波乱を眺めて楽しもうと思ったんだろうなぁ……
 うん……そうだな。君を見てもわかる通り、ルーツなんて取るに足らない問題なのかもしれないな」
「自由主義者が掲げていそうな美辞だが、鎖々戸君が言うと何やら不穏に聞こえるな」
 失礼な、と鎖々戸は笑い交じりに言って、それからふと、真面目な顔つきになった。

ちょっと考えていそうな鎖々戸新太郎

<After>
「なるほど。一向に成長しない俺とは違って、あれほど堅苦しかったご隠居様も変わられたものだ。きっと、雲の上から御家の波乱を眺めて楽しもうと思ったんだろうなぁ……
 うん、そうだな。君を見てもわかる通り、ルーツなんて取るに足らない問題なのかもしれないな」
「由緒ある堂上華族の嫡男が、そんなことを口にしていいのか?」
「名前が新太郎ですから。新しく、自由である
とが期待されていんですよ

あんまり考えていなさそうな鎖々戸新太郎

「うん、そうだな」(0.2秒)
三巻まで鎖々戸新太郎という化物美男を書いてきて、最初からわかっていたことではありますが、彼、あんまり考えていないな……?
たまにしっとりと思案に耽っているような、とても深いことを考えて喋っているような、あたかもそんなふうに見える瞬間もありますが、多分そう見えてるだけです。正直「うん……」のままでも含みがあっていいような気もしますが、おそらくこのシーンで鎖々戸新太郎は何かを即決したのでしょう。

「名前が新太郎ですから。新しく、自由であることが期待されているんですよ」
いいと思います。ついでに弟君について何かコメントください。

【四章】お茶目な鎖々戸新太郎 その②

<Before>
「――そうか、」
 黄泉坂が頷いとき、ああ鎖々戸は声上げた。
この後ダンスパーティーが催されるので、先生も直んもよろしければどうぞ。お二人とも好男子であらせられるから、臨席のご婦人方もさぞお喜びになることでしょう」

弟について触れられた後

<After>
「――そうか、」
 一瞬の無音。紳士は天から啓示を受けたかのように、黒曜石の瞳を瞬かせた。「ああ!」
俺としたことが、目的をすっかり忘れていた。お二人をダンスに誘いに来たんだった。
 ということで、先生も直さんも、この後のダンスパーティーにぜひご参加ください。お二人とも好男子であらせられるから、臨席のご婦人方もさぞお喜びになることでしょう」

人狼を愛嬌で乗り切るタイプ

黄泉坂(鎖々戸の嘘に気付いた・・・)
早乙女(鎖々戸の嘘に気付いた・・・)(※某ゲームのパロ)
でも、鎖々戸はきっと「かわいげ」も「演技力」もカンストしているので、最初から彼が疑われている状態でないと吊るのは難しいのではないでしょうか。多分、かわいげが底をついている黄泉坂の方が先に脱落すると思う。

【五章】黄泉坂と鎖々戸

<Before>
 全貌を現した心の領域――異常心域の主は、けたたましい咆哮を上げた。その体表で、幾百もの目が一度に開眼する。無数の目はぎょろりと蠢いた後、目下に佇む剣客に据えられた。
「銃で撃たれても死なないような化物が、人に紛れて笑っているとは心底不快だな。いずれ殺す相手の隣でも、そうして笑っていたのか」
 蓬髪の剣士の腰に剣はない。刃はその胸に突き刺さっていた。黄泉坂は己が胸からずるりと刀身を引き抜く。
 滴る黒血を、刃を振って払った。顔には苦痛ではなく嗤笑が滲む。肉の鞘となっていた胸からは、膿のような体液がとめどなく流れる。
「丸くなった、か。気取られないよう、何年も封じていたからな。――この、『憎悪』を」

化物感を重視

<After>
 全貌を現した心の領域――異常心域の主は、けたたましい咆哮を上げた。その体表で、幾百もの目が一度に開眼する。無数の目はぎょろりと蠢いた後、目下に佇む剣客に据えられた。
「人の感情を騙ることしかできない化物のくせに、好いているなどとよく宣えたものだ」
 蓬髪の剣士の腰に刀はない。守るべきものを失くした刃はその胸に突き刺さっていた。化生は己が胸からずるりと刀身を引き抜く。
 呪詛の如く刃に絡む血を、刀を振って払った。顔には苦痛ではなく嗤笑が滲む。肉の鞘となっていた胸からは、膿のような体液がとめどなく流れる。
「いくら人の真似事をしようと、私も貴様も、生まれついた本性以上の存在には成り得ない……気取られないよう封じていただけで、私は最初から『憎悪』でしかなかった」

人ではない内面を重視

鎖々戸「ほんとうに、ほんとうに残念です、先生。貴方のことは、好きだったのに――」から繋がるシーン。
<Before>では「化物のくせに人間のふりをするな(意訳)」と鎖々戸の在り方に対する不快感を表に出していましたが、<After>では「人間の気持ちがわからないくせに人間の言葉使うな(意訳)」と心鬼という生き物の内面にフォーカスした皮肉っぽくなりました。
同じ「好き」という言葉でも、黄泉坂にとっては重みが違うのだろうなぁ……

「いくら人の真似事をしようと、私も貴様も、生まれついた本性以上の存在には成り得ない……気取られないよう封じていただけで、私は最初から『憎悪』でしかなかった」
黄泉坂の思想が出ている。
とにかく黄泉坂は人間みたいに振る舞う鎖々戸がきらい。

ちなみに、鎖々戸が三発も喰らっているのは完全に油断していたせいです。
黄泉坂に嫌われているだなんて、彼は微塵も思っていませんでした。

【六章】八重垣夫妻

<Before>
色褪せたフィルムには、軍服を着た父と、着物を着た母。父に手を引かれた二人の子供。かつて清司だった幼子はショーウィンドウの中を、一心に見つめていた――

修司の記憶

<After>
 色褪せたフィルムには、軍服姿の父と、小鳥柄の銘仙を着た母。父に手を引かれた二人の子供。かつて清司だった幼子はショーウィンドウの中を、一心に見つめていた――

小鳥柄の銘仙

軽微な変更なので迷いましたが、殺伐として終わるのもどうかと思いちょっぴり言及させていただきます。
黄泉坂辿の妻で、清司と修司のマッマは「みどり」さんといいます。
名前にちなんで、黄泉坂辿は彼女に千鳥柄とか鴛鴦柄の着物を贈っていたのではないでしょうか。黄泉坂辿の贈り物のセンスは愛が感じられるものだといいな。兄には自分とお揃いの万年筆とか、あげてないかな……


さいごに

大きな変更点は以上になります。
私自身、よく長編に挑戦していたりしますが、最初からキャラクターの解像度100%な訳では決してなく、最初に方向性等大まかな枠組みを決めて、以降は実際に書きながら、対話を重ねながら理解を深めています。
そのため、数年付き合ったキャラの新たな一面を今になって発見する、なんてことが往々にしてあります。水くせぇな!
五章の黄泉坂と鎖々戸が今回の変更点の中では最たる例で、黄泉坂はずっと自分の内側に目を向けている=めちゃくちゃ内省的ということが二巻、三巻を経てようやく掴めた次第であります。初稿の時点では、もうちょっと憎しみを外に向けているといいますか、外:内=50:50くらいの空気感で解釈していたものが、やり取りを重ねるうちに外:内=20:80くらいでは……?と、彼の彼自身に対する憎しみの存在を知ってしまった。どうすればいいんだ私は。
とりあえず、四巻を書きますね。ここ二年くらい事あるごとに四巻四巻と鳴いていますが、そろそろ他の種類の鳴き声も口にしたいものです。
一巻につきましては、9月8日に予定されている文学フリマ大阪にて頒布いたします。
BOOTHでも取り扱っておりますので、興味のある方はぜひ覗いてみてください。

作品への感想、質問等も募集しております。
私自身、人の言葉で感想を述べることがあまり得意ではないため、呻きや叫び等でも全くもって構いません。とても励みになります。
ちなみに、あちこちで言っている気もしますが、本作を書いた記憶はあるけど書いていた時の記憶がない二次創作人格の私はアルバートと小夜鳴鳥が好きです。五色くんのことも大好きですが彼について述べようとすると記憶と言葉を失って「からあげ食べたい……」くらいしか言えなくなります。何故でしょうか。

ここまで読んでくださりありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
〜BIG LOVE〜 仲原鬱間

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