「今がいちばん売れそう」9番街レトロが感じる日々の充実と成長
『月刊芸人』6月号の巻頭特集は、神保町よしもと漫才劇場にて活躍する9番街レトロ。前編ではコンビ結成のいきさつや、結成当時の状況などについてを掲載。後編となる今回は、ヨシモト∞ホールから神保町よしもと漫才劇場へ拠点を移してからの変化、コンビ結成当初から続けているYouTube配信、年末の賞レースなどについて語ってもらった。
初めての『M-1』、3回戦敗退でタコみたいに泣いた
――現在は神保町よしもと漫才劇場が活動拠点となっていますが、ヨシモト∞ホール時代はどうだったんですか。
なかむらしゅん(以下、なかむら):コンビを組んで最初の4ヵ月は、5段回くらいあったネタのランキングシステムのいちばん下でした。
京極風斗(以下、京極):昇格する手段は2種類あって、1つはお客さん票で1位になること、もう1つは作家さんが決めるライブで1位になることなんですけど、僕らは後者で昇格しました。実はお客さん票で上がったことはないんですよ。
なかむら:最初はファンが1人もいなかったですしね。
京極:僕の場合でいうと、前までカリスマとしてポーズを取って漫才やってたヤツがいきなり普通に立って漫才やってても、(お客さんとしては)物足りないところもあったのかもしれないですね。作家さんにいちばん下から上げてもらってからはどんどん結果が出て、あと一歩で最上位のファーストクラスへいけそうやなっていうところまでいきました。
なかむら:(ファーストクラスとセカンドクラスの)入れ替え戦までは行けたんですけど、順位的にぎりぎりダメで。あぁ、やっぱり無理やったかと思いつつ、ここまで来れたからよかったなという気持ちもありました。
京極:コンビを組んですぐ、そこまで行けたのはだいぶ順調ではあるんですけど、当事は焦りもあったような気がします。コンビ組んで最初の『M-1』(2019年)で3回戦まで進んだのも、今、冷静に考えるとすごいことやと思えるんですけど、当時は“あぁ、3回戦までやったか”って落ち込んでしまったというか、熱量と実力にだいぶ差がありましたね。こいつなんか、帰りの公園で泣いたらしくて。
なかむら:タコみたいに泣きましたね(笑)。
京極:しかも、僕に電話かけてきて「俺、売れへんの、嫌やわ」って言い出したんですよ。
なかむら:目標としていた3回戦までは進んだのはよかったんですけど、500人くらいのお客さんに“あぁ、こいつらウケてないなぁ”って思われたんやろうなって考えたら、むっちゃ辛くて。
京極:で、「売れへんの、嫌や」って?(笑)
なかむら:売れへんのは嫌やろ? けど、売れへんのは嫌やって電話してくるヤツ、めっちゃキモい! ゴミやねんけど! ばり恥ずいねんけど!!
京極:あははははは!
なかむら:それ、ここで言うんや。勝手に言わへんと思ってたわ。
――(笑)。絶対に書かせてもらいますね。
京極:あははは! かわいいでしょ、こいつ。
なかむら:そりゃ落ち込みますよ、500人の前でスベったら。映像にも残るし。その話、もう言わんといてな!
今後はコントにも挑戦していきたい
――神保町に拠点を移してからは、当時のネタバトルランキングシステム最上位のSクラス(のちの花クラス)へ3番目に昇格しました。
京極:早よ上がらなヤバいなと思ってましたね。∞ホールにいたときは、先輩もおる中で勝つからすごいと思ってもらえてましたけど、芸歴7年目以下となると僕は上から数えたほうが早い。正直、焦る気持ちのほうが大きかったです。
なかむら:一発目に勝ち上がらないと恥ずかしいっていう感覚やったというか。やから、上がれたときは“あぁ、よかった”って。
京極:ホッとしましたね。まぁ、そのランキング分けが花鳥風月問題の発端でもあるんですけどね。僕らはある意味、優遇されていた側にいましたけど、(上にいることが)せこいとは言わせたくないです。ちゃんとがんばった結果、1位になっただけなので。
――ルールに則って戦って、得た結果というだけですよね。芸人さんは人を楽しませる仕事なので、多くの人に受け入れられたり好きになってもらったりすることは大事な要素ですし。
京極:あぁ……。僕らの口からはなかなか言えないことなので、そう言ってもらえるとありがたいです。
なかむら:人気があっていいなぁって言われることもあるんですけど、ネタも賞レースもがんばってやってますから。
京極:YouTubeもそうですね。
なかむら:僕ら、公式チャンネルで毎日トークをアップしてるんですけど、始めた頃、周りに誰もやってる人はいなかったですし、「おう、YouTuberやん」とかイジられることもありました。
――コンビ結成と同時に、コンビでYouTubeチャンネルを始めたのはどんな意図だったんですか。
京極:動画編集ができたので前のコンビから、もっと言えば7年前からYouTubeをやってたんです。なかむらもなかむらで、スタッフが入れ替わった時期にNSCに入っていて、いちばんえらいスタッフの方が前衛的なことにチャレンジするタイプで、(在学中に)YouTubeで配信してたらしいんです。
なかむら:やから、京極が前のコンビでYouTubeやってるって知ったときも、えぇ、チャンネル持ってるんやっていう(好意的な)感じで。コンビ組んだときも、自分も動画上げられるようになるんやって嬉しかったですね。
京極:そういうこともあって、結成してすぐやろうということになりました。
なかむら:毎日トークを投稿するっていうのは、トークライブか何かで言うてもうたから始めたことでね?
京極:はい。その日から2年くらい、毎日トークをあげてますね。
――また、劇場では5月からネタバトルのシステムが一新されましたね(※取材は5月末に敢行)。
京極:花クラスは一度上がってしまえば落ちることはなかったんですけど、5月からは70組全組でバトルして下位20組が入れ替え戦にまわってしまう。今まで花クラスの中の10組っていうぼんやりした位置づけやったのが、次からは70組全部の順位が出て、お前はこの位置やってきっちりと示されてしまうようになったんです。
なかむら:花クラスやったのに全然あかん順位やん、と思われたら恥ずかしいので、1位は常に狙っていきたいですけど。
京極:僕らは花クラスだったこともあって出番が多いし、お客さんにネタを観られる機会も多いので、厳しい戦いになる気がするんです。そういう中で僕は今、勝手にコントの台本を書き始めてるんですよ。今までコントをやってなかったのは――最低だと思われるかもしれないんですけど――(コントで使う)道具を持っていくのがめんどくさかったっていうのが理由の1つで。けど、神保町にいろいろと小道具があるので、1回持ち込んで劇場に寄付するかたちでコントに挑戦して、今後は漫才とコントの両刀でいけたらいいかなと。
なかむら:『キングオブコント』の決勝も狙いたいですしね。
京極:エントリーしたことは一度もないんですよ。本気でコントをやっている人たちの邪魔になったら嫌やなっていうか、半ば冷やかしみたいになるのは申し訳ないなと思っていて。けど、コントのほうがテレビにもハマりやすい気がするので、挑戦してみたいですね。
なかむら:やっぱりテレビに出たいから。YouTubeも楽しくやってますけど、テレビに出られるのがいちばんの正義やと思ってます。
ぼる塾の影響でテレビでの活躍がより身近になった
――芸人を目指した段階でイメージしてた未来像と今、ギャップはありますか。
京極:僕は12歳くらいのとき、芸人になりたいと思って18歳でNSCに入ったんです。在学中に売れると思ってたので、7年のラグがある状況ですね。
なかむら:僕はNSCのネタ見せでネタを飛ばしまくって、“あぁ、俺は芸人に向いてないねや”って思ってたので、マジで1回も自分が売れる想像をしたことがなかったです。
京極:ネタ見せの授業、3回連続でネタ飛ばしたんですって。ただ、その言い訳がいつ聞いてもわけわからないんですよ(笑)。
なかむら:漫才やるのはほぼ初めてのはずやのに、みんな、手を叩きながら「はい、どうも~!」って出ていくじゃないですか。どうもの言い方、みんなうまっ!って。みんなのどうもがうますぎていろいろ考えてしまって、ネタを飛ばしてたんです。けど、もう慣れましたし、“これ、イケるんちゃうかな?”って思えることが積み重なって、今がいちばん売れそうやなと思えるようになりました。
――今がいちばん売れそうっていいですね。
京極:そうですね。今がいちばん楽しいですし。
なかむら:この前、初めてテレビでネタができたんですよ。芸歴6年目なんですけど、この5年くらい“俺はテレビでネタをできるレベルの芸人じゃないんや”っていう気持ちがどこかにあったんです。けど、初めてチャンスをもらえたときに、“あぁ、俺はテレビでネタしてもいいヤツなんや”って思えた。今は、そういう小さなことを1つひとつクリアしていってるところなのかなと思います。
――なかむらさんは随分、自己評価が低いというか、自分に厳しいんですね。
なかむら:調子乗ってるって思われることが、いちばん恥ずいっていう気持ちがあるかもしれないですね。
京極:たしかに彼はだいぶ厳しめに設定してますけど、僕はだいぶ低くて。18歳でNSCに入ったのは、10年やっても28歳でやり直しが効くと思ってたから。で、10年目の段階でお笑いだけで食べられてなかったら辞めようと思ってたんですけど、その目標は達成できたので辞めるという選択はなくなりました。
なかむら:ハードルは超えたんや。俺のハードル、だいぶ高いで?
京極:え、何?
なかむら:芸歴7年目以内で、月収780万円!
京極:来年までにバズれる? 無理やろ。
なかむら:ほんまは僕、何年目にこれをしようとか設定したことは一度もないんですけど(笑)、(初めて出たことによって)ちょっとだけ安心できました。これからはたくさんテレビにも出たいです。
京極:ほんまに出たい。僕らにとってテレビに出るということ自体、これまでフワッとしたもんやったんですけど、ぼる塾の活躍が影響してるというか。あぁ、こういう感じで忙しくなっていくんやというのを目の当たりにしたことで、より出たいと思うようになりました。ただ、ボーーっとした状態でテレビに出ても沈むだけなので、ちゃんと意識した状態で出たいですけどね。もちろん、頭のどこかに『M-1』もあります。お笑いに携わる中で、『M-1』優勝はいちばんかっこいいことですし、唯一のテレビ直結ルートといってもいいくらいでしょう?
なかむら:この『月刊芸人』の取材も、ほかの雑誌で名前を出してもらえるようになったのも全部、昨年の『M-1』準々決勝進出からつながっていることなので、今年はさらに上を狙いたいです。……狙いたいって言っちゃった(笑)。
京極:まぁ、意識しすぎてもよくないので、ほどほどに。今は『M-1』が始まるときに(決勝進出候補として)名前が上がるヤツらでいられるよう、がんばっていきたいですね。
■9番街レトロ
2019年結成。京極風斗(左)となかむらしゅん(右)のコンビ。
2020年に第1回北河内新人お笑いコンクール 最優秀新人賞を受賞。
■撮影協力
浅草花やしき
東京都台東区浅草2-28-1
FEBRUARY KITCHEN
東京都台東区浅草2-29-6 天野ビル 1F
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ライター/高本亜紀 撮影/越川麻希
企画・編集/重兼桃子