【9月号】ラニーノーズ山田健人 漫筆「犬と組んでほしかった」
『私、これからどうすればいいと思う?』
数年前にピンの女芸人に相談を受けた。
人にアドバイスなんてできる身分でもないが
せっかく僕を頼りにしてくれたので、真剣に考えてみることにした。
「何か好きなものある?」
深く彼女のことを知らなかったので、何か参考になるかもしれないと思い聞いてみた。
『犬』
即答だった。
漫画や映画のサブカルチャーのつもりで聞いたら
漢字一文字が返ってきて狼狽した。
「じゃあ、、、犬とコンビを組んだらいいんちゃう?」
彼女は冗談だと思って笑っていたが
僕は少しもふざけていなかった。
ここから僕のプレゼンが始まる。
犬と組む。
可愛らしさ、女性人気を考えてチワワが良いだろう。
犬を相方にしたら絶対に面白い。
漫才なら登場した時に
サンパチマイクが犬に合わせられていて
20cmくらいの高さだったらそれだけで愛らしい。
コントだとしても
明転した時に舞台の真ん中にチワワがちょこんと座っているだけで趣深い。
犬が「ワン」と吠えるのがオチで暗転のキッカケなのに、なかなか吠えずにネタが終わらないトラブルも笑い話になるだろう。
犬とコンビを組んでいるだけで話題性がある。
SNSでも動物の癒される写真や映像は需要があるので
ツイッターで相方のアカウントを作り
【ワンワン】という文章に写真を載せてツイートすれば良い。
告知の時だけ日本語を流暢に扱っていたら、これもユーモアがあって良い。
楽屋では扉に犬シール(犬を飼っている家の玄関に貼ってあるやつ)を貼っておいたら、共演者がそれをSNSに上げてこれまた話題に。
YouTubeでもいくらでも人気を得られるだろう。
テレビでも動物を扱う番組からは見過ごせない存在になるはずだ。
僕は確かな自信を持って彼女に犬と組むべき理由を伝えた。
だがMは反対した。
理由は2点。
“犬とネタをすることは不可能だ”
“他にそんな芸人がいない”
この意見には反論せざるを得なかった。
決して実現不可能なことではない。
もちろんMにはまずドッグトレーナーになってもらわなければならない。
適材適所で吠えることができるように訓練し、芸を教え込むのは決して簡単なことではない。
ただしそれができるようになれば、可能性はいくらでも出てくる。
【日光猿軍団】という猿と集団コントをするエンターテイメントが存在していた時点で前例があるので不可能ではない。
そして“他にそんな芸人がいない”という問題。
これに関してはメリットでしかないと思う。
なぜそれで嫌がるのかがわからなかった。
まずこの僕が若手では他に誰もやっていない音曲漫才をしているのだ。
僕はこのアイディアは必ず成功すると確信していた。
上記にあげた作戦の有効性。
そして何よりMは犬が好きなのだ。
本当に好きということが大事。
だからこそ相方のことを大切にするし
そこから生まれるネタは面白いものができるだろうと思った。
2時間以上に及ぶ熱弁により彼女の気持ちは次第に変わっていく。
最終的に『犬の相方を探す!』と決意して話し合いは終わった。
数日後に再会すると彼女の考えは元に戻り、
犬と組むことに対して否定的になっていた。
理由は周りからの猛烈なバッシング。
常識を覆すようなアイディア、イノベーションは反対されることが多い。
でもそうあるべきだとも思う。
誰からも反対されないものなんて程度が知れている。
僕が同期との飲み会でこのアイディアを話してみた時も
お前は狂人だとみんなに一蹴されてしまった。
中には
「もし俺の漫才中に次の出番がMだとして、舞台袖でMの犬が吠えたら、俺はお前を殴りに行く」
と宣言されてしまった。
なるほどこれはMは耐えられないだろう。
僕なら何を言われても闘えるのだが
Mが他人から否定された場合
もともと自分から出たアイディアではないので
すぐに屈してしまう。
結局この案は没になってしまった。
僕は未だに良い案だったと信じているが
果たして本当に有効性があったのかどうか
知る術はない。
最後にMが僕に言った言葉が
今でも忘れられない。
『まだ人間と組みたい』
■ラニーノーズ
山田健人(やまだけんと)と、洲崎貴郁(すざきたかふみ)のコンビ。音曲漫才師。2012年に結成。NSC35期生。よしもと漫才劇場を中心に活動中。
ベースとドラムスのメンバーを加えたバンド・Runny Noize(ラニーノイズ)として音楽活動もしている。