【8月号】芸人リレーコラム/やさしいズ・タイ
「夏とコントは俺を狂わす」
結局ここ10年、THE夏みたいな思い出がパッと出てこない。
さっき「夏といえば」ってネットで検索したぐらい満喫した思い出が出てこない。検索したら、海、花火、祭り、山、バーベキュー、いろんなものが出てきた。
なぜこんなにもTHE夏みたいな思い出がないのか。
それはコントとともに夏を過ごしちゃってるから。
夏はキングオブコントっていうコントの王様決める大会がある。
この大会のために夏は日々コントを磨いて磨いて磨いてる。
他の季節も磨いてるけど、夏は必要以上に磨いてる。
ボウリングで絶対スペア取りたい時にいつも以上に入念にタオルでボールを磨く感じで磨いてる。
なんでこんなに磨くのか、優勝する為っていうのはもちろんだけど、真逆の理由もある。
負けた時の為、負けた時に自分を微塵も言い訳させない為。
あの日海に行ってなかったら勝てたかも、じゃあ来年は海を我慢したら優勝できるかも、なんて1ミリも思わせない為。
悔しさとか、かけてきた思いと結果が釣り合わない現実とか、そこから生まれるしんどさとかの塊をひとかけらも逃さず全部自分にブチ当てる為。
特に2017年の準決勝で負けた時はしんどかった、たぶん今までの人生で一番しんどかった。
だって負けて会場を出る時に「どうすればいいんだよ」とか「あれだけやったのに」とかじゃなくてそのまんま「しんどい」って言っちゃってたもん。
でもまぁそんな2017年があったおかげで翌年2018年には決勝には行けた。
もう、あのしんどさを絶対に味わいたくないっていう思いが自分の中にあったおかげでこれでもかっていうくらいやれるだけやった。
ただ、決勝には行けたけど優勝できなかった。
終わってから控室で思った。
じゃあ、優勝するためにはもっとやらなきゃいけないってことになる。
おいおいじゃあ俺はいつになったら夏を満喫できるの? って思った。
その時の俺の目はたぶんすごい遠い目をしていた。
もう海を越え山を越え空を越えて宇宙の隅っこを見るくらい遠い目をしていた。
それから2年弱くらいが経ち、ある日ライスの仁さんと酒を飲む機会があった。ライスさんと言えば俺が欲しいキングオブコントのチャンピオンの称号を2016に手に入れた最強コント師の一人だ。
チャンピオンになにはどれだけやればいいのか? という質問を思い切って聞いてみた。
すると仁さんはこう答えた。
「え~、いや~俺チャンピオンになった年が一番夏満喫してたよ~」
は? え、ま?
ひっくり返った。価値観ぐるんぐるんひっくり返った。地球が丸いって知ったやつくらい。だって、そんなんあり? 夏楽しんで優勝しちゃうコースなんてあり???
じゃあもう全然遊んでいいじゃん。
何を自分で勝手に十字架背負ってがんじがらめになってたんだよ。
そしてまた今年夏が来る。
海に行こうか? 山に行こうか?花火を見ようか?
コロナの影響もあるけどできる範囲で想像してみた。
海は暑いし潮でベトベトするし、山は虫とかがいて嫌だし、花火は人ごみがしんどいし。
行くとこがなかった。
屋内の涼しい冷房でコント考えるのが一番だった。
結局、俺の夏はコントだった。