「横断歩道」「麦芽」(2023/12/17)
『横断歩道に麦芽咲く!』
少し前の新聞の見出しが頭から離れない。
ど根性麦芽として持て囃されたそれは、市主導で私が働く酒蔵へ持ち込まれ、ごく少量でも良いのでビールとして生まれ変わらせてほしいと頼まれていた。
我々は無理難題とも等しいその注文を義理と人情に任せて安請け合いし、すったもんだの苦心を重ねてようやく一口仰げるだけのビールを完成させた、はずだった。
連日の徹夜作業で心身ともに疲弊し、身体も判断能力もまともに働かないとはいえ、本当に私はどうかしていた。
皆がやっとの思いで完成させたビールを、私が保管することになっていた。
翌日のど根性ビールイベントで、市長が飲むために一日だけ保管しなければならない。
しかし、替えの効かないこのたった一口分のビールを運ぶだけの力は、私の身体には残っていなかったのだった。
不意によろけた私の身体に合わせるように波を打ったビールは、次の瞬間にはもう床のシミへと姿を変えていた。
ここで、なんとしても謝罪すべきだった。
すぐにでも誰かを捕まえ本当のことを打ち明けて、どんな処罰でも受けるべきだった。
しかし私はあろうことか、あんな方法で誤魔化してしまった。
極度の疲労と焦りに支配された私には、それしか頭に浮かばなかった。
急拵えで用意できる黄金色の液体など、それしか……。
市役所に隣接する小ホールには記者や市民が数十名ほど集まっていた。
お偉いさん方の何人かが挨拶を終えた後、壇上の端に居る司会が切り出す。
「みなさん、それではいよいよど根性ビールの登場です」
その声の後、舞台袖から市の女性職員と思われる人がショットグラスに入った黄金色の液体を運んでくる。
市長は舞台の真ん中でそれを受け取る。
「僭越ながら私が、この貴重な一杯を飲ませていただきます。それでは」
そう言って市長はグラスを顔より上に掲げて、一人で乾杯のポーズをとる。
そしてグラスを口につけ、一気にあおる。
ごく少量の"ど根性ビール"は一瞬にして市長の中に消え、役目を終えた。
そして市長が言った。
「うん、少し甘い」
私は病院に行こうと思った。
お題提供:ピカソケダリ メロス(横断歩道)/ポポポ(麦芽)