絵本『タキシードッグ』改訂版
犬神山の~てっぺんを~
一番星が照らす時~ 町を見守る番犬が~♪
今日も空からパトロール~♪
犬神山の~おたすケ〜ン♪
こまった時はおたすケ〜ン♪
ヘンテコなこの歌、
大好きだったおばあちゃんが
ぼくがだれだかわからなくなったころ、
突然歌い出した歌なんだ。
みんなは、おばあちゃんはニンチショウで
デタラメを歌ってるんだって言ってたけど…
これはね、その犬神山のふもとにある
町のものがたりなんだ。
ぼくは当時小学5年生。
登校中によく、同じクラスの三人組に
カバンをおしつけられてた。
「おれたちは先に行ってるから、
おまえちゃんとおれたちのカバン持ってこいよ!」
「遅れたらただじゃおかないからな!」
かれは、加藤 勝 君。
後ろの二人がかれに言った。
「いこうぜカトマン!」「はーはっはっはは…」
三人組は、ぼくをおいて走り去った。
遅れたら大変だ!
ぼくは小走りで公園をよこ切って近道をする。
あ、木の下に、女の子が。
みかけない顔だ。どうしたんだろう?
女の子はこまったような顔をして木の上を
見上げていた。
「あのぅ…どうかしたの?」
ぼくが声をかけると女の子は言った。
「そこにいるカマキリをどけてくれない?」
「え?い、いいけど」
どういうこと?
ぼくは木の下に立てかけてあった
ステッキの上のカマキリをどけてあげた。
すると…
ガサッ…ガサガサガサ…
木の上で音がするので見上げると…な…なに?あれは!
「いや~たすかった、たすかった、ヨイショ…
「あ!うわぁ!」
ドスン!タキシードを着た犬のお面?
をかぶった人が、木の上から落ちてきた!
いや、ちがう。あれは…お面じゃない。
ことばを話す犬人間だ!
「あいたたた…はい、これ」
犬人間は、ワンポイント肉球の黄色いハンカチを女の子にわたした。
「ありがとう。」女の子は犬人間にお礼を言うと、
ポカンとしている ぼくに言ったんだ。
「私、転校してきたばかりで今日はじめての登校なの。」
「でね、キンチョーしちゃってお手洗いにいきたくなったから、公園のトイレを借りたの…
すんでから手をふいてたらハンカチを風で飛ばされちゃって…」
「それで、この木の枝にひっかかちゃって、こまってたところをこちらのわんちゃんがあらわれて、木にのぼって取りにいってくれたのよ。」
犬人間はにっこり笑って
「こまった時のおたすケン」
「ボクの名前はおたすケンって言うんだ」
「大好物はホットドッグ♪」
「犬神山のてっぺんに住んでるんだよ~」
お…おたすケン!?ホントにいたんだ!
おばあちゃんの歌はデタラメじゃなかったんだ!
すると犬人間
「ボク、虫が大の苦手で…たすかったよ、
木からおりられなくてこまってたんだ」
「こまった時のおたすケンが虫にこまってたなんて…」
これじゃあ、あべこべだよ。」
「アハハハハハハハハハハハハハハ…」
「ハハハハハハ…ハ…ハ…ハァ…」
おもいっきり笑ったらぼくたちは
ふとわれにかえった。
「あー大変!このままじゃ学校にまにあわない!」
「私、転校初日からちこくしちゃう~」
「こまった~どうしよう?」
あわてているぼくと女の子をみて
おたすケンは言った。
「ボクにまかせて~!」
ナント! 手にしていたたステッキがたちまちヘリコプターに
なっちゃった。
「このフライングステッキにのって学校までひとっ飛びだよ~。」
大空を飛びながらぼくたちは自己紹介をした。
「私、空美、あなたは?」
「ぼ…ぼく、陸徒」
「陸徒君、ステキな名前ね。」
「今日からよろしくね。」
「よ…よろしく。」
ぼくは照れかくしにおたすケンに言った。
「あ、そ…そうだ。キミ、おたすケンじゃあ…むかしの妖怪みたいでカッコわるいよ。」
「そうだなぁ…タキシードを着た犬だから…」
「キミの名前は、タキシードッグだ!」
「ステキ~♪」
「じゃあ、愛称はタッキーね」
「よろしくね、タッキー」
「ボクの名前は今日からタキシードッグだ~」
タッキーはとてもはうれしそうだった。
そんなことを話しながら
ぼくたちはあっというまに
学校についちゃった。
ぼくたちが一番乗り。
「お勉強がんばってね。」
「タッキー」「ありがと~う!」
転向初日の空美ちゃんは職員室へいき
ぼくは教室へ。
しばらくして教室に入ってきた
三人組がぼくを見た時の、
おどろいた顔ったら…
でも、ぼくの方がもっとおどろいたよ!
なんと…
転校生の空美ちゃんが
ぼくとおなじクラスになったってこと♪
明るく優しい空美ちゃん、
すぐにクラスの人気者。
みんなの輪にかこまれて、
ぼくはそれを、遠くからながめていた。
体育の授業。ぼくは体育の授業がきらいだ。
ぼくのクラスは21人、
準備ストレッチでペアを組むと
必ず一人あまってしまう。
うまくペアを組めないぼくは、
いつも「またお前か」と
あきれられながら、先生とペアを組む。
みんなにクスクス笑われながら。
だからぼくは体育の授業がきらい…だった。
その日まではね。
「陸徒くん、私とペア組んでくれない?」
空美…ちゃん?
舞い上がったよ、うれしくて。
人生で一番うれしかった瞬間。
ぼくにも春がおとずれた。
そういえば、おばあちゃんがいつも言ってたな、
冬もかならず春になるって。
「陸徒くんの得意な運動って何?」
「え? か…かけっこ…かな?」
「そーなんだ、そういえば陸徒くんの徒って徒競争の徒よね。」
「………………」
空美ちゃん!ゴメン!ぼくウソついちゃった。
じつはめっぽう運動オンチ、かけっこなんていつもビリ。
このことはぜったいナイショにしなきゃ!
と、ぼくはちかった。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
ある日の下校のとき
なかなかトモダチできなくて、
いつも一人ぼっちだったぼくだけど、空美ちゃんと仲良くなれて
クラスのみんなともなかよく
なれそうな気がしてきたよ。
「陸徒君もいっしょに帰りましょ。」
「う、うん」
そのとき…
ドサッ!ドサドサッ!
いきなりカバンが飛んできた!
「これをおれたちの家までもっていけ!」
「空美ちゃんは、このあとおれたちと遊ぶんだから!」
「遊ぶなんて勝手にきめないで!」
「なんで陸徒くんにイジワルするの?!」
空美ちゃんがつっかかる。
「こいつは負け犬で、ドジでノロマな弱虫だからウザいんだよ!」
「空美ちゃんがこんなヤツに仲良くしてあげることないんだよ!」
カトマンが反論すると空美ちゃん
まさかのフォロー。
「陸徒くんは弱虫なんかじゃないわ、優しすぎるだけなのよ!」
「イジワルをするあなたたちの方がよっぽど弱虫よ!」
「な、なんだって?」
あせるカトマン
「そこまで言うならどっちが弱虫か勝負してやる!」
「なにで勝負するか決めてもらおうじゃないか!」
「そうねえ…かけっこ、とか…」
え? ちょっと待って、空美ちゃんそ、それは…
ぼくは心でうったえた。
「ようし!じゃあかけっこでおれが陸徒に勝ったら…」
「空美ちゃんに、将来おれのお嫁さんになるって約束してもらうからな!」
えー???? カトマンなんてことを!
まわりのみんなもドン引きだ。
「ええ!いいわよ!」 え~!そ、空美ちゃん?
「陸徒くんが負けるわけないんだから絶対に!」
「ね!陸徒君」
ああ…ぼく、
人生最大の 大ピーンチ!
帰り道の公園で、ぼくはひとり落ち込んでいた。
ぼくのせいで空美ちゃんをこんなことに巻き込んでしまって、
身から出たサビとはこのことだ。
大変なことになってしまったよ。
ぼくがカトマンに勝てるわけがない。
空美ちゃん、きっとぼくのこと
けいべつするだろうなぁ…
せっかくなかよくなれたのに。
ぼくはまた一人ぼっちだ。
このままどこか遠くへ行ってしまいたい…
そう思いながらぼくはおもわずつぶやいた。
「こまっちゃったなぁ…」
「なにをこまってるの~?」
ヌウッとぼくの前に現れた逆さの犬の顔。
「うわあッ!タ、タッキー?」
「ボクは耳がイイからね~♪」
「犬神山からでも陸徒くんのつぶやきが聞こえるんだよ。」
…………耳よすぎ。
ぼくがさっきまでの学校でのことを話すと、「かけっこのことならボクにまかせて!」
「かけっこ勝負まで一週間。勝つために明日から犬神山で秘密特訓をしよう!」
秘密特訓??
次の日の放課後、タッキーと犬神山へ向かった。そこで待ち受けていた
のは…?!
「彼はトモダチのベルン」
タッキーは大きなドーベルマン犬をつれてきた。
今日からの秘密特訓に協力してもらうためらしい。
「ベルンの大好物はお肉なんだ」
「…ということで陸徒くん、ちょっと後ろ向いてくれる?」
「え?」
「これでよし。」
「え?これってま、まさか…」
わん!
わああああああああああ
やっぱりぃ!
その日から、ぼくの絶望的、地獄的な秘密猛特訓がはじまった。
ぼくはボロボロになりながら…
毎日休まず一週間全力でベルンから逃げ…
もとい、
ベルンとともに、走りぬいた。
…そして決戦前日
最後の特訓を終え
公園でタッキーと作戦会議…のはずが?
「やっぱりぼく自信ないよ」
ぼくは、どうした?というような顔でぼくを見つめるタッキーに、う
つむいたまま、言った。
「カトマンの家は会社を経営していて、
社長のお父さんはカトマンに将来会社を継いでほしいんだけど…」
「カトマンはホントは野球選手になるのが夢なんだ」
「だからナイショで少年野球チームに入って毎日練習してるんだよ」
「ぼくみたいな運動オンチがいくら特訓したって勝てるわけないんだ…」
「……………………………………………」しばらく沈黙が続いた後、
「ほら、みて」
タッキーは犬神山のてっぺんを指さした。
「あ、一番星…」
「そう、夜空の星の中で一番美しく輝く星だね」
「宵の明星、金星」
「金星は英語でヴィーナスって言うんだよ」
「そーなんだ…ぼくのヴィーナスは…空美ちゃんかな♪」
そうつぶやいた、その瞬間ぼくは…
空美ちゃんを裏切っちゃダメだ!と強く思った。
「タッキー、ぼくがんばるよ!」
「ぼくは空美ちゃんを勝利の女神にするんだ」
勝利の一番星、金星をみつめながら、ぼくはタッキーに誓った。
今日は日曜日。
対決場所の学校運動場にぼくはついた。
そこには、空美ちゃんとカトマンほか、
クラスの全員があつまっていた。
どうやらみんな、勝負の証人としてカトマンに無理やりこさせられたようだ。
「陸徒!」
「逃げずに来たことだけはホメてやろう」
カトマンの指示でみんなはハンカチを出して結んだ。
特製のゴールテープ完成。
それを二人の女子が両はしを持ってゴールラインに立った。
一人は空美ちゃん。
「このゴールテープに先に触れた方が勝ちだからな」
カトマンがそう言ったその時…
「ボクも見学させて~」
なんとタッキーがフライングステッキで降りてきたものだから、
みんなテンヤワンヤの大騒ぎ。
「うわっ!なんだ?この犬のお面をかぶった変なヤツは?」
「あやしいヤツめ!」「お面を取れ!」
「これはお面じゃないってば!」「うわっ!しゃべった?」
「よく見ろ、こいつはしゃべる犬だ、犬人間だ!」
「ボクは犬人間じゃないよ」
「おたすケ…」
「いや、タキシードッグだ!」
「おい!とりあえず、そいつのことはいいから!」
「さっさとはじめるぞ!」
カトマンの一声でみんなは静まった。カトマンすごっ
とぼくは思った。
ぼくとカトマンはスタートラインに立った。
「なんだお前、そのボロボロのランニングシューズは!」
「わっはははははははは……」
カトマンの嘲笑う声を聞きながら、ぼくは犬神山での猛特訓を
思い出していた。
そうだ、こんなにシューズがボロボロになるまで走ったんだ。
一瞬、空気が静まり、ぼくは胸はドキンと大きく鳴った。
いちについて
ヨーイ…
ドン!
「うわあああああああああああああああ!」
ぼくは、スタートから全力でダッシュをかけた!
「オォー!」
前の方からどよめいているみんなの声が聞こえた。
しかし、それをかき消すように
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
カトマンの雄叫びが、後ろからはぼくの背中にだんだんと近づいてきた。
そして…ぼくに追いついたカトマンは追い越しぎわに言った。
「ハッ、ハァ、ハァ、へっへー!」
「しょせんおまえはおれには勝てないんだよ!」
「弱虫の負け犬!」
あっさりと追い越されたぼくは、遠ざかるカトマンの背中を見ながら
…ああ、カトマンの言うとおりだ…やっぱりぼくは負け犬なんだ…と思った。もう、とても追いつけない。
まるでぼくにだけ、向かい風が吹いているようだ。
その向かい風といっしょに前から飛んできたのは…
がんばって!
空美ちゃんとタッキーの声だった。
そうだ…
空美ちゃんを勝利の女神にするんだ!
ぼくは…このまま
負け犬になるのは…
…いやだ!
『グワンッ』と、ぼくの両足にふたたび力がみなぎった。
絶対に
つかみとるんだ!
勝利の一番星を
「おお!」
「陸徒がんばれ!」
みなの歓声が聞こえた。
その時
『プツン』 と左の足元から聞こえた。
ボロボロだったぼくの靴のひもが
切れた音だった。
いきおいあまってぼくは大きくバランスをくずしたぼくは…
ドザザザアァァ……!
ゴール直前
前のめりになって
思いっきりハデに転んでしまった。
「陸徒君!大丈夫?」
空美ちゃんがかけよってくれたけど、
ぼくは情けなくて顔をあげられなかった。
こんなことってある?最後の最後で…そうおもいながらうつ伏せていた。
しかし、カトマンの声でぼくは顔をあげた。
「空美ちゃん、約束は守ってもらうからな」
「さあ!これにサインして」
カトマンはそう言うと、一枚の紙をさしだした。
「とうちゃんは何でも紙に残しておけっていつも言ってるんだ」
まわりのみんなはドン引きで
こまった顔の空美ちゃん
その時…
「ちょっと待ったー!」
声の主はタキシードッグ
「この写真をみて!」
「あ~!こ、これは」
みながどよめいた。
タッキーがさし出したのは星の形をしたベルトのバックル。
その裏面のディスプレイに写っていたのは…
カトマンがゴールテープを切るより先に
前のめりに転びかけたぼくの指先が
風でわずかになびいた空美ちゃんの黄色いハンカチに
ふれている決定的瞬間だった。
犬神山をみあげたら
そこには勝利の一番星が輝いていたよ。
犬神山に住んでいて~
いつもキメてるタキシード~ ステッキ片手にひとっ飛び~♪
肉球マークの星ベルト~♪
こまった時のおたすケ~ン♪
タキシードッグのおでましだ~♪
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「あれから30年がたったけど…」
「今でもこの歌のように、キミが本当にこまった時は…」
「空からタキシードッグがきっと、助けにきてくれるからね…空徒」
おしまい
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