怪しい勧誘の女の子に騙されに行ってみた話①
今から、マルチ商法か宗教かの悪質な勧誘、と踏んでいる人に会ってくる。
たった一度飲み屋のバーカウンターで隣になっただけのその人は、
何故かとにかく私と会おうとしてくる。
少ない情報量で私を誉めまくり、心配してくれ、そして会おうと誘ってくる。
私がどれだけ連絡を無視しても、一応つけた会う約束を何度すっぽかしてしまっても
❤や🎵、☺をたーくさんつけた、優しく明るく思いやりのある言葉で次いつ空いてる?と聞いてくるのだ。
正直、とても気味が悪い。
そんなものは連絡無視してブロックしてしまえば、ともちろん頭をよぎるのだが、
どうもそれがしづらいのにも理由がある。
私は前回会ったとき、この人から本を貸されていた。
お金持ちになるにはどうしたらいいか、ということが書いてあるお金の哲学書だ。
ちなみに中身は読んでいない。
その人は私の1つ年上、25歳の会社員だという。
笑顔の素敵な、ふんわりとした雰囲気の人で、話しやすい感じの人だった。顔も童顔で、女の子、といった感じだ。
ふにゃっと笑うと出る八重歯と、愛嬌のあるたれ目が愛らしい。
仮名でさゆみさんとしよう。
笑顔でふわふわ話を聞いてくれていたさゆみさんは、
仕事の話や将来の話になったとたんに
「それってどうなりたいの?」
「具体的なビジョンは?」
「いくら稼ぐ気なの?」
と鋭い口調で問い詰めてきた。
そのタイミングで、この本を貸された。
「えりちゃんのためになるから」
そういうその人はもうふわふわとした雰囲気に戻っていた。
丁寧に袋に入れられたそれを、私は強く断る理由もないからと受け取った。
今考えてみれば、ちょっとおかしい。
この人と私は、この時たまたまバーで隣になっただけなのだ。
それが、まるで誰かに貸すために持ってきましたというような。
つまり、次回会わなければいけない理由を、本を使ってこじつけられたような。
……考えすぎだろうか。
まず、この相手が男性だったら気軽に即ブロックしている。
本も多分受け取っていない。
一人でバーで飲んでいた私ともう一度会おうとしてくる理由なんて明白だからだ。
それに対して、さゆみさんは若い女性だ。
あんなに可愛い彼女が、人を陥れるような下心なんて抱いているはずがない、ただの私をフィーリングでとても好いてくれただけの人だ。
そう、思いたいのだが、最近、親しい友人の二人がマルチ商法の勧誘に合った。
それも、怪しい人たちなんかでなく、私も知っている大学の女性の先輩からだった。
自分をしっかり持っている、サバサバとした女っけのない先輩だったと記憶している。
到底マルチ商法なんてことするわけがないと思っていたので、私もとても驚いた。
友人の話によると、その先輩たちは、なにも親しい後輩を陥れようと思ってしているわけではなく、
本当に「一緒に幸せになろう!」と心から訴えて勧誘してきたようだったというのだ。
つまり、善意。洗脳に近いことになっているらしい。
その先輩も騙された1人であり、その商法をすることで本当に今自分が幸せで、それをすればみんな幸せになるから、自分が他人をその世界に導いてあげる……本気でそう思っているが故の勧誘行動だそうなのだ。
騙すなんておろか、その人が善人だからこそそういった勧誘をしているのだと。
これを聞いて衝撃を受けたのが記憶に新しい私は、
「これはもしかして」とじわり思い当たったのだった。
私は、さゆみさんにこの本を返しに行くことに決めた。
仕事が終わり、先輩たちと駅まで喋りながら歩く。
「水嶋さんはこのあとどうするの?真っ直ぐ帰る?」
私は「えっと」、そのまま口をついて答えた。
「マルチと、戦いにいきます」
続く
~ついでに読んでみて~