Waltzスピンオフ短編戯曲
劇団ロオル 短編戯曲 作・本山由乃
Waltz スピンオフ短編戯曲
雲雀
先生
雲雀 人間というものは非常に繊細なものです。
流星のごとくに一瞬で消えてしまう。
嘘だと思いますか、でも私はそれを実際に幾度も目の前で見ているのです。
職業柄、と言うよりも、個人的な、癖、なのかもしれません。
人を観察するのが好きな子供でした。
幼いころから、人の輪に入るよりも、その外側からそれを眺めているほうが好きな子供でした。
それに加え、早熟だったものですから、世の中を斜に構えてみるような、陰湿な子供だったと思います。
「ああ、あの人はきっとこうなんだ、」「あの人はこうなるだろうな、」「あの人とあの人はこんな関係なんだろう、」そう言った予想をする事が日常で、他人と言葉を交わすよりも、自分の中と語らう方に楽しみを見出していました。
それではいけない、と思うようになったのは、今の職業に就くきっかけにもなった人で、当時の、コミュニケーション能力の低かった私のカウンセリングをしてくださった方のおかげでした。
先生 自分を観察してみるのはどうかしら?
雲雀 自分を観察?
先生 そう、他の人の事をこんなにも分析できるのだもの、きっと自分の事も深く深く読み取れるはず
雲雀 それは面白いのかな
先生 面白いわ、けれど、それと同じくらい辛いこと
雲雀 辛いのは嫌だ
先生 でも、その辛さはきっと、かけがえのないものになる
雲雀 ほら、と先生は私の瞼に手の平をかざし、小さな声で数字を数えていきました。
(先生、数を数える)
雲雀 催眠療法の一つだったのかもしれません。私は魔法にかかったように、深い呼吸とともに自分の心の奥の方に潜っていく事が出来たのです。
そこは満天の星空でした。
流れ星がいくつも流れている。まばゆい星々とその隙間を埋め尽くす漆黒の深さに私は慄きつつも、その深さに魅了されて、どんどんと奥へ奥へと進んでいきました。
自分の核、とでも言うのでしょうか、内の、内の、その内の、一番深いところに、私が居るのを見つけました。
しゃがみこんでいる自分を眺めて、眺めて、眺めたところで、先生が
先生 どう?
雲雀 と尋ねました。
私は、
先生 何も、無い
雲雀 はい、何もなかった、何も見えなかった、わからなかった、どうして?
先生 それは、あなた、というものが出来ていないからよ
雲雀 え?
先生 好きなものはすき、嫌いなものはきらい、と、言える事が、アナタを作る何よりも必要な要素
雲雀 単に私は悔しかっただけなんです。
私は自分の観察眼を自覚していたし、一つの才能だと思っていた。それなのに、自分の事すらまともに解らないだなんて。悔しくて、先生の言ったことを、やらないと気が済まなかった。
好きなものはすき、嫌いなものはきらい。
先生 そうしたら、どう?
雲雀 私はとても難解でした。でもそれによってわかったのです、人間とは、非常に難しいものなのだと。単純なように見えて、複雑怪奇なものなのだと。
だから面白い、しかし同時に、暗黒の、そう、宇宙のように、深く飲み込まれてしまうんじゃないか、そうしたら一体どうなってしまうのだろうかと、不安を覚えました。
先生 その不安と、人間はいつも戦わなくてはいけないの。それが、生きるという事だから。
雲雀 そう言ってくださった先生は、私が成人する前にお亡くなりになりました。
自身との戦いに、敗れて・・・いや、今思えばそれは勝利なのかもしれない、私にはまだ判断しかねます。
それが解るまで、きっと、私はこの仕事に従事するのでしょう。
人間という、深淵を覗き込み、私は。
また今日も、生きていくのです。
了
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?