TDL二次創作「A twinkle of Mouse」番外編:機長見習い時代のデイビス
雰囲気も形式も大分違いますが、立ち位置的には、『番外編:訓練生時代のデイビス』の続き。
二年近く放置していた下書きを見つけたので、こっそり投下します。
「俺たちストームライダーコンビの歴史は、深く、長い」
「いきなり何さ」
神妙に胸に手を当てて呟くデイビスに、冷静に訊き返すミッキー。また変なことでも語り始めようとしているのだろうか。
「海よりも深く、川のように長いんだ。そんじょそこらのアトラクションのバディには、絶対に負けないぜ」
「なんだあ、このシロップ? ワッフルにかけりゃあいいのか?」
「ちょっと、聞いてあげる振りだけでもしてあげなよ、エディ。デイビスが一人で喋ってるみたいで、可哀そうでしょう」
こ、この情無しどもが。ぷるぷると握ったフォークを揺さぶるデイビスの背後から、階段を上がり終えたスコットがやってくると、和気藹々とした様子と勘違いして微笑み、
「どうした? 三人で、何を話し込んでいるんだ?」
と興味深そうに、トレイを置きながら座った。
「ねえ、スコット。デイビスとのストームライダーコンビの歴史って、海のように深く、川のように長いのかい?」
「は? そんなわけないだろ。何アホなことを言ってるんだ?」
スパーンと、快刀乱麻を断つかの如きスコットの答えに、テーブルにうつ伏せながら震えるデイビス。死に損ないのカマキリのようである。
「落ち込むな、坊主。さすがに今回ばかりは、おめえの方に同情するぜ」
「な、なんでそんな残酷なことを、本人を目の前にして言えるんだよ……」
「ああ、なんだ、お前が言い触らしたのか? 駄目だろ、子どもに嘘を教えちゃ」
あくまでクールに、スマートに。王族のような身振りでさっさと膝元にナプキンを広げたスコットは、横からそそがれる涙目の眼差しを完全にシャットアウトしながら、ワッフルサンドにぱくついた。
「いや、事実だろ? ストームライダーはできたばかりの飛行機で、歴史なんぞあってないようなものだし、現に私とお前が出会ってから、たったの二年しか経っていないじゃないか」
「充分なげーだろーがっ! 二年ありゃ、新しいアトラクションだってできるぞっ!!」
「二年かあ、長いと言うにも短いと言うにもビミョーな年数だなあ。というか、ストームライダーって、足かけ十五年くらい運営していたんじゃ?」
「それを考慮すると、ストームライダー完成の祝祭中というポート・ディスカバリーのBGSが崩れるから、不問にしてる。まあ、もうこの世からとっくに消え去った設定だけど」
「……あ。ショックで、デイビスが息絶えた」
ぱたりと、心臓を傷心の矢に突き刺されて、テーブルに倒れ込むデイビス。その頭からは、安らかな顔をした魂が、天使の輪とともに浮かびあがっていた。
「安心しろ、デイビス。何のために二次創作があると思ってる? 私たちは現実の歴史を誤魔化し誤魔化し、妄想に都合の良い世界で生き延びてゆくしかないんだよ」
「とんでもないことを言いやがる男だなあ」
「おかげで私たちは今日も元気です。まるでクローズなどしていなかったかのように」
「知ってる? 今のポート・ディスカバリーはパラレルワールドだっていう説」
「なんということでしょう」
閑話休題。
冒険続きでビタミンCが減っているため、全員でもくもくとサラダを食べる姿は、草食動物の群れのようである。デイビスはフォークに突き刺したトマトを軽くスコットに向けて、
「でもまあ、あの頃は、随分と懇切丁寧に教育してくれたよなあ、スコット?」
「そりゃ、パワハラ紛いの指導をして、CWCを辞められたら困るからな」
「とことんクールな理由だね」
「実際、トレーニングがキツくて、訓練生たちですらバタバタと辞めていったしなー。だからストームライダーパイロットって、万年リソース不足なんだよなぁ」
「今、パイロットは全部で何人なんでえ?」
「二人だが?」
「おめーらだけじゃねえか」
「わかってんの! 組織の深刻な問題として、ちゃんと把握してんの! だから今、必死に対策を考えてるところなの!」
どん、と乱暴にテーブルを叩くデイビス。その動きを数秒前から予期していたミッキーは、キリンレモンの入った自分の紙コップを、テーブルから高々と持ちあげていた。
「しっかし坊主に兄ちゃん、ひょっとしたら、大した優秀な奴らなんじゃねえか? こうして話している限りじゃ、とてもそうとは思えないが」
「オイ。最後の一言は余計だろ」
「私はともかく、デイビスは逸材だよ。今、世界で一番操縦技術を持っているパイロットは、彼なのだろうからな」
——どき、とデイビスの心臓が高鳴った。羞恥心や光栄ではなく、なぜか、その言葉に酷く傷ついて。
「へええ、でも坊主のこたぁ、兄ちゃんが教育したんだろ?」
「いくら教育係が熱心に指導をしようと、結局は本人の才能次第だろ」
「謙虚なご意見だねえ」
「あの頃は、こいつ一人だけ、同年代の奴らから引き離されて、寂しそうだったしな。……私にとっても、若いじゃじゃ馬ならしは、退屈しのぎにちょうどいいと思ったんだよ」
ふと言葉を打ち切って、珍しく椅子の背に腕をもたれさせながら、行儀悪くアイスコーヒーを啜っているスコット。退屈しのぎかあ、とミッキーはあての外れたけど様子で、キリンレモンに浮かんでいた氷を、ざらざらと口に流し込んだ。
それは嘘だということを、デイビスはよく理解していた。ストームライダーの最初のパイロットとして選抜されてから今までずっと、キャプテン・スコットは激務続きだった。査定基準どころか、業務内容すらまだ整備されていない状況のさなかで、ゼロからフローや規約やスケジュールを策定し、複雑極まるストームライダーの操縦を習得し、難解な気象データを叩き込む。広報から呼び声がかかればマスコミのインタビューに応じ、人事からの依頼があれば訓練生たちのスキルに評点をつけ、経営会議にすら立ち会って、あれほどまでに忙殺の日々を送って、キャプテン・スコットは倒れやしないかと、CWCでは常に懸念の声が囁かれたものである。そして、彼やベースの尽力あって、ようやく職務の枠組みが整ってきた頃に、二番目に選抜されたストームライダーパイロットとして、自分がやってきたのだった。
配属の初対面を経て、初めの数ヶ月は、彼の後ろをついて回るだけだった。副官と呼ぶのすらおこがましい——膨大な専門知識と、複雑怪奇なストームライダーの操縦を覚えるのに必死で、何の役に立ったとも言い難い存在に過ぎない。来る日も来る日も、経験したことのない仕事ばかりで泣きたくなったが、もう、この道を通っていった奴がいるんだ、と思うと、歯を喰い縛ってでも呑み込んだ。
当時はまだ、正式なミッションという扱いではなかったが、ポート・ディスカバリーに襲来するストーム消滅はすべて、彼一人が請け負っていた。当然、未曾有の操縦難易度を誇るストームライダーも、すでに通常の航空機と同等に扱える域にいる。先人もいないのに、どれだけの研鑽を積んでこの境地に辿り着いたのかと、絶望に近い気持ちを抱いたものである。
よく覚えている光景がある。ストームライダー出動前、ストーム追跡レポートのアナウンスが鳴り響き、バタバタと騒がしく人の行き交う執務室の一角で、彫刻の如く佇んでいるスコットが、鍛えあげた片手をデスクにつき、持て余したようにその脚を交差させながら、レーザーディスプレイを覗き込んでいるのだ。静かに青い光芒を浴びているその横顔は、厳格な理性に引き締まり、目は絶え間なく情報を拾い続け、太い首は、鋼鉄を絞りあげたようだった。何者も邪魔することはできないと察する、圧倒的な威風と存在感。しかし、何かできることはないか、と遠くをうろうろしていれば、ふと顔をあげて、デイビス、と語りかけ、ほんの少し首を傾げるだけでそばへ招き寄せると、同じスクリーンを前にして語り始めた。前提条件、チームメンバー、目標消滅時刻、そして数々の諸条件。アナウンスがひっきりなしに各クルーを呼びだし、自らの発進準備も近づいてきているにも関わらず、少しも焦燥を見せない声色で説明し、ときにパズルピースのように前提を組み替えながら、パイロットとしてどうあるべきか、気象をどう読み解くべきか、チームリーダーとしてどう振る舞うべきかを丹念に説き続ける、まるで異次元に切り取られたような、辛抱強い懇切さ。この時間が、一番好きだった。二人で雑談をしたり、喫煙所で煙草をふかしたりしている時でもない。同じ危険に立ち向かい、同じように頭を回転させ、判断の難しい段階に差し掛かると、お前はどう思う、と振り返り、必ず意見を求めてくれる時が。
それが果たして、自分の力量にどれほどの信頼を置いて向けられた問いなのかは分からない。しかし、その漆黒の瞳に宿る静けさには、確かに、彼の返答を待ち続ける意思があった。全ての駒をシミュレーションした上で、慎重にその考えを告げると、スコットはふっと緊張の糸を断ち切るなり、軽く肩を叩いてきた。
———そうだ、それでいい。正解だな。
———今の想定でいいのか?
———ああ、お前は飲み込みが早い。この条件下なら、私も必ず、お前と同じ決断をする。
今思えば、スコットは、実務経験のほとんどない自分に、小さな成功体験を積ませようとしていたのかもしれない。他人の指標に容易く左右される精神面の不安定さを、スコットも人事から伝え聞いて、事前によく理解しているはずだった。その欠点をフォローするために、口には出さずに指導計画を立て、上司として彼の精神状態を管理し続けていたのだろう。それも、自らの発進時刻のぎりぎりまで。初めて顔合わせをした時、私はスパルタ式だ、とあの無愛想な顔できっぱり申し渡されていたのだが、あれは部下のプライドを守るための方便だったのでは、と思えるほど、スコットの教育には細心の注意が払われていた。何より、彼の教育が目指しているところは明白で、それを信用するのに何の疑いもなかった。
———早くお前を飛ばせてやりたい。お前が真に活躍できるフィールドは、ここじゃない、大空の上なんだ。
奇妙に確信を持ったその物言いに、首を傾げることもあったのだが、その口調に透けて見えてくる蒼穹への憧れが、潮風のように走り抜けてゆくのを、こちらの髪まで棚引くかの如く感じられたものである。スコットは、空が好きなんだな。様々な領域の業務をこなしているにせよ、スコットも人間であり、パイロットであり、俺と同じ人種なんだ、と。組織内でここまで煩雑な役を担い続けられるのは、今もきっとその夢が、彼を遠くへと導いているからであろう。
俺だって、重いデスクワークやミーティング漬けの毎日から解放して、もっとスコットを、空へと舞いあがらせてやりたい。しかしそれを実現させてやるには、ストームライダーに関する知識を、まだまだ膨大に詰め込まなければならない。ストーム発生時には、副官という名目で、彼の後ろにほぼ一日中くっつき回って学べるが、会議やらアポやらの予定が多く詰め込まれている日は、彼に教わるチャンスは、移動時間くらいしか残っていなかった。そこでデイビスは、相談したい事項をメモにまとめて、どの会議室からどの部屋へ移動するのかを確認し、時刻がくるとそこへ走った。スコットも彼を見つけると、表情を和らげて、隣に駆け寄ってくるのをじっと待ち、それから、どんな資料を見たらこういう差異があった、数年前のストームを消すならああだこうだと、熱心に語られる自説を聞いて、この観点からだと、こんな欠点があるだとか、それならあの論文を読んだらどうだ、などと簡潔な助言をした。おかげで、スコットの指導を受けられない間は、フライト・シミュレーターか資料室のどちらかが、彼の主な根城となった。目下の目標は、機長昇格試験に合格することだ。エアラインの技能証明条件と異なり、ストームライダーの必要飛行経験は圧倒的に少ないが、代わりに気象知識確認試験の難しさは、気象予報士試験の遙か上を行く。落ちれば半年、ストームライダーに搭乗できない期間が延びる。何としてでも、次の試験には確実に受かって、ストームライダーの機長資格を取得しなければならない。
『スコット!』
電話をもらえばとにかくすっ飛んで、ガラス張りの個室オフィスを覗き込み、開け放たれていたドアをノックした。ダークウッドの天板が艶めく、重厚な両袖机が、彼のオフィスの目印だ。スコットは徹夜明けなのか、疲れたように足を机の上に投げだし、禁じられている煙草をふかしている。そうして、薄く閉じかかった目をぼんやりと彷徨わせて、日々発展してゆくポート・ディスカバリーの遙か天頂、真っ白な太陽を蔽い尽くす日暈を眺めていた。遠くに聳えるバベルの金属塔は、すでに全高の三分の二を完成させていて、日の光に煌めくその姿は、ガラス越しに見つめている、こちらの眼球まで射るようである。呼び声にふと顔をもたげたスコットは、灰皿で火を揉み消そうとしたが、そこにいるのが誰かを知るなり、ふたたび、煙を流しているそれを咥えて、薄い笑みを浮かべた。
『いきなり呼びつけたりして悪いな。つまらん仕事が、牛の糞のように溜まっていてね』
『寝ていないのか?』
『いや、大丈夫だ。さっきまで、軽く仮眠を取っていた』
彼は緩慢に身を起こすと、いつも皺の寄っている眉間を揉みほぐしながら、もう片方の手で操って、デイビスの前にホログラムを起動させた。表示されたのは海洋図だが、赤線で、ぐるぐると渦を描く下手な落書きと、メモや計算が書き殴ってある。
『太平洋沖にストームが出た。小規模なので、ストームライダーの発進はしないことに決まったが、今後の発達のシミュレーションは行わなくてはならない。本日の午後六時を起点として、以降三時間ごとに、四十八時間に渡った移動経路と勢力の推定値を出せるか?』
『ああ、この規模のストームなら、類似案件は数十をくだらないよ』
『よし。私の方はすでにシミュレーションできているから、終わったら突き合わせよう。移動しながらで構わないか? 詳細を説明する』
その言葉を合図にして、ようやく、煙草の火が揉み消された。横ざまに手を振ってホログラムを掻き消すと、おもむろに椅子を引き、窓からの灼けつくような夕光を浴びながら立ちあがったスコットを見て、ふと、可哀そうだな、という思いが湧きあがった。スコットが部屋を出ると、デイビスも隣をついてゆき、二人分の靴音が、空疎な廊下に響いた。
『いつもデータ関連の仕事ばかりで、すまないな。お前も、早く自分のストームライダーに乗って、フライトしたいだろう。もう数ヶ月辛抱してもらえれば、ようやく、野外飛行についても、私が教えてやれる』
『ミッションは、いつ開始できるんだ?』
『ミッション? 二機同時発進の許可が下りてからだから、あと一年は先だな。そんなにストームを消滅させたいのか?』
『別に。ただ、さっさと名を挙げて、あんたに追いつきたいし……他のCWCの奴らを見返してやりたい』
言い終わる前からすでに、スコットは肩を震わせて、くっくっくっ、と笑っていた。
『それはそれは。随分と怨恨の籠もった願望なことだな』
『ちげえよ! 新人教育のせいで、ただでさえあんたの貴重な時間が潰れてるんだ。ここで俺がちゃんと教育の成果を見せつけてやらなきゃ、俺の上司として、あんたの立つ瀬が——』
い、言い過ぎた、そんなのは本人に伝えるべきではなかったのに。はたとそのことに気づき、慌てて口をつぐんだが、一瞬、気まずい沈黙が流れた。スコットは静かに眉をあげて、
『上司?』
と柔らかに問い返した。
『ど、どこもおかしくなんかねーだろ。問題児だからって、直属の上司に恥かかせないように気ィ遣うくらいはするよ。いつまでも餓鬼みたいに、反抗期こじらせてるわけじゃない』
デイビスは赤面を隠すように、早口で言った。スコットはどこか哀しげに、しかし揶揄を含むようなやり方で微笑んで、
『俺はお前を相棒だと思っていたが、お前にとっては違うのか?』
心臓の潰れるような思いがして、何とか息を整えながら、それに答えようと口を開く前に、スコットは袖を捲り、自らのパイロット・ウォッチを確認した。
『悪い、デイビス、マネージャー会議に遅れる。別途送ったストームの参考情報は、試験勉強がてらまとめてみてくれ。後で確認する』
『わ、分かった。あんたの一時フォルダに入れておけば良いんだな?』
『ああ。それと——』
と、早足で駆けてゆこうとしたところを、振り返ると、深みのあるバリトンを張って、
『他人の言葉に惑わされるなよ、デイビス。指導も成長も、俺たちはこのペースで良い。むしろ常人と比較したら、早すぎるくらいなんだからな』
辛うじてそれだけ言い残すなり、革靴の高い木霊が、廊下を遠のいていった。角を曲がると、たちまち、はためく背広の裾も見えなくなった。
そのまましばらく一人で歩いて、廊下の隅にあるベンチに身を投げだすと、そばにある自販機で、紙コップにフリーリフィルのコーラを注いだ。小さなげっぷが漏れた。ぶらぶらと足を揺らしながら、黒い水面に弾ける泡を見ているうちに、ふと、自分の目尻に、ちいさな涙が滲んでいることに気がついた。
機長昇格試験は、一発で合格した。ベースから証明書を受け取るなり、急いで司令室を飛びだして、目当ての寮室へとすっ飛んでゆき、意気揚々とその紙を掲げると、スコットも笑って、そこに記されている Captain Davis の文字を、何度も感慨深そうに読み耽っていた。
『おめでとう、デイビス。これでお前も、一人前のストームライダーパイロットだな。勝因は?』
『俺の天性の才能の賜物だな!』
ああ〜〜〜、何言ってんだよ俺、ちゃんと礼を伝えるためにここへやってきたんだろ。心の中でポコポコと自分の頭を殴りつけるデイビスには構わず、スコットは薄っすらと穏やかな笑みを浮かべながら、どこか白昼夢でも見ているように囁いた。
『……そうだな、期待していた以上の才能がお前にはあった。努力を怠らず、向上心を燃やし、よく勉強する。必ず、みんなから尊敬されるパイロットになれるよ』
デイビスはおそるおそる、スコットの顔を見あげた。こいつはいつも何を思って、こんなに俺の肩を持ってくれるんだろう? どう頑張ったって、目の前に立つこの飛行士のことは越えられそうにないんだが、と思いがぐるぐると頭を駆けめぐる。良いパイロットって、なんだ? レベル5のストームを消滅させられることか、それとも本当に、ポート・ディスカバリーのためを思って飛ぶことなのか? ちらっとスコットの寮室の中に目を送ると、生活感のないほど整頓された部屋の向こうに、窓際に並んだ飛行機のプラモデルに紛れて、家族とともに映った写真立てが見えた。ああいうのが、良いパイロットってことなのかな? 黙ったままのデイビスの不審な眼差しに気づいたのか、スコットもまた、自室の奥へと顔を向ける。
『どうした、何か相談事でもあるのか? 落ち着いて話がしたいなら、部屋にでも入れよ』
『い、いや! いいんだ、すぐに終わる話だから』
『遠慮しなくても構わんが』
『……お』
『?』
パイロット・ウォッチの針が刻む音とともに、もだもだとした時間が過ぎてゆく。ずっと脳内で練習してきたはずなのに、どうしても、俺に色々教えてくれて、ありがとう、の一言が口にできない。しばらく逡巡した挙句、蚊の鳴くような声で呟くしかなかった。
『お祝い……は?』
『ああ——そうだな、ベースと一緒に、旨い飯でも奢ろうか。何がいい? お前の年齢なら、ステーキとか、フレンチとかかな』
思い出したように腕組みを解いて、スコットは優しく訊ね返した。デイビスは少しのあいだ考え込んでから、ようやく、のろのろと舌を動かす。
『前に、あんたが……俺の配属初日に、連れていってくれたバーがあったろ。あそこに行かないか』
『フローティングシティのか? 良いバーだが、あそこはそれほど高くないぞ。せっかくの機会なのだから、普段はあまり行けないようなところにしたらどうだ』
『……いや』
デイビスは小さく首を振ると、少年のように嬉しそうな笑みを浮かべて呟いた。
『いいんだ。あそこがいい』
それから、月日は流れ———
「あーーー! スコット、てめえ、俺のフレンチフライポテト奪ったろ!!」
「たかだか一本くらいで叫ぶなよ、みみっちい男だな」
「わざわざ選り分けてとっといたんだよ、焦げ具合と塩加減の比率が完璧だったんだから!」
「 (笑)(笑)(笑) 」
「煽りやがっててめえ、ぶち殺すぞッ!!」
「で、二年も経つと、こんな関係ができあがるわけだね」
「こいつらにも初々しい時代があったんだなあ」
しみじみと遠き日を想像するミッキーとエディの前で、今日も例に漏れずギャーギャーとやかましいストームライダー組を見つめながら、二人ともずずー、とお茶を啜った。
あ、お茶っ葉立ってる。ラッキー。