
TDL二次創作「A twinkle of Mouse」5.ロジャーラビットのカートゥーンスピン②
「よーし、出発だあ! イタチがうろついてるってニュース聞いたぜえ。気をつけろよ!」
チーン、と信号機が青になり、その胴体から生えた手が道を指差した時点で、思いっきりアクセルを踏み抜くエディ。制限時速の40kmを軽々と超過し、蛍光が輝く夜の裏通りを、ハイスピードで爆走してゆく。ブン、と一方通行の道を無理やり突っ切り、刺激的なマジェスティック・ブルーがめくるめく、夜のトゥーンタウンの裏通りへ。あまりの勢いに、デイビスがぴゅう、と軽快に口笛を吹き鳴らす一方で、後部座席の三人は全員、顔を硬直させる。目の前を疾風のように過ぎ去ったキャブに、残像すら見出せなかった通行人のトゥーンは、ぱちくりと、目を瞬かせた。
「バリアントさん、いくらハリウッドだからって、このスピードはないわよ!」
「世の中には夜のロサンゼルスを駆け抜ける、ロックンローラー・コースターってモンがあるんだ。このくらいスピードをあげても、文句はねえだろ!」
叫びながら会話するジェシカとエディ。さながら蝙蝠の群れのように、キャブを見下ろすアパートの黄色い目が妖しく輝く街角で、ツンと鼻に刺すような異臭がした。そして、早々に待ち構えていたイタチたちが、イヒヒヒヒ、と下品な笑い声を漏らしながら顔を出す。
「うわあっ! イタチの野郎どもに見つかっちまった!」
「いくら何でも、出くわすのが早すぎんだろーがッ!!」
「ぼっ、僕のせいじゃないよ。道を決めたのは、エディだよ!」
木箱に乗ったイタチ軍団は、次々と秘蔵の武器を投下する。分かりやすくも、「DIP」と書かれたドラム缶の中から、妖しいネオングリーンの夜光を放つ液体が、だくだくと路面に流されていった。
「あんたも回るかい? さあさあ、ディップに入んなあ。くるくる回って、楽しいねえ……」
「ミッキー、ジェシカ、伏せろッ!!」
スコットが大声で叫び、同時に、自分の背広を盾にしながら、自らも彼らの上に覆い被さる。次の瞬間、ディップの飛沫が上着に撒き散らされ、緑色の染みがじゅうじゅうと不気味な煙をあげた。人間には無害なものだが、潔癖症の彼は、返り血でも浴びたように渋く顔を顰める。
「スコット、君の上着が汚れちゃったよ!」
「構わん! それより、怪我はないか!?」
「あら、いい男ね。後であたしと、せっせっせでもしない?」
腕の下から迫りくるジェシカの美貌に、いつになく赤面するスコット。しかしそれを揺るがすように——いや、字義通り揺るがしたのだ——レニーの軌道は、グルグルと大いにブレ始め、乗客たちは全員、座席後方に叩きつけられた。
「な、なんだあ? ハンドルが効かねえぞ!」
「エディ、やられちゃったあ——」
しょんぼりとするレニーの訴えに、ハッと、全員が顔を見合わせて、その可能性に突き当たる。
「「「「「「ディップだー!」」」」」」
タイヤの溶解にも構わず、ディップはいまだなみなみと注がれて、路面を不気味な緑の液体で満たしてゆく。ジェシカはイタチのリーダーであるスマートのずる賢い目を睨み返し、大いに歯軋りした。
「ロジャーが黙っちゃいないわよ!」
「ディップをもっと流せ。俺はあの別嬪を始末する——へっへっへっへ……」
意地悪く笑ったイタチは、車に乗り込むと、ブルンとエンジンをふかした。その間も軍団の手によって、次々とドラム缶が倒され、中の液体が大洪水を起こしてゆく。
「逃げろ、レニー! ここにいたら、あいつらの思う壺だぜ!」
「アクセルは、これで精一杯だよー!」
「逃がしゃしねえよ。へっへっ、ドゥーム判事の仇!」
パトロール・ワゴンはサイレンを鳴らしつつ、怒濤の勢いで迫りくる。デイビスは、夜を切り裂く風に髪を靡かせながら、レニーの猛烈なエンジン音に負けないように叫んだ。
「エディ、もっと速く飛ばせねえのかよ! あのイタチどもに追いつかれちまうぜ!?」
「ふざけんな、坊主! レニーのタイヤが、こんな状態なんだぞ!」
「アイスクリームみたいに溶けてるよー!」
スピン混じりにスリップしながら暴走するレニーは、そのハチャメチャな運転で追っ手を振り切りつつ、キキキ、と急カーブで路地の角を曲がってゆく。とんでもない細道で、トラッシュ缶やバナナの皮などが放置され、その先は行き止まりとなっているが、スピードが落ちる気配はまったくない。みるみるうちに、Bullina CHINA SHOPPE、という店名と、グラスや皿のイラストの描かれた、煉瓦造りの壁が目の前に近づいてくる。げ、とデイビスは顔を痙攣らせ、力を振り絞って叫んだ。
「全員、耐ショック姿勢! 伏せろーッ!!」
鼓膜の割れるような大音響が鳴り響いたと同時に、食器屋の壁に、キャブの形にくりぬかれた大穴が空いた。目の前に、ダイヤモンドのような輝きが撒き散らされたかと思うと、衝突で粉々になった皿の破片が、月明かりに虚しい反射を宿してばらまかれる。広々とした店の壁一面、シャンデリアは今にも落ちそうに揺れ、巨大な食器棚に収められた大量の皿やグラスやポットは、宝石のように蒼白く光り輝いて、ズンズンと陽気なリズムを刻んでいる。エプロンを巻いた在庫係の雄牛のトゥーンが、突然の出来事に目を丸くしてカップに乗り、大道芸の如く両手に重ねたカップや皿を取り落としそうになった。モ〜、という悲鳴は、聞いているだけでは、牧歌的ではあるのだが、それに構ってはいられない。鏡の迷宮のように広い店の床をツルツルと滑りながら——どうもワックスをかけた直後だったらしい——レニーは食らいつくように、出口を目指す。
「なあ、エディ。これって、後で弁償沙汰になんのかな……?」
「こ、殺されるっ。ドロレスに——」
スーツに煌めくガラスの粉を払いながら、呆然と呟くデイビスの言葉に、ぞっ、と身の毛をよだたせるエディ。そして一行は、店の出口の扉を突き抜けて、ふたたび、陽気なトゥーンタウンの裏通りへ。猛スピードに加え、回転までかかったさなかだったが、街灯に「SPIN St.」と書かれた先にレニーが向かっているのを、ジェシカは見逃さなかった。
「ちょっと、エディ! スピンストリートに行くつもりなの!?」
「行きたくて行っているわけじゃねえや! コントロールが効かねえんだよッ!!」
「エディー、勘弁してくれよ。そんなところに行ったら、僕、死んじゃうよー!」
レニーが悲しい声をあげ、不平のクラクションを鳴らしたが、行き先が変わることはない。イエロー・キャブは瞬く間に、悪名高きスピンストリートへと吸い込まれてゆく。
バラエティ豊かなトゥーンタウンでも、最もクレイジーだと称されているのが、このストリートである。とにかく奇妙奇天烈、荒唐無稽、上へ下への大騒ぎ——視覚も聴覚もやかましく刺激して、そのツッコミどころは枚挙にいとまがない。路地裏の妖しい蛍光がさらに深まり、着ているシャツまでぼうっと燐のように発光し始めるのが、そのストリートに踏み込んだ合図である。信号機もゴミ箱もポストも消火栓も、目をいじめるようにケミカルなネオンカラーで踊り、くるくると回転しながら大笑いしている。電柱はワニのように口を開閉して歌い、建築物は揃って合唱し、停留所に立ち寄ったバスも引き攣れたような呵々大笑、何がそんなにおかしいのか、鶏のようにけたたましい笑い声が辺りを飛び回る様は、頭がおかしくなりそうなほどだ。蝙蝠がキイキイと鳴き、周囲のすべてが回転する勢いにつられて、レニーも混乱のままに、くるくると旋回し始める。
「どうして回んだよー!」
「仕方ねえだろうが、ここはスピンストリートなんでい!」
「やばいよ、エディ! ぶつかっちゃうー!」
懸命になって、テールランプを点滅させるレニー。そばのGROCERIES(食料品店)に見えるのは、「CHICKEN XING(鶏横断中)」の平和な看板、それに堆く積み重なって、赤々と艶を放つりんご。願いの叶う、という謳い文句は表向きで、実際は白雪姫も口にした、あの毒りんごである。ブレーキの効かないレニーは、ミキサーのような回転力で、そこに積まれている商品を一気に跳ね飛ばした。ゴロゴロと、大量のりんごまで地面を転がり、レニーと一緒に回転し始める。果実の良い匂いが漂ったかと思うと、スピンしていた消火栓がそれを食べ、一瞬のうちに、毒にあたってがくりと項垂れた。
やがて、奥から近づいてくる怪しい研究所、POWER HOUSE。空気がぱちぱちと静電気を帯びていることから、どうも発電所のようだが——そしてその二階に備えつけられた窓を、パイロット職で鍛えあげた動体視力で拾いあげ、デイビスは思わず大声をあげる。
「ああっ! ここ、インク・ペンキクラブに行く途中で、イタチの影を見たところだ!」
「なんだと! 間違いねえか、坊主?」
「間違いねえよ。あいつら、ここを根城にしていやがったんだ!」
「へへ、こうなったらチャンスだぜ! 奴らのアジトに乗り込んで、悪事の証拠を掴んでやる!」
「ええっ! そんなこと、聞いてないよ!?」
「つべこべ言わずに行くんだ、レニー! 追加料金は、この強面の兄ちゃんが支払ってくれるぜ!」
「…………」
身の周りに貧乏人が多い運のなさを思い知り、スコットはむっつりと腕組みしながら、ひたすらに自らの運命を呪っていた。
「おやおや、あんたたちもこのイタチの穴に入るのかい? せいぜい、お気をつけて……」
近くのバス・ストップの看板が首を伸ばして語りかけてくると、お決まりの、ヒッヒッヒッ、という潜み笑い。迫りくる、パープルが目に痛いほどのドアには、
DANGER
HIGH VOLTAGE
と、ご丁寧に稲妻つきで、注意書きがあった。
静かに侵入してゆくと、裏通りの陽気な喧騒は一転、静まり返った廊下を、妖しい緑色のライトが照らし出す。プラズマのアーチを潜り抜けていった先には、中央で電力を蓄積する、途方もなく巨大なシステム——頭上に張りめぐらされたオレンジの電線から送られる電流は、その一箇所に集められているらしい。神秘的な音響が木霊する中、窓の外には、時折り、稲妻とも見紛う電光が閃き、鉄板を貼り合わせた壁はひんやりと冷たい。さらには、例のシンデレラ城の一件で書き足されたらしい、「NO SMOKING」「STAND CLEAR」の文字が、殴り書きされている。
ヘッドライトを懐中電灯代わりに探検しつつ、全員がごくりと喉を鳴らして、周囲を見る。ミステリアス——いや、もはや奇々怪々のレベルの研究道具。不気味なネオングリーンの光は、発電所内をめぐる歯車や、揺れるメーター、巨大な発電機の顔を、順繰りに照らし出す。証拠用に、ミッキーはパシャパシャと、カメラで数枚の写真を撮った。(注、フラッシュ撮影は禁止です)
Danger...
Danger...
Warning...
Warning...
怪しい合成の警告アナウンスが響き渡るさなか、プラズマの放つ瞬きとともに、ドキドキと全員の緊張が高まってゆく。奥に進むにつれ、漆黒の闇は溶けるほどになり、ぶるるるる、という低いエンジン音が反響するとともに、レニーのヘッドライトだけが、暗闇の中を心細く照らし出す。
「ねえ、エディ。僕、魔宮探検をやるつもりはないからね……」
「わーかってる。幸い、俺たちはまだ敵に見つかっていなさそうだ。慎重に行くぞ」
そうして薄暗い道を抜けてゆくうちに、ふとミッキーは、助手席に誰も座っていないことに気づいた。
「あれれっ、デイビスがどこにもいないぞ?」
「離せってば、こらー!」
「イーヒヒヒヒヒ!」
そこで声の方向を振り向くと、彼は早速、イタチに捕まって、発電マシンの前に縄で縛られながらも、足だけで取っ組み合いを繰り広げているのだった。
「デイビス! どうしてお前はいつもいつも、トラブルを起こすんだー!」
「今度はやばい! マジでやばい! 冗談抜きでホントに!」
「イッヒヒヒ、これでお前も、ホーンテッドマンションの仲間入りだよ!」
「電流地獄だけは嫌だー!」
スコットが本気で相棒のトラブルメーカー体質を心配する中、エディは中折れ帽を目深に被り直すと、迫力のある怒鳴り声とともに拳銃を構えて、
「やい、坊主を離さねえと、こいつが火を噴くぜ!」
「おおや、飲んだくれのミスター・エディ・バリアント! いや、ミスター・ジャック・ダニエルだったかな?」
「畜生、馬鹿にしやがって!」
ウイスキーの瓶を投げつけながら笑い転げるイタチ、それを払い落としながら歯軋りするエディの横で、たまらず、正義心に燃えるミッキーが、後部座席からひょっこりと顔を出した。
「それじゃあ、僕が相手だ! 悪党のイタチめ、よくもエディをいじめたな。それに、僕の友達のデイビスを離せ!」
「ひいいっ、ミッキー・マウス!」
昼間の城の一件を思い出し、慌てて逃げ惑うイタチ。その肘に電流のスイッチ・レバーが当たり、ガッコンと、発電マシンが作動した。
「ア゙ーーーーーーーーーッ!!!!」
ビリビリの電流にさらされ、骨まで透けるデイビスとイタチ。お約束ながら、その威力はジョークの域をたやすく超えている。
またこんな役なのか?
なぜ俺はいつも三枚目なのか?
いつか二枚目として報われる時はくるのか?
様々な疑問が一瞬でデイビスの脳裏にスパークする中、ジェシカは急いでハイヒールを脱ぐと、それを勢いよく振りかぶって投げつけた。カコーンッ、という鋭い音が響き、発電マシンのレバーが反対側に倒される。それと同時に、ふっと沈黙が満ちて、電流が止んだ。慌てて、スコットが助け起こす。
「デイビス、死ぬな! しっかりしろ!」
「よお、スコット……俺の頭……チン毛みたいにチリチリになっていねえか……」
「本当に最期の言葉がそれでいいのか!?」
必死の呼びかけも虚しく、がくり、と相棒の腕の中で力尽きるデイビス。その安らかで慈悲深い笑みを浮かべた口からは、翼をはためかせる合掌した霊魂が、青白いホーリーな方向へと昇天しかかっている。
「坊主……尊い犠牲だったぜ」
「よおし、僕が、デイビスに蘇生術を!」
「やめろミッキー、とどめをさすなーッ!!」
_人人人人人人_
> BOMB!! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄
凄まじく点滅するフラッシュとともに、爆発の連続。次々とトゥーン・ダイナマイトに引火してゆき、ポップコーンのような爆裂音と閃光に、全員がクラクラと目を回した。そして頭にも、お約束のマークが飛び散るのだが、何せ四人と一匹と一台分である。楽器やら、星やら、時計やら、豚の天使やら、ピヨピヨという鳥の声が螺旋状にめぐり、次第にぼんやりとした雲に包まれてゆく。
「宇宙の真理を悟った!」
「アホッ、いい加減に目を覚ませ!」
ピコーンと、明後日の方向に電灯をひらめかせるデイビスへ、スコットは瞬時に電灯の紐を引っ張り、その光をぱっちんと掻き消した。
「あ、頭がスクランブル・エッグみたいになっちまいそうだ」
「僕たち、これからどこに行くんだろう?」
次々と正気を取り戻してゆくメンバーたち。しかし、先刻からスピンばかりしていたレニーが、最も深刻なダメージを被ったようである。ジェシカは必死に、キャブに呼びかけた。
「レニー! 駄目よ、前を見て!」
「鳥……ピヨピヨ……ぱたぱた……雲……」
「ああっ、駄目、トゥーンが連想ゲームをしては——!」
「雲……真っ暗……星がキラキラ。はっ。ねえエディ、ここは、大空?」
その言葉とともに、ストームライダー発進時の独特の浮遊感を覚えたデイビスは、全力で彼の気を逸らすことに集中する。
「違うっ! 大空じゃねえ。ここは、トゥーンタウンだぞ! トゥーンタウンのど真ん中だ!」
「あ……ああ……ここは……トゥーンタウンの……ど真ん中の……大空……」
もうだめだ。全員が死期を悟った。
そして、がくんと重力に引き寄せられる感覚。
レニーは、むしろそのGの存在に確信を得たように、自信満々に結論づけた。
「分かったぞ。ここは、トゥーンタウンを見下ろせる、大空のど真ん中だ!」
その瞬間、レニーの車体は真っ逆さまに落ちてゆく。
「いやあーーーーーーーーーー!!!!」
絹をつんざくようなジェシカの悲鳴が、地上何千フィートもの高みにある大都市の摩天楼に響き渡る。すべての煩悩を捨て去りながら、この世の最後の景色を目に収めるデイビスら一行。フリーフォールで、全員の髪が一斉に逆立つ。高層ビルたちは、目をキョロキョロとさせて、この一世一代の車のスカイ・ダイビングを見物し、禿頭の月さえもが、物珍しそうに彼らを見下ろしていた。
「ねえ。今、何か、悲鳴のようなものが聞こえなかったかしら?」
選ばれた一流スターたちが集う、ロサンゼルス随一の高級ホテル。その最上階に据えられたレストランの窓辺の席で——幾千もの星のような夜景の光と、カトラリーの響き合う音に包まれながら、ゴージャスな金髪を巻いた女優がふと顔をあげ、そう尋ねた。妖艶な口ぼくろをすぐ側に控え、まるでさくらんぼのように艶めく彼女の唇をくすぐるかのように、甘く気怠いセレナーデが、洒落たドラムに酔いながら歌われている。
「気のせいじゃないのかい。新しい映画を撮るにしても、こんな都市のど真ん中で撮影するなんて、ありえないはずだよ、ダーリン」
対面して腰掛けた男優は、長い睫毛に縁取られた片目をウインクさせて微笑むと、美しい泡を解き放つクリュッグを持ちあげた。
「それより、今という時間を楽しもう。君の異次元のような瞳にちりばめられた、美しい星明かりに乾杯」
「その言葉を、いったい、何人の女優に呟いたのかしらね」
「いいや。僕は君としか、恋に落ちようとは思わない」
深い黄昏時を思わせるその神秘的な眼に、哀しいまでの懇願と甘えが入り混じる。音楽に揺すぶられた沈黙の中で、二人の禁断の垣根は蕩けてゆく——まるで、珈琲のクリームのように。
「どんなことがあっても、二人の魂は、永遠に一緒なのさ」
♪Oh, this is the night, it's a beautiful night
♪And we call it bella notte
二人は見つめ合い、めくるめく期待に胸を高鳴らせながら——やがて、微かに顔を寄せ合い、その潤んだ唇が、少しずつ近づいてゆく。柔らかな衣擦れの音。互いの美しい横顔が、窓ガラスに蒼白く反射し、そしてついに、二人の影が、ひとつに重なり合う。
♪Look at the skies, they have stars in their eyes
♪On this lovely bella notte
そのガラス張りの向こうで、悲鳴の尾を引きながら、一瞬で車が落下し、そして消えていった。パシィッ——とパパラッチのシャッターが切られ、瞬くフラッシュとともに、二人の姿が激写される。しかし現像したそれを見て、驚愕する記者。恐る恐る写真を渡すと、上司のマンフレッド・ストラングは、不審げに首を振った。
「なんだね、この後ろの、馬鹿げた黄色いタクシーは」
「はい、ストラングさん、奇妙なものが映ったんで。もしかしたら、ハリウッド・タワー・ホテルの幽霊の仕業かもしれませんや」
「これは没だ、見なかったことにしよう。こんなおぞましい写真を新聞に載せたら、このニューヨーク・グローブ通信にまで呪いがかかってきそうじゃないか」
かくして写真は、日の目を見ずに闇へと葬られた。彼らの知らぬ間の活躍によって、映画スターカップルの密会の現場は、世に広まることを免れたのである。
レニーは顔を痙攣らせ、その口を空気抵抗にブルブルと震わせながら、思い切り眼下の建物へダイブした。屋根が粉々に突き破られる。ガラス、トタン板、そしてなぜだか、甲高い猫の悲鳴。ぶるるるる、とふたたびエンジンが動き始めた時には、ほとんど死に体となった乗客たちが、ぐったりと体を横たえながら、座席に寄り掛かっていた。
「レニー、おめえ、まだ生きてるか!」
「もうたくさんだ! こんな仕事、引き受けなけりゃよかった!」
涙目になって、怒りのあまりクラクションを鳴らすレニー。さすがはトゥーンだ、ボロボロになりながらも、まだ前進する余力が残っているようである。
目の前にはまるでエッシャーの騙し絵の如く、薄暗い無限階段が、奥底へと向かって渦を巻く。ただでさえフリーフォールで疲弊しているのに、その上この階段がいつまで続くのだろうと思うと、頭が痛い。
「いったい、どっちが出口なんだー!」
「落ち着いて、坊や! これは目くらましよ!」
ジェシカは注意深くデイビスの肩を掴むと、静かに言った。
「平面に描かれたものに騙されてはだめ。本当に奥ゆきのあるところを探すのよ」
そんなのは、ヘッドライトの光を投げればすぐに分かることだ。レニーが辺りを見回しながら、慎重にライトを点灯。ぐにゃりと重力が捻じ曲がる感覚とともに、階段の消失点から外れた方角から、別の非常用階段が延びてきて、闇がぱかりと開くと、そこが扉だったんかい、と脱力する一同。通り抜けざまの看板を見て、エディはハッと、身を震わせた。
「こいつぁ……ギャグ・ファクトリーの倉庫じゃねえか!」
「それじゃあ、元の路地裏に戻ってきたというの!?」
「イタチの野郎ども、中でお待ちかねかもしんねえぜ。坊主たち、覚悟しろよ!」
「デイビス——どうか、気をつけてね!」
「大丈夫さ、俺がここから出してやるよ! 任せといてくれ!」
エディから受け取った拳銃を、東洋の手裏剣のように回転させて構え、意気揚々と叫ぶデイビス。ついに見せ場が回ってきたのである。気分はギャングと抗争を繰り広げる、ダークヒーローといったところか。
「そいつぁ、ヨセミテ・サムから贈呈された本物だ。ただし、ちと弾に難があるぜ」
「へへ、任せとけって。撃つのに関しちゃ、自信があるんだ」
煉瓦造りの工場内の倉庫には、山と積まれた木箱。中にはありとあらゆるアクメ・ファクトリー製のおもちゃが詰め込まれ、どこから逃げ出したのか、プウプウと音のする色とりどりの鳴き靴が踊っていた。薄暗い片隅では、豪華な金の装飾の施された自動オルガンが勝手に動き、賑やかでどこかノスタルジックな風琴と、おもちゃのようにがちゃつく鉄琴を交え、『Merry-Go-Round Broke Down』を奏で始める。
「うおー、遊園地みたいだ!」
「遊園地だよっ!!」
「奴ら、この広い倉庫のどこに潜んでいやがるんだ。ちっとも見えやしねえぜ」
デイビスは、回転式シリンダーを振り出し、薬室を確認した。装填された弾は六発——見えているのは、尻にあたる雷管だけだが、そのいずれもが、趣味にこだわり抜いたテンガロン・ハットを弾頭に被っている。
手許のシリンダーに向かって、デイビスはダンディな濁声を絞り出して呼びかける。
「みんな、今夜はノッてるかい!?」
「「「「「「YEAHHHHHH!!」」」」」」
歓声、快哉、拍手喝采であった。握り締めた引き鉄を経由して、ぱちぱちと手を叩く音が伝わってくる。それに応えて、シリンダーをクールに回転させると、主人公よろしく、痺れる声で一喝する。
「さあイタチども、来るなら来やがれッ! こっちには、拳銃があるんだぞ!」
しかし、レニーの前に一斉に飛び出してきたのは、彼らをさらなる混乱の渦に落とし込むものたちであった。多くの木箱で迷路のように入り組んでいる中、ソーセージや、独楽や、飛び跳ねる豆、ホッピング、ピエロのおきあがりこぼし、ベルトを締めたサボテン、悪魔のような笑い声を放つびっくり箱、パイ投げ用の生地、木づちから現れるパンチング・グローブが、けたたましい大笑いとともに、キャブの行く手を阻んでくる。
「ひええっ! なんだよこれはー!」
「畜生、アクメの奴、なんてものを発明しやがる! もはや何が現実か分からねえぜ!」
SEもついに頭がおかしくなってきたのか、ボヨヨン音、悪魔のように甲高い大笑い、どすんと何かが落ちる音、軋むように歯車が巻かれる音が、やがて陽気なひとつのリズムを成してゆくようである。その光景は、トラウマそのもの。今夜の夢にまで侵食してきそうだ。
「イタチ軍団、気が狂う前に、頼むから早く出てきてくれー!」
「お、良いカモがやってきた。ほら、こっちだよ! へっへっへ、俺様がドアを開けてやるぜ!」
ギギギ、と開かれてゆく巨大な木箱の奥へ、レニーは意気揚々と走り込んだ。
「わーい、ドアを開けてくれるなんて、イタチって優しいね!」
「いけない! これは、鼠捕りだわ!」
「それって、僕がミッキー・マウスだからかな?」
「やかましいわッ!!」
「可愛い可愛い、ジェシカ・ラビットちゃん。すぐに愛しのロジャーに会わせてあげるよ、こっちにおいで!」
するとレニーは何やら酷く考え込み、車のフロントバンパーを渋く顰める。
「イタチ……カモ……ネズミ……ラビット……」
「もう連想ゲームはやめてちょうだい!」
「ええい、もうキャブになんか構っていられるかってんだ! 強行手段だぜ!」
「待ってよ! エディ、何をするの!?」
彼の革靴によって、むんずと踏まれたアクセルに、レニーは恐怖の叫びをあげた。
「突っ込めーッ!!」
「僕は戦車じゃないんだよー!」
悲鳴とともに、猛スピードで突進し——凄まじい爆音。檻が粉々に破壊される音とともに、雪崩れるように木箱が崩れ、倒壊した。唖然とするデイビスとスコット。ミッキーなどは、座席の下に隠れて、その尻尾をすっかり縮みあがらせているほどだった。
「ほら見ろ、出られたぜ!」
けほけほと咳を漏らすメンバーをよそに、エディは誇らしげに叫ぶ。そこはまさに、イタチたちの集会場。勢揃いしたメンバーたちと、ついにレニーたちはあい見えたのだった。
「イタチ軍団、覚悟!」
「ここで会ったが百年目だぜえ、エディ、ジェシカ。それにミッキー・マウス! お前の王国も、ついにこれでお終いだよ!」
デイビスは、その端正な顔にいち早く緊迫を走らせると、凄まじい凛々しさをその瞳にみなぎらせたまま、目にも止まらぬ速さで拳銃の照準を定め、その眉を最高の角度で引き絞った。ふっ、ハードボイルドな俺、ちょうカッコイイ。
「動くな!」
「ほほー、TDSのボーヤ、トゥーンにピストルなんぞ、効果があると思っているのかい!?」
「当たり前だ、トゥーンの攻撃は、トゥーンに効く! こっちはヨセミテ・サム特製の弾丸なんだぜ!」
言うなり、デイビスは颯爽とスライドを引くと、トリガーに手をかける。ぎくりと硬直するターゲット、慌てふためく敵陣。弾倉から、抑えがたい弾の武者震いが伝わってきた。
「全員、耳を塞げ! 撃つぞ!」
壁をびりびりと震動させるほど轟くデイビスの警告と、続けて、三発の爆発的な銃声。凄まじい震撼とともに、スカーフ、煙草、白髭の三つの弾丸が飛び出した。しかしそれを予期していたイタチが、さっと木箱の陰に隠れると、あっという間に獲物を見失った三銃弾は、キキキ、と空中で急ブレーキをかけ、頻りに辺りを見回す。
「どっち行った!?」
「分からんよそんな。あ、え〜っと、あっちじゃないかい、え?」
「じゃ、行こう!」
パヒュン、と明後日の方角に消えてゆく弾に、こ、この、ヒョーロクダマめが、と震えるほどの怒りを味わうデイビス。そのまま拳銃を放って、運転席へと吐き捨てる。
「エディ! もっとましな武器はねえのかよ!」
「ワガママ言うない、今ので弾切れだ!」
「じゃ、素手で闘えっていうのかよ!?」
「よく覚えとけ、小僧、人生には裸でぶちあたらなければならねえ時ってのがあるんでえ!」
イタチたちは、その細いノズルから生えた髭を、パイプのように妖しく撫でながら、その背後から物凄い逆光を浴びつつ近づいてくる。
「もう終わりなのかい、海側のボーヤ? それじゃあ、俺たちも遠慮なく行かせていただくぜえ!」
「全員出動ー!」
「こっちも突撃するぜ、レニー!」
「もうどうにでもなれー!」
もはやトゥーン同士の全面戦争である。靴は踊る、音楽は鳴る、びっくり箱は飛び出す、しっちゃかめっちゃかの様相は、あたかも全世界のおもちゃ箱をぶちまけたかのようである。その中で、素早くパンチング・マシーンを拾ったデイビスは、次々と飛びかかってくるイタチたちに向けてぶっ放した。全員が後ろの木箱へ吹っ飛ばされ、オルガンが愉快な旋律を奏でる中、あちらこちらで木箱の雪崩れが起きる。逆上したイタチが、目を真っ赤にして突入してくると、ジェシカが巨大ハンマーを頭に振り下ろす。ピヨピヨと平和な鳴き声をあげて回るヒヨコを目にして、いくらトゥーンとはいえ、ここまでして良いものかと、ミッキーはぞっとした。10tの重りの下敷きを間一髪でよけて、ピンクの象の四つ足の数センチそばをくぐり抜け、グランド・ピアノの影を鼻先で回避し、ぜいぜいと息を切らすレニー。乱暴な運転ばかりで、そろそろガソリンも尽きてきそうである。
「なんて悪党だ、イタチども! 懲りもせずに、卑劣な真似を使いやがって——!」
「ねえ、どうする、エディー!?」
「こうなったら、全身全霊でスピンしとけ! 遠心力で回避しろー!」
ついにやけっぱちになったレニーは、狭い倉庫を猛烈なスピードで回転し始める。目を回していない者など、一人もいなかった。というか、もうここまでくると、単純に気持ち悪い。脳も胃も三半規管も、はちゃめちゃに揺さぶられて、おえー、と乗り物酔いに顔色を青くしながらも、ひとつの凶器となったレニーは、タンクローラーの如く次々とイタチたちを轢き潰してゆき、ぺらぺらになった犠牲者たちは、あたかも地面に描かれたアートのように、それぞれのポーズを決めたまま、ひらひらと倉庫の床に貼りついていった。
「いいぞ、レニー、その調子で奴らをどんどん、紙っぺらみたいに蹴散らしてやれ!」
「ああ、僕のゴールド免許が、水の泡だー!」
ミッキーはキャブから飛び降りて、素早く部屋の隅の木箱に駆け寄ると、詰め込まれていたロケット花火に魔力で火をつけた。これが凄まじかった——火柱があがるほど暴走した炎に焚きつけられ、花火内の火薬に一気に点火。網膜を剥ぎ取られるような閃光とともに、倉庫中が爆発の渦に呑まれた。もはや何が起こっているのか、誰にも分かるまい。煙、閃光、それに激しい爆発音だけ。ロケット花火の破竹の勢いはまだまだ終わらない。そのうちのひとつは、倉庫の窓ガラスを突き破り、外へと猛進しながら、保険会社の二階からクレーンで吊り下げられていた金庫を、恐ろしい音を立てて墜落させた。地面に罅を入れて角が突き刺さった結果、厳重に閉じられていた扉はあえなく壊れ、中の紙幣が夜風に乗って、ばさばさと倉庫内に吹き込んでくる。
「はっ! 金だー!」
万年すかんぴんのデイビスは、目の色を黄金に変えて、空中を泳いでゆきながら札束を掴んだ。ONE ZILLION。見たこともない桁数で、紙幣の真ん中には、焦点を飛ばしたロジャー・ラビットの、腹立つ顔が描かれている。
「うきーッ!!!!」
「糞坊主、欲に駆られるからだ、このド阿呆ッ!!」
怒りに任せたデイビスが、ゴリラの如く紙幣を引きちぎったのと、同時。ぐいんと、磁場が変わり、レニーは大きく揺さぶられ、乗客全員が蹈鞴を踏んだ。思わず踏ん張るものの、レニーの溶けかかったタイヤでは、それもほとんど無意味な努力である。ぶくぶくと、何か粘性のある液体が泡立つ音に混じって、ゴムと床の立てる耳障りな摩擦音が響き、デイビスたちは必死で両耳を塞ぐ。
「な、なんだ!? 引きずり込まれるぞ!」
「アクセルは!?」
「だ、駄目だっ、全然コントロールが効かねえ!」
引きずられる先、スピード産業製のディップ散布車に乗ったイタチは、ずずー、と巨大なU字型の磁石でレニーを引き寄せながら、ディップの放つ悪臭の只中で、勝利の高笑いを響き渡らせた。
「人生の最後が俺様の顔とは、あんたたち、ツイてるね! 旅のお土産に、ディップはどうだい。良い記念になるぜ——イヒャハハハハハハ!」
ここまで、あらゆる理不尽を黙って耐え忍んできたスコットだったが、その挑発でついに、堪忍袋の尾がキレた。おもむろに座席の上に立ちあがると、強力な磁気に吸い寄せられるがままに、たくましい腕を伸ばして、イタチの首根っこを絞めあげ——そこでいったん、フレームアウト。スピンしながら、辛くも逃げてゆくレニーの背後で、「ひいい!」だとか、「勘弁してくれ!」だとか、「もうけして歯向かったりしませんから!」だとかいう悲鳴とともに、ボカスカという音が聞こえてくるが、何が起こっているかは誰の頭にも想像がついた。張本人たるスコットの声が一切混じってこないのが、却って恐ろしい。全員、けして後ろを振り向かないようにしながら、蒼白になって震えるエディたち。
「……ぼ、暴力は、すべてを解決する」
「こいつぁ、R-15モノだぜ」
「痛い目に遭うのは、あいつらだったみたいね」
「ディズニーランドは、ファミリー向けのテーマパークなのに……」
「ぼ、僕、何も見ていないからねー!」
へとへとになったレニーが辿り着いた場所は、倉庫内の端、すなわち行き止まりである。しかし引き返す間もなく、背後からぬっとスコットが現れた。びくりと、腰を抜かす一同。ハンカチで拳を拭っていたが、一切の無傷らしい。彼は「PORTABLE HOLES」と書かれた木箱を無言で漁り、中にあった黒いシールのような穴を、べしりと壁に貼りつける。そのいつになく乱暴な手つきに、ゾッとする全員。
「インスタント穴だ。これでもう大丈夫。な?」
何の抑揚もなく、ぼそりと呟くバリトンには、恐怖しか感じられない。
穴の通じている先は、出発前のキャブ・カンパニー。しかしトゥーンタウンとしては、文字通りめまぐるしいこの冒険に、エンディングを迎えずにはいられないのであろう。まるでオチでもついたように、腹立たしいロジャーの顔のクローズアップと、オーケストラによる軽妙なマルーン・ロゴのMEが流れてきた。
♪チャラッチャッチャラッ
♪チャラッチャッチャラッ
♪チャラッチャッチャラッ
♪ボンッ↓ ジャンッ!↑
「"THE END"じゃねえよッ!!!!」
「こ、これは——思ったよりハードだったね」
幕引きの言葉に全力でツッコむデイビスと、茫然として力が抜けるミッキー。へなへなと地面に倒れ込む彼の腕を支えてやりながら、スコットは地獄の底から響き渡るようなバリトンで言った。
「私はもう、この街の一切を信用しない」
「ああら、ユーモア欠乏症の男ね。イタチどもは懲らしめられたんだから、めでたしめでたしだと思うけど?」
「これをハッピーエンドと言うには、気力の消耗があまりに重すぎる」
蛍光カラーがチカチカする夜中のトゥーンタウンをひとめぐりして、さすがに疲労感を隠せない面々。その中で突然、エディだけが腹を抱えて、真夜中のガレージを震わせるほどに大笑いした。
「ハッハッハッ、おめえら、最悪のカートゥーンスピンだったな。しかし、ここまでよく生き残った。認めてやるよ」
「認めてやるって?」
エディは、座席に肘を置くと、振り返りながらニヤリと微笑んだ。
「俺たちゃ、一蓮托生の仲間だってことさ。仲間は裏切らねえ。どんなことがあってもな」
ちょうどその時になって、夜の街に鳴り響く甲高いサイレン。赤くめぐる光が、闇に包まれたダウンタウンを照らし出し、何人かのトゥーンが、寝ぼけ眼を擦りながら、アパートの窓から首を長くして覗いていた。
「へっ、ようやくサンチーノ警部の出番だぜ。イタチの野郎ども、今度はムショの連中に、たっぷり可愛がってもらうこったな」
キャブ・カンパニーで明日の営業を待つ他のレニーたちは、薄闇の中で平和にヘッドライトの目を瞑り、華やかな映画スターを助手席に乗せたり、ある日突然リムジンに生まれ変わって、レッドカーペットの上を走り抜ける夢を見ていた。眠るキャブたちの列へと近づくにつれて、エンジン音が小さくなってゆく。ようやくキャブ・ガレージへ帰ってきて、ぐったりと疲弊したレニーが、今夜の大騒動の引き鉄となった人物に訊ねた。
「ねえエディ、僕、頑張ったよね?」
「ああ、さすがトゥーンタウンのキャブだ、よくやってくれたぜ。後で整備士に、リトレッドタイヤに換えてもらいな」
言いながら、葉巻を取り出し、伊達なやり方で咥えるエディ。
そこへ————
バウンッッッッッッッ
大爆発を受けて、黒焦げになったエディの、パチパチと数度繰り返される瞬き。それを見て、へへへ、とミッキーが気まずそうに歯を見せて笑った。
「ご、ごめんよ、エディ。君の葉巻に、火をつけてあげようと思って」
「このトゥーンめがッ!!」
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