ソアリン×ストームライダー二次創作「空の上の物語」番外編:その後のベースとコミネ
あれから一年後くらいのベースとコミネ。主に20話の内容を引き継いでいます。
デイビスとスコットが相棒同士であるように、この二人も、かけがえのない研究パートナーとして互いを見ていました。しかしクレイジー設定だったコミネがだんだん常識人になってゆくのとは反対に、ベースは、書くごとにどんどんキャラ崩壊してゆくな。
コミネは、うんざりとした様子で、その黄金の丸屋根を光らせているドームを見つめた。潮風に靡く白衣がぱたぱたと音を震わせ、彼のトレードマークとも言えるおかっぱ髪も、絶え間なく宙を泳いでいる。
気象コントロールセンター、通称、CWC。かつて自分が名を連ねて創設した組織であり、自分の誇るべき勤務地でもあった——因縁の場所ともいえるそこを見つめていると、おもむろに、もうひとりの創設者であるベース——本名、アイリス・サッカレー——が、彼の背後からこほんと咳払いをする。黒髪をひっつめた、その美しい顔の上に、氷のような眼鏡が光って見えた。
「なんだい。わざわざこの僕を、CWCに呼び出すなんて?」
「ご挨拶ですね。用がなければ、呼び出そうとなんて思いませんが?」
「だから、その用は何だって訊いているんだよ」
「説明が難しいですが、きっとあなたにとっても、悪い話ではありません。百聞は一見にしかず。さあ、おいでなさい、ミッションコントロールルームへと」
互いに挑発するような応酬の後、その瀟洒なハイヒールをCWCへと向けたベースは、少し振り向き、ふっ、と鼻で笑った。
「怖いのですか」
思わず、ムッと腹を立てたコミネは、彼女に続いて、挑戦的に足を踏み入れる。入り口の扉をくぐり抜けると、メタニカルな配線や金属のビスなど、彼の郷愁を掻き立てるような工業的な廊下が広がってくる。コツ、コツ、と硬い靴音を鳴らしながら歩くコミネの頭を、在所時代の様々な思い出がめぐり、消えていった。
「さて、ドクター・コミネ。ポート・ディスカバリーは相変わらず、ストームライダーによる特需景気で賑わっていますね」
「そのようだね。ま、君がそうなるように取り計らったからだけど」
「ご存知かもしれませんが、その一環として、株式会社タカラトミー(注、実在の組織とは関係ありません)から、ストームライダーのミニチュア模型も発売されています」
「ああ、TDR35周年のとか、色々あるよね。やっぱりストームライダーは、いまだにゲストに人気なんだろうな」
「ええ、それを見て思いついたのです。
ストームライダーはあまりに巨大であるため、燃料費がかさみ、一度の発進に多大なる費用を必要とします。そのために訓練等の予定発進数を削り続けてきましたが、やはり通常の航空機と違い、嵐天下では予想外の対応が数多く要求されます。シミュレーション・システムによるトレーニングのみでは、無理がある」
「ま、そうだろうね」
「そこで、こう考えました。——ストームライダーのミニチュアを練習機として発進できれば、燃料消費は最小で済み、すべては解決できると」
「へ?」
今、意味不明なことをさらっと言わなかったか? 訝しむコミネの前で、ベースはぴたりと足を止めた。
ミッションコントロールルーム——彼の退所後に新たに増設されたこの部屋を、コミネは初めて目の当たりにする——を訪れた二人は、そのまま階段を伝って、中央部のプレショーエリアに登る。高天井から吊り下げられているのは、ストームライダーの模型や、実寸大のストームディフューザー——それらの威力の説明を行うために、この部屋はゲストへと開放されているのである。ストームチューブと呼ばれる円筒形の水槽のうちには、人工のストームを作り出すこともでき、プレショーの重要な小道具のひとつとして使われていた。
「こちらです。慎重に持ちあげてください、ゆっくりと。けして揺らさないように」
ベースは、ストームチューブと対面する壁に位置する、巨大なレーダースクリーンの真下にある金属テーブルから、小さなストームライダーをつまみあげ、静かにコミネに渡した。
彼はそれを片手に載せて、目と同じ高さにまで持ちあげた。レーダースクリーンのブルーライトを反射し、ほのかに青みがかった白銀に照り輝くその模型は、本物の飛行型気象観測ラボを、忠実に再現しているように見える——いや、ミニチュアにしては出来が良すぎる。ビューポートからまじまじと眼差しをそそいで、コミネは仰天した。内部の細かな配線、観測デッキの座席、それにコントロールパネルまでもが、完璧に再現されているではないか。
「へええ、凄いじゃない、ここまで精巧にできたミニチュアは初めてだよ。タカラトミーも、なかなかやるじゃないか」
「当然です、これはストームライダーのミニチュアではありません。ストームライダーを、ミニチュアサイズにしたものですから」
「……んっ? 待って、ちょっと意味がよく分からなかった」
「これは、ストームライダーの実物です。私の新発明によって、本物を1/500スケールにまで収縮したのです。ご覧なさい、内部の有機生命体までもが、完全に縮小されています」
「ゆ、有機生命体!?」
「あら、見えませんでした? ちゃんとコックピットに乗っているでしょう」
……た、確かに、コックピット内のパイロット席には、何か小さなものがちょこんと座っている。コミネは、だらだらと冷や汗を垂らしながらも、そっと耳をそばだてた。掌サイズにまで縮んだストームライダーの中からは、何やらモスキート音のような声が聞こえてくる。
\オイ! ベ-ス、コレナンナンダヨ! ナニガオキタンダヨ、セツメイシテクレヨ!/
「……ねえ、もしかして」
「はい。キャプテン・デイビスには、ちょっとボーナスの額で釣って、実験台になってもらいました」
「頭おかしいの!?!?」
「大丈夫です、動物実験も、私自身による人体実験も済んでいます。後はパイロットによる飛行実験のみ」
ま、マッドサイエンティストすぎる。コミネは言葉を失った。一見するとエキセントリックなコミネは、実はフィールドワークを重視した、堅実な研究の方に主軸を置き、常に冷静に見えるベースの方がむしろ、ロマンと情熱に駆り立てられた、突拍子もない研究が多かったのである。
ベースはヘッドセットのマイクに向かって、小声で指示を飛ばした。
「キャプテン・デイビス。試しに、あのストーブチューブの上まで飛行できますか?」
\ベ-ス! コレデホント-ニ、オレノコト、モトニモドシテクレルンダロウナ!?/
「もちろんです。お行きなさい、さあ」
ちんまりとしたストームライダーを床に置いて、数秒後。何か明るい炎が、両舷エンジン内にぽっと灯ったかと思うと、プーーーーーーーン、とどこか哀しい音を立てて、ストームライダーは蚊のように飛び立った。ドヤアアアアアアアと、これ以上ないほどに得意げな顔で、ベースはコミネを見る。なんだろう、その顔を眺めていると、なぜか凄く腹が立つ。
「これがあなたに紹介したかった、私の画期的な発明です。電気を通すと物質を収縮させる、新マテリアル。その名も」
ベースは一呼吸置いて、自信満々に告げた。
「チヂミニウム、です」
————ダッサ。
声には出さずに、コミネはそう呟いた。
「これとストームライダーの技術を組み合わせれば、あなたの発明している人工魚を、ライドとして操縦することができます。
逆も可能。つまり、収縮したストームライダーにストームチューブ内のストームをぶつけることで、より実際に近いシミュレーションとデータ収集を期待できます。
ストームライダー改良のPDCAサイクルも、これでより迅速に。ゆくゆくは無人操縦の実験に着手し、パイロットを危険に晒す事態をなくすことができるはずです」
「いやまあ、確かに凄い技術だと思うけど……」
「あなたにはハードウェアの視点が足りない。一方、私にはソフトウェアの知見が不足しています。互いにタッグを組めば、最強になれる」
「うーん。僕は最近、AI開発に振り切っちゃってるからなぁ……」
「そうでしょう。けれども人工魚を作るには、ハードウェアの開発も不可欠ですよ」
滅多にない微笑とともに差し出されたベースの手は、微かに震えているようにも見えた。
それを見て、コミネは察する。
ああ、なるほど。
僕がCWCを去ったあの日から、彼女はずっと、僕と和解したかったのだ——と。
「私と一緒に、研究してくれますか? ドクター・コミネ」
ミッションコントロールルームに広がる沈黙と、ふと、眼鏡越しにかち合った互いの眼差し。ベースの深海のような瞳は、いつも冷たく見えて、しかしその底に深い故郷への愛情があることを、彼はいつも知っていた。それはやがてストームライダーに繋がり、このポート・ディスカバリーの道筋を変えるとともに、徐々に彼女を孤立させ、誰も理解者のいない領域へと追いやったのである。
そしてふと、コミネは思った。
意地を張っていたのは、僕も同じだったな。こんな倫理のかけらもない人間とはもう一緒に研究できない、と言い捨て——そしてそのせいで、何年にも渡って、彼女を傷つけていた。
けれども、このポート・ディスカバリーで——彼女と同じ夢を追いかけ、未来を築きあげることはできたのだろう。もしもあの時、袂を分かつことなく、彼女の力になってやれていたのなら。
コミネは仏頂面を作りながらも、仕方なしに、その差し出された孤独な手を握り締める。
「……詳しくは、ホライズン・ベイで夕食を取りながら聞こうかな」
「ドクター・アリアと、ドクターEKも呼んだらいかがですか?」
「本格的に、ウインド・ワンダラーズを丸め込むつもりだね?」
「優秀な科学者を、いつだって私は見逃しませんよ」
ゆっくりと振られる握手。それは、科学者と科学者の挨拶だった。
ここから始まる、新たな歴史。
それは——ふたたび、ポート・ディスカバリーに自然回帰の道を教え、変革の一歩を刻む真新しいページである。
そして今はまだ、パイロットとしてのみ身を置いているが、ゆくゆくは歴史的な科学者として、世界に名を轟かせるこの青年も。
「おい、ベース! 俺のこと、元に戻してけよ! なー、ベース、俺、このままでどうしたらいいんだよ! おいったら!」
ストームライダーからの必死な叫び。
しかし縮小されている以上、蚊の羽音にも満たないそれは、哀れにも鼻くそのように無視され、二人はかつての青春の日と同じように、快活に笑い声をこぼしながら、光射すCWCの出口へと向かっていったのだった。