モスバーガー モスバーガー
台風で高校が休みになると、カップルでモスにいく流行りがあった。
そこでバイトをしている子に聞いた。
店内はちょっとしたものになるらしい。
警報が出た午前中、そこから正午にかけて、ガラスの残らずが白(しら)んで、沈む船の中みたくなった店のなか、いろんな席がふたり・ふたり・ふたり・ふたりでにぎわう。
山ぶどうスカッシュは「やまぶ」と略され、レジから厨房へ叫ばれる。
自分は自分で、その子のことが好きだった。目が大きくて、喋ってて、フルで楽しかったからだ。髪も短かった。
かわいいとて、(「かわいいとて」?)、かわいいとて、自分からは言えることがひとつもない子は、好きになっても「敵」という感じになる。話してて、合えば、最高に〈自分たち〉というふうに初めてなれる。
ふたり密室にいる……みたいに、いる間 話すことには行き止まりがなく、同時に全くの外でダラっと立ってるようにそこで起こることのほとんどに際限がなくなる。
この感じは、つくづく、ああいう時期に特有のものだと思う。
桃の向こうから吹いてきた風が、桃を通って、自分にさわってくるような、そんな酔いが脳まで来る。
親の庇護下にあり、でも自分の銀行口座もあるという、あの何年間かだ。夜ずっとタコ公園の、吸盤型のホラ穴にふたり、屈葬みたいにして喋ってても、帰るなら当然ペダルこいで「庇護下」のもとへだから、一日の最後に会うのはその好きな相手ではなく、親だというへんな時期だ。
でもうっとりした顔で寝るし、あれはやっぱりへんな時期だ。
親、がここから消え去ればそのあとはほんとうに〈銀行口座と自分たち〉だけになれて、それはレベルアップのはずなのに、東京なら東京で、風から桃の匂いが消えて、東京の匂いだけになっている。
この風のもうひとつ向こうに、桃よりも、東京よりも、さらにいいものが待ってる可能性はぜんぜんあった。
でもついに自分はこれを知れなかった。
一個もだ。
損した!
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持論に、「BUMP OF CHCKENとダウンタウンの両方が好きな高校生はいない」というものがある。
もう平成じゃないし耐用年数は切れてるだろうが、これはその子がBUMPを、自分が千原兄弟のビデオを借りるくらいまで「ダウンタウンが足りない」級にこの人らを好きだった当時に、この点だけはほんとうに特になんの雑談の架け橋にもならなかったことのみが論拠になっている。
島で唯一のロリータファッションの人だった。
自分の知ってる限りは、だが。
自分が大学にいって初めて読む嶽本野ばら「それいぬ」を、銀行口座を持つ前から知っていたんだと思う。「ミシン」もよかった、と言ったら「えーっと」のあと どっちのだ、と言っていて、「ミシン」には二つあるのかと思ったんだけど、よしもとばななあたりにあるのかなと今調べても同じ題の小説は見つからなかった。
学期末ごとにやる球技大会は、最初のクラス挨拶の時間、日ごろ賑やかな男子らがみんなの前に出ておもしろいことを言うノリが常態化していたのだが、そのときに逃げた奴ら(セナくんとか、ブンジくんとかだ)の穴を、フリルと小せぇ傘と帽子とアニメ声が埋めていた。それはもう、ブチ埋めていた。
フロアをブチアゲていた、という言い方がある。それの、埋める、の言い方のバージョンだ。
ロリータのモスがあのとき、男らの逃げたクラス挨拶の時間を、ブチ埋(う)めていた。
これを「すげぇかっこよかった、」「セナやブンジがザコに見えた」みたいに言うのは、今の自分の脳がそう言わせてる時流のこと、かもしれないし卑怯なので言わないが、〈これから何かが、このままではないものに変わる〉とはじめて思う最初のことはそこだったはずだ。
ウケても、しかしすべってもいなかった。
高校生でも、そういう反応には人間、ちゃんと至れるものなのだ。
上京だった。
あれはひとあし先にプレ版として済まされた、上京のようにひとりがひとりになる時間だった。
「ロリータファッション」、「モスバーガー」、この両方で自分は、運動場の砂が線でのぼっていくところを浮かべることができるのだが、そんなことを言われてもダルいだろう。
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働いたあと、西武新宿線で帰る途中に、車内の手すりを握ったら薄ーく伸ばされたガムがそこにあったのを触ってしまい、帰ると冷蔵庫が壊れて全く冷えなくなっていた。
顔を光らせてくるだけになったそれを閉めたとき、なんでかこの運動場のことが言いたくなった。
台風のなかでモスにいてみたい。
外は真っ白だ。