昔の学校を見に行こう
森の中の丸太小屋を思わせる日当たりのいいリビングに、最後の生徒が空間に空いた光の穴から現れ、木でできた4人がけの机の席についた。
「はい、みんなログインしましたね。今日は、昔の学校がどんなだったか知るために21世紀の学校を見に行きましょう」
スーツ姿の犬のアバターを着込んだ先生が一緒の机に座る生徒たちに向かって言った。
「はーい」
3人の生徒たちが声を揃えて応じる。
先生は目の前の空間に半透明で表示されたコントロールパネルの日付を指でめくって2018年にセットした。
「それでは行きまーす」
ポチッという電子音が、発進のボタンが軽快に押されると同時に鳴った。
リビング背景が全面が星空に暗転したあと、現在の日付のカウントダウンと共に、星が跡を描いて線になる程に光速で移動する演出を表示した。星の輝きが無重力空間で漂いながら笑顔で見開いている生徒たちの目にも映っている。
「先生、いま向かっている21世紀の学校って、私たちの学校と違ってたんですか?」
赤のリボンが頭に付けられたペンギンのアバターが時計の針が反対にゆっくりと動いているような弧を描きながら尋ねた。
「そうですね、まず昔の学校がどんなものだったかを大まかに説明した方が分かりやすいですね」
地図を指でスライド操作しながら先生はつづけて答える。
「一言で言うと、学校は働く人をできるだけ多く作るための場所でした」
「働く人を作る?」
カイゼルひげを生やしたパンダのアバターが首を傾げまして言った。
「前に学習したように17世紀までのほとんどの人は、農民として暮らしていました。その後、産業革命が起きて畑で働くことから工場で働くことへと大きく生活が変わったと習いましたね」
犬の先生がパンダへ向かって箱を左から右へ移すジェスチャーをした。
「うん」
「農民は文字の読み書きができなかったので、まずそこから教える必要がありました。工場では数が使われていたので、算数もです。そういった工場で働くために必要な知識を教える場所として学校という仕組みは始まりました」
「そうかー工場がきっかけで始まったんだネ」
パンダの横にいた、ふっくらしたイカ姿のアバターはかぶった帽子を揺らしながら納得している。
「私たちの学校と違うわね。私たちの学校は幸せを追う力をつける場所だものね。」
ペンギンが小さい羽で茂みを力強くかき分けるようなクロールしながら言った。
「そうです。21世紀の終わりまでに私たちの学校のように変わりました。そういった歴史の変化を知ることで自分たちのことより理解できるようになります。だから今日は昔の学校をしっかり見ていきましょうね。さぁ着きますよ」
カウントダウンが2018年の日付で止まると、一点の光が広がり、日本の都市の上空にいるときに見える情景が見渡せるようになった。空間に大きく表示された東京の地名と日付がフェードアウトしてゆっくり消えていく。
「おぉ~」
パンダとイカが滞空しながら声を揃えて感嘆の声を挙げた。
「あれが昔のが学校ね」
ペンギンがふわふわと上下に揺れつつ言った。
空中の三人と学校の間にいる先生が、学校を背に三人に向かって言った。
「そうです。あのコンクリートでできた建物が21世紀の頃の学校です。都市の小学校はこのように町の真ん中にあります」
「飾りがなく何だか面白みのない建物なんだネー」
イカがよく見えるよう、手である触手で日差しを遮りつつつぶやいた。
「あの建物の中は、まったく同じ造りの部屋で区切られて、同じ机や椅子が並んでいます。」
段々と学校に近づいて生徒たちを誘導しつつ、教室の窓を指して説明する。中で子供立ちが授業中であることが見えていた。
「そっか、工場で働くための場所として始まったから建物も工場っぽい無機質な造りなのか」
パンダは手のひらを拳で叩き、ひらめいた喜びの表情で言った。
「その通りです。他にも、開始や終了の時間が決まっていることや、その時間の区切りにベルやチャイムを鳴らすことなど、工場の文化がそのまま反映しています。」
犬先生が教室の窓の前まで移動し終わりつつ言った。
「なるほど、工場っぽさそういうことネー」
そう相槌しながらイカも教室の窓にベチャっと取り付いた。
「こっちは見えているのに相手に見えないの、慣れないなぁ。ドキドキする。」
左胸を両手で抑えたパンダも窓から教室の中をのぞく。
「このように、教室には同じ年の子供を30人集めて一人の先生が同じ内容を教えていました。内容やレベルを人ごとに合わせてくれないどころか、何を学びたいかも選べません」
「えー、信じられない。私たちの学校だと一人ひとりに合わせて無駄なく無理なく学べるのに」
ペンギンが驚きで羽をパタつかせて軽く上昇した。
「でも、すごい先生のビデオ配信じゃなくて直接見れるのは、一人舞台の演劇を見ているみたいで贅沢な感じ、いいネー」
バンザイの格好で窓に張り付いているイカは食い入るように見ながら言った。
「見て!みんなに何か紙が配られているよ。紙に向かい静かになって書き始めた。先生、これはテストですよね?」
パンダが丸い指で机に向かう子供を指し先生に尋ねた。
「その通りです。この頃はテストのできる順に優劣が決まって、この2018年頃は工場ではなく会社に働く時代だったのですが、テスト結果のいい人からいい会社に入れる仕組みでした」
先生はピラミッドの頂点を指すジェスチャーともに答えた。
すぐにパンダは聞き返した。
「いい会社って?人をより幸せにする度合の高い会社のこと?」
「それは私たちの時代のいい会社ですね。この頃のいい会社は、資本や時価総額が大きい会社、簡単に言うとお金として価値のあることがいい会社のそうでない会社のモノサシでした。テストが良ければよりお金を稼ぐいい働き手、というわけだったのです。」
イカは手の触手を振り回ししぶきを飛ばしながら、
「頭の良さで差を付ける時代っていうのを前に習ったネー」
と少し誇らしげで言った。
「そっかー、いい会社に入るために勉強しててたのか。知識の量をテストで測ってたと」
パンダはうんうんとうなずきながら呟いた。
「このころは幸せセンサーが無かったから大事な値が測れなかったんっだったわね」
ペンギンも視線を上げ思い出しながら言った。
その後いくつかの教室と授業を見て回った。自分たちの時代の学校との違いに気づく分だけ学びが大きかったようだった。
「さてみなさん、そろそろ未来に戻りますよ」
「はーい」
3人揃って先生の呼びかけに答えた。先生がコントロールパネルを表示させて素早く操作すると、学校のある街の風景は黒い点の広がりに飲み込まれ暗転した。
流れる星空を背景にして先生は3人に向かって伝えた。
「それでは宿題です。いつものように、今日の昔の学校の見学で、自分の目標に役立ちそうなところが何あったか、レポートビデオを提出してくださいね。期限は来週のクラスまでですよ」
「はーい」
3人はそう答えた後、今日の学校の感想をいろいろと語りあった。
同じ形の部屋で同じ内容を同じ年の子が教わることがとても奇妙だったとか。
今では準備が大変なことになってしまったいっしょにご飯を食べることが毎日できて楽しそうだったとか。
あの頃の子供がこんな学校あったらいいなと思って作ったのが今の学校じゃないかとか。
丸太小屋のリビングに戻っても話は尽きず、あれやこれやと語り合いは続いたのだった。