どきどきイヤホン | 虚構OLエッセイ(3)
地下鉄乗っててふと気付いたけど、なんかみんなイヤホンしてるよね。
「なに聴いてるんだろ」って思うことない?
曲が売れない時代って言われてるのにさ。
平成の最初のころは、オリコンの上位の曲が100万枚とか売れて。
HEY!x3とか音楽番組いっぱいあったから、みんなが知ってる曲があって。
でも令和の今や、オリコンを追ってる人もおらず。
音楽番組は、もうタモさんのモチベに比例して風前の灯火。
音楽業界がそこまで縮小してないらしいから、曲が増えててるんだろうね。
パイはそのままだけど1人の取り分が減った、みたいな。
だからなんかさ、「どんな曲聴いてるの?」って聞くのってタブー感ない?
「どんなパンツはいてるの?」くらいプライベートに踏み込んだ感ない?
そんな感じで「なに聴いてるんだろ」という謎は深まるばかりに。
ほら、あそこにいる「これから渋谷でウェブサービス系スタートアップでインターンです。プログラマで採用されたけどセンス買われてマーケティングもしてます」って顔しているイケメン学生もイヤホンしてる。うどんのイヤリングみたいなやつ。
聴いてるのは、髭男爵みたいな名前のバンドの曲かしら。
それとも琵琶法師みたいな名前のアーティストの曲かしら。
わかんない。
そもそも若い子が聴くアーティストもわかんない。
だからさ、「リスニングアナライザー」みたいアプリないかしら。
どんな曲を聴いているかを写真からAIで認識できる、みたいな。
そしたら即、イケメンな彼を盗撮しちゃう。パシャ。
「イケテル彼ガ聴イテイルのは、ビリー・アイリッシュのバッドガイ デス。2020年グラミー賞5冠を達成シテ今最も注目されているアーティスト デス」
いいないいねー、それっぽい。
じゃあ、あっちのドア際でサイバーなんとかでキラキラ働いていそうなスーツ美人は何を聴いてるんだろう。パシャ。
「マブしいカノジョはイヤホンをシテいるだけで何も聴いてマセン。出社途中で近寄ってくる卑シイ男ドモをシャットダウンするためにイヤホンをシていマス」
えーうそ高性能。
美人ならではの防具としてのイヤホン装備もお見通しかー。
じゃああっちの、吊り革に全体重かけてヘッドホンしながら虚空を見つめるお疲れリーマンは?パシャ。
「カレが聴いてイルのは胎内の音デス。母親ノお腹ノ中デ聞ケル、洞窟音ミタイな残響に、心臓の鼓動が繰り返サレル音ヲ聴いていマス」
怖い怖い怖い怖い!
そんなの聴いてたらこっちがドキドキよ!
っていうか、なに聴いているかわからない怖さってこれよね。
般若心経とか、放送終了後のテストみたいなサイン波とか、粘液まみれの生きたタコを咀嚼する音とか、そういう不気味なものを聴いている可能性すら考えちゃう。
だから教えて。どんな曲を聴いているかを。
恥ずかしがらないで。どんな音楽もパンツじゃないわ。
関係ないけど、地下鉄乗ってるとトンネルの中の轟音と線路のガタンゴトンでちょっと胎内っぽいわよね。癒やされるの少しわかる。