それを私はプロと呼びます
プロはこんなもんじゃない。
サッカー選手、陶芸家、整体師、料理家、研究者など私たち若者には様々な選択肢があります。
同時に、なろうと思えば何にだってなれます。
自分でそうと言えばいいのですから。
ただ、プロはそんなもんじゃないと思うんです。
プロとは、なりたいものになった後に、十分な生活、それ以上のお金を稼ぐことができている人たちのことを指します。
逆にプロとは呼べない人たちはこれ以外の人です。言い換えば、お遊びです。
この違いはなんでしょうか。
私は、ただひたすらに努力だと考えます。血が滲むような努力をして、失敗しても挫けずにやり続けることで、時には睡眠を削ることも必要でしょうし、家族や仲間とだって決別する必要があります。
それを私はプロと呼びます。
私は今、大学3回生です。周りの人間は来年から始まる就活に向けて、せっせとインターンに募集をしたり、自己PR文を作成しています。
そんな彼ら彼女たちを見て、
「これからどこかの分野でプロにならなければならないんだよ」
なんてことを考えてしまいます。
もちろん自責の念も込めていますので、安心してください。ただ単に、他人のことを責めたいわけではありません。
ただ、30分程度で完成させた自己PRや、とりあえず出してみるインターンの募集がプロというゴールに直結するとは考えられません。
ましてや、ネットで拾ってきたテクニックを自分の武器になったと勘違いして、勝負を挑もうとする姿を見ると、申し訳ないですけど、負けるのだなぁと思っちゃいます。上からですが、本心です。
さっきも言いましたが、私たちは何かしらのプロにならなければ、食って行くことはできません。誰も幸せにすることもできないのです。
類稀なる才能を持っているのなら別です。しかし、大抵の人は持っていません。持っているのは個性です。それを才能として勘違いすることはお門違いにも程があります。
個性の先に才能があるのです。個性という原石を磨いて、初めて才能という輝きを持った結晶に生まれ変わるのです。
プロになるには血の滲むような努力が必須です。負けても這い上がる力。これが最強の武器なんです。そこに、個性という強化魔法をかけて戦いに挑むのです。
私もまだまだなので安心してください。。
本当に好きなことに全エネルギーを集中させるか、
稼げると思ったことに全エネルギーを集中さるかは自分次第だとおもいますが、どちらにも共通して言えることは、努力がないと成り立たないということ。
何度も同じことを言ってすいません。
ほとんど自責の念を込めていますんで、どうかお柔らかな対応をお願いします。
私はまだまだです。考えていることもコロコロと変わるし、覚悟だって割れてしまう。ただ、努力をやめたことはないです。毎日弱い自分と戦って、怪我をして、心はボロボロですが、やめることはありません。
やってやります。プロになって周りの人間を幸せにして見せます。
まずは自分から。個性を才能に変えて、1番になります!!
20210805