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時が止まる写真

 高校 3 年生。楽しかった青春はあと半年もない。漫画のように屋上で弁当は食べられなかったけど、楽しい仲間と笑いながら過ごすことができていた。

 通っている高校では、進級・卒業時にアルバムとは別の生徒会誌を発行している。クラスの委員長が思い出を綴ったり、先生からのひとことがあったりと、見ていてとても面白いものとなっている。

 それで、3 年生には恒例ものがある。各クラスのページに、クラスメート全員、幼少期の写真を掲載するのだ。名前が添えられていたり、添えられていなかったりするが、やはり人の性格は簡単に変わらないようだ。去年のを眺めていても、写真を見るだけですぐその人を特定できる気がする。

 僕も、親に頼んで 10 年以上前の写真を見せてもらった。といっても量が多すぎて、結局 1 時間をぼんやり回想することに費やしてしまった。まだ赤ちゃんでほっぺが膨らんでいたり、なぜか半裸の写真まであった。改めて大切に育ててくれた親に感謝するとともに、いっしょに会誌に載せる 1 枚の写真を選んだ。


 カラフルな骨組みを背景にして、小さなかごの中に父と妹と 3 人でいる。今はもうない、観覧車だ。北海道では 2 番目に大きなものであって、諸事情で 8 年前に運転を停止。それから 4 年後に解体されて、海外へ売り出されたようだ。

 その観覧車は、大きな商業ビルに隣接していた。観覧車はとても迫力があって、ドライブで近くを通る時にはいつか乗ってみたいと度々憧れた。そして、何かのクーポンをもらったのだろうか。僕の我慢が開放される時がきた。

 ……思い出すだけで視界が潤んでくる。たいした出来事ではないのに、もう二度と乗れない切なさがまばたきを加速させる。……

 ゴンドラに乗る前、僕の身長の何倍もある巨大な円は倒れてきそうで、少し怖かった。でもそれは乗る前の話。スタッフに鍵を閉められてからはあっという間の数分間だった。

 しかし、あまり中での出来事は思い出せない。恐怖もあったのかもしれないが、たぶん、「空」から眺める日本海はきれいだったと思う。写真の中の僕も父も妹も、みんな笑っている。

 あの狭い空間では声も反響する。窓もなかったと思うが、外から聞こえる車の音が少し変わって聞こえた。


 少し大人に近づいた僕はふと、国語の教科書に載っていたあの短歌を思い出した。恋はまだしていないけれど。

 観覧車 回れよ回れ 想ひ出は 君には一日 我には一生

栗木京子

 「サラダ記念日」の著者、俵万智の解説とともに掲載されていたと思うが、これはどの短歌よりも強く印象に残った。今でもこの短歌について家族と話すし、文学への興味が薄い僕でさえ大好きなのだ。

 一般的にこれは恋の詩とされるが、ここではあえて、家族写真という観点から見てみる。


 親は 5 人の子供を相手にしている。だから、嫉妬というか、僕の「想ひ出」は父の 5 倍、父からすれば 5 分の 1 しか記憶にないと思ってしまう。この倍率を人生という長い、長い目で見ると、「君には一日 我には一生」にたどり着くのではないか。

 観覧車に乗った当時、父はとても怖くみえて、何をしてもすぐ怒られる気がした。そんな父が、写真では笑っている。仕事から帰ってきたら無理やり元気を出しているのはいつものことだったし、職業上休みが少ない中、家族を思って遠出して、疲れているにもかかわらず、笑っているのだ。

 現在と過去をリンクさせて、父の概念は「観覧車=パンケーキ」なんじゃないかとさえ思えてきた。ならば「君には一生 我にも一生」だ。実は思い出には順位などなくて、常に両思いなのだ。


 ここまで話してきて、現在観覧車がないことも残念だが、もっとも残念なのは、この写真は「僕」の顔しか切り取られないということだ。ピースもしているのに、それもクロップされる。なぜなら、求められているのは『僕の幼少期の「顔」』であって、「家族愛」でも「観覧車」でもないからだ。笑っていれば、それは家で寝ているときでも、何でもよかった。

 この写真を委員に渡したら、すぐにハサミでちょん切られるだろう。僕と父の想ひ出も、父の笑顔も、僕の体も、幼い妹も、みな燃やすゴミに捨てられる。首より下が切り取られた「斬首した僕」は、ただ『僕の幼少期の「顔」』としてモノクロの紙に数百部印刷される。

 これは死んでいる。「僕」は死んでいる。背景を切り取って顔だけにするなんてお葬式であり、写真が白黒だと余計にそんな気分が浮き上がってくる。生徒会誌が棺桶で、在校生・卒業生が集団で埋葬される。発行されたらなむなむ、とお祈りしつつ、和田アキ子のように「あの頃は~」と語るのだ。

 写真は「僕」を殺す。毎日生きていれば毎日死ぬだけなのに、いいところだけを切り取って、写真はわざわざ、僕が死んだ様子を映し出す。

 誰かが創り出した思い出企画が、個々人の想ひ出を破壊するのだ。