見出し画像

センターシュミレーション【二日目】

 今日も 6 時に起床。昨日より少し眠いけど、なんとかなるだろう。

 昨日の反省を生かして、ティッシュとチョコレートはさっさと準備する。出かける前にはお手洗いや洗顔などいつもどおりのことをいつもどおりに行なう。緊張しないためにも、自分のお気に入りの本を持って、暇があれば待合室で読もうと思っている。

 昨日と比べて寒い。こちらはマイナス六度。家の中で半袖は着ていられない。厚着になるような服の組み合わせを考えて、バスの時間まで休憩する。

 答案の出来はもう気にしない。気にしても仕方がないのだ。良くても悪くても、頭の中にある知識で勝負しなければならない。それ以上のことはよほど冴えていない限りできない。つまり本番ではできない。もっと勉強すればよかった、と思うならもう大学には行けないだろう。誰かが「明日やる」は「一生やらない」を意味すると言っていた。今日やるでもダメだ。そんなことを考えているならさっさと紙とペンを用意しよう。

 話は変わるが、僕は同じ学校の生徒が好きではない。気が合わないのは何度も言っていることである。根本的に他人と違う。小学生の頃から、何か自分って変人だなと思ってきた。行動一つとっても少しズレている。息が合わない。他人に嫌われる。自己嫌悪。もう嫌だ、消えてしまいたい……。

 そんな繰り返しだ。よく死なずに生きてきたなと思う。登校途中にある川に何度飛び込もうと思ったか、窓から身を投げたいと思ったか。Google の検索窓に「死にたい」と打つと、フリーダイヤルの電話番号が表示された。一人で悩まないで、と言われても、他人に言ったところで何も解決しなかったのだ。いままでも、これからも。

 学校に行きたくないといえば、親は一日休んでよいといってくれた。でも、「学校にいるとき」のように自宅で勉強しろ、という条件付きだった。僕が望んでいたのはこういうことじゃない。何もせず、ただベッドの上で放心状態になる時間が欲しかったのに。勉強なんてしたら、今の自分にとっては悪循環になることを知らなかったのか。余計に頭が混乱して、自分でもわけが分からなくなる。体だけ勉強して、心は機嫌を取るように表面だけ笑う。笑いが止まらない。裏側はひどく湿っている。

 こんなことでくよくよするな、と何回も言われてきた。確かにそうだ、と思うこともあれば、お前に俺の気持ちなんて分かんねえだろ、と怒りに燃えることもある。人によって悲しみの程度は変わるし、自分ですら時と場合によって変わるのだから、そういった度合いを比較することはできない。

 構ってちゃん、と言われたことがあった。内向的な性格から、自然にそう見えるのだろうが、僕はイルカのようにずっと喋り続けないと死ぬ動物ではない。空白だって会話の一つだと思うし、何も話さなくても一緒にいたい人だっているはずだ。喋ることが人にとってどんなに苦痛なことだったのかわかってほしい。同級生は休息をもっと大事にしてほしいものだ。

 こうぶつぶつ言っている間に、試験会場に着いた。今日は部屋が開放されるまで時間がかかり、待合室には人がわんさか集まってきた。うるささに負けじと iPod の音量を上げる。お気に入りの曲が僕の心を騒然とした場から独立させて癒やしてくれる。

 数学。難しい問題が最初にあり、後半は完答できるほど易しかった。これはちゃんと問題に目を通してから始めろよ、という駿台からのメッセージとみて、2 つ目の教科はそれを実行した。結果、上手くいった。

 理科も点数こそ低かったが、集中してできたのでよしとしよう。できなかったら次できるようにするんだ。ほっとした気持ちと情熱が現れ、会場から駅までの長い坂を歩くことに決めた。友達とくっちゃべりながらダラダラ歩いている同級生を通り越し、寒いから足を早めて降りていった。

 正直終わったら今までの苦労とかはどうでもよく感じた。だったら今辛い思いをしちゃおうかな、と思うけど、疲労は目に見えず蓄積するもんだからそれの対策が浮かばずに困っている。とりあえず勉強しとけばいいんじゃないかな。それ以外に成績を上げるのは難しそうだから。短絡的にそう考えた。

 親からもらった A4 ファイルを見つめる。「おすし」と書かれている上にはたまごとまぐろの握り寿司が笑っている。なんともいえないユニークさが自分に似ている気がする。でも、僕は自分の才能を売りに出せるとは思えない。いつまでも子ども、一生完璧にならない人。常に目標が転がっているのは良いことのように見えるが、本人は終わりのない道を独りで歩き続けるのが辛い。このおすしのように変な笑みを浮かべながら、つまり、個性を武器にして生きていけないかなあと空想する。

 他の受験者の感想を見ると時計を忘れたとか、何でもしてくれる彼氏が欲しいとか逃避しかしていない。この中、自分も含め、誰が大学に受かるだろうか。みんなで受からない方が楽なのか?ほんの一握りの人しか門をくぐることができない。

 大学に行きたい。なら、キャンパスに行けばいい。
 大学に受かりたい。なら、勉強すればいい。