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若者は都会に出ろと言われた話

 相変わらずバスは混雑している。今日も隣に人が座っていた。ダウンジャケットに少し後退した前髪、そして小さい眼鏡をかけた中年男性だった。

 バスが進んで少し時間が経ったころ、突然男性に話しかけられた。バスのトランクに自分のが入っているか確認するすべはないか、という内容だった。どうやら男性は東京から北海道のニセコに行く最中のようで、そこは 20 年ぶりだという。外国人のためのスキーのインストラクターとしてお仕事をしにきたそうだ。名前は K さんとしよう。

 ここで驚いたのは、東京からわざわざニセコへ行ってビジネスをすることだ。僕がなぜかと問うまでもなく K さんは、英語とスキーができる人材が重宝されるからだと話してくれた。

 現在のニセコはスキーと外国人で有名だ。町にいる人の 7 割は海外の方だそうで、土地を買って勝手に建築したり、相手もビジネスに上手く使っているらしい。おかげで商店街が成り立たなくなるという。ありがた迷惑というものかと思った。

 身の上話をした後、僕はさりげない質問をした。

「まだ学生なんですけど、英語はできるようになった方がいいですかね」

 あったりまえだよ、と K さんは笑いながら言った。要は、少子高齢化のせいで仕事はきつく、労働時間あたりの賃金が海外に比べて少ない。

 だから、都会に出よう。海外で勝負しよう。

 そう言っているように聞こえた。僕が田舎住まいということも伝えていた返答にもなりそうだが、正直ショックだった。

 K さんはとにかく、僕に都会に出ろと勧めてきた。東京住まいの方から見た田舎とは残念なところなのだろう。おじさんおばさんしかいなく、活気がなく、お金がなく、人がいない。近くに荒れる波を見て、都会は自然災害の被害を受けにくいぞ、台風がきても、ベランダにあるものを片付けるだけでいいんだぞ。「君の名は。」で、主人公が住民に自主避難を呼びかけるシーンを思い出した。

 ぼんやりと、「あ、都会に出ようかな」と心が傾いた。