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センター1日目の感想

 明日もあるので速報として手短に。睡眠薬のおかげで、よく寝れた。ウインナー入りカレーを食べた。社会は 1 科目だったので、9 時頃に家を離れ、親の車で受験会場へと向かった。東京では雪が降る降らないと大騒ぎしたと聞いているが、雪国は天気に恵まれた。北海道某市の受験会場は山にあるけれども、特に遅刻した者はいなかった。10 時には室内に入れるようになった。待機所で暖をとっていた受験生各位は学校の教師、塾のチューターにカイロとキットカットと激励の言葉を頂き、悠々と雪積もる道を歩いていった。

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 noter は優しいから、記念写真をいくつか上げておく。さすがにこの看板の前に立ち写真を撮るものはいなかった。ちなみに氷や雪に混じっている黒のつぶつぶは滑り止めである。砂利を敷くだけで圧倒的に安心できる。少々汚く見えるかもしれないが。

 室内に入ると、そこは大学の講義室だった(ああ、もうバレちゃう)。よくある、横に長くて、4 つ席のうち端っこにそれぞれ座る形式。奥行きこそ狭きものの、横には余裕があったので問題冊子と解答用紙を手前に、そして鉛筆 8 本と消しゴム時計、鉛筆削り等々は奥の方に置くとちょうどよかった。

 あたりを見回すと、僕らの高校の生徒だけではないようだ。市内の他の、制服を着用した高校生が楽しそうに談笑していた。中には髪を染めている者もいた。我が校は自由な校風がウリだが(もう特定された)、他者と比較するとそうでもないことがわかる。勉強も環境も、狭い中で生きてきたもんだなあと悲しくなった。

 それに加えて、僕は全くといっていいほど勉強してこなかった。青鳥大好き青年にでも分かるように言えば、オタク的貯金ゼロ。怠惰ですねぇって中学生の時に見たアニメで誰かが言っていたけど、それを笑って見ていた自分に、この言葉が跳ね返ってきた。高校受験も、通学域の関係でノー勉で楽勝な場所を選んだ。親にもそこで良いと言われていた。何と言えばいいのか、中学校はお馬鹿さんの塊だったので、そんな文武両道を愛する高校に行ったら頭が良いと言われていた。なんてこったい。今思えば多少厳しくても札幌の高校に行ったほうが絶対良かった。

 会場には、もちろん浪人生もいた。先程の待機所では、僕の向こうの席にいた。なぜわかったかといえば、僕の先輩だったからだ。彼女もまた髪が独特なオーラを放っている。前のピンクは強烈だったけど、今日の先輩は極めて真面目だった。分厚い参考書に鋭い眼差しを向けて、僕のことなど気づきはしなかった。それとも、一緒に受験するのが嫌だっただろうか?気まずくなったらいけないと思い、今日は見て見ぬ振りをした。もっとも、普段から彼女に話しかけることはない。

 こんなに勉強している人がいるのに、同じ会場で無勉が受験しても良いのか、かなり悩んだし、苦しかった。でも大人たちからエールを送られた今、引き返すわけにもいかないし、どうせなら玉砕しようと思う気持ちが強かった。数日前緊張のあまり Yahoo!知恵袋で閲覧した質問で、浪人する人は現役の本番で結果が出なかった人であり、二浪三浪するのはセンスが無さすぎるというキツめなアンサーが付していた。さらに、ここまできたなら難関国公立大学を受験して砕けなさい、とも書かれていた。実際これは大事なことだと思った。

 百回言われることより、一度経験したことのほうが印象に残る。本番で頑張れるのは、模試で失敗を味わった人が多いのだと勝手に想像している。なぜそんなに頑張れるのか?全力を尽くせるのか?将来の美しいビジョンがあって、幸せな大学・社会人生活を送りたいゆえに今必死になっているのか?

 お察しの通り僕はお先真っ暗な残念な人だから、成長を実感できるゲームを優先してプレイしていた。今になると、ああ勉強もゲームと同じだよなと思う。可視化できるかどうかが違いだろうか。これが嘘だとしても、目標は目に見えるほうがいいと、「今年」知ることができた。

 試験内容については今までの模試とあまり変わらない気がする。要するにあまり良くなかった。リスニングが特にできなかった。最初の社会は集中できたのに、あとになって苦しくなったのが原因だ。その根本には緊張由来の腸がくるくるで腹痛なためお薬を飲んだ副作用がある。お腹が痛かった。それさえなければベストコンディションだと思ったが、何がベストだ。今までの 3 年間、僕は何をしてきたのだろう。

 正直に言うと、これまで僕は何でもできると思っていた。でも違うんだよなあ、大人なめるな!って、今日言われた気がした。

 サムネイルは例の先生からもらったキットカット。昼休み外に出て休憩していたらそそそっとやってきて「頑張って」と小声で言われた。大きな手提げ袋一杯に入ったそのチョコレートの包装に、全部手書きで書いてあるらしい。