価値をもたらす取締役会資料の外せない設計思想とは?
こんにちは、GCP Xの堀江(@RH_nage)です!
前回の記事では、スタートアップ経営における共通の地図の1つとして取締役会資料を捉えてみることで、意外な価値がもたらされる、という話を書きました。
本記事では、それを具体的に実現するための取締役会資料の設計思想について書きたいと思います。
スタートアップの取締役会の場で、以下のような話題になったことはありませんか?
・売上やプロダクトについてはいい議論が出来ているけど、そもそも採用の話はどうなっているんでしたっけ?
・財務情報、KPIなどの定量情報は色々開示してくれるけど、これだけみても実際何が起こっているのか掴みずらい
・KPIのこの数字は内訳を見てみないと判断できないし、逆にこっちの数字は細かすぎて全体が掴めない
抜け漏れがあったり、情報の粒度が粗すぎたり細かすぎたり、、取締役会資料に限らず、会議体の資料には日常茶飯事に起こる事象な気がします。
本記事では、取締役会の質を最大限高め価値を発揮するために、抑えるべき取締役会資料の設計思想を共有したいと思います。
画一的に正解があるわけではなく、事業内容や経営陣のスタイルによっても変わるものだと思いますが、根底で抑えるべきポイントは共通のエッセンスがあると思っています。
※前提として考える取締役会の性質やスタートアップのステージ
・取締役会には法定決議事項の討議・意思決定やガバナンスなどの役割もありますが、本記事は経営会議としての取締役会を想定したコンテンツです
・特に対象となるのがアーリー~レイターあたりが中心です(それ以降ですと、よりコーポレートガバナンスの色合いが強くなっていくため)
はじめに
前回もご紹介したSequoiaのPartnerのBryan Schreierが書いた、Preparing a Board Deckという記事の中で、一般的な取締役会のトピックについて、以下のように記載されています。
3時間コースで、みっちりKPI/メトリクス、組織、プロダクト、マーケティング、ビジネスデベロップメント、オペレーション etc.. など幅広に網羅されています(念のため、記事中にearly board meeting/deckと書かれているので、レイターステージの話ではないです)。
ここまで長時間かつコンテンツ盛沢山で取締役会を運営しているスタートアップは少ないと思いますが、全社横断的に喧々諤々な議論がなされる必要性が伝わってきます。
取締役会資料の設計思想で抑えるべき3項目
前回の記事では、取締役会と取締役会資料について、以下のように述べました。
取締役会は、経営におけるPDCAサイクルの最上流に位置するものでしょう。言い換えると、
①会社経営における重要な情報が報告され、
②その情報を元に議論をし、
③経営判断・意思決定をしていく場
経営陣(含む外部投資家としての社外取)がこのPDCAサイクルを取締役会という会議体で行うためには、参加者が同じ地図の上、すなわち取締役会資料の上に立つ必要があります。
それでは、具体的にどう取締役会資料のコンテンツを設計していくべきか?
結論、①組織横断性、②定量・定性情報のバランス、③適切な粒度、の3つを担保する事が重要です。
冒頭に例で挙げた以下のポイントがこれらに該当します。
・ 組織横断性の担保:売上やプロダクトについてはいい議論が出来ているけど、そもそも採用の話はどうなっているんでしたっけ?
・定量・定性情報のバランスの担保:財務情報、KPIなどの定量情報は色々開示してくれるけど、これだけみても実際何が起こっているのか掴みずらい
・適切な粒度の担保:KPIのこの数字は内訳を見てみないと判断できないし、逆にこっちの数字は細かすぎて全体が掴めない
①組織横断性の担保
組織横断性の担保、すなわち組織図の各箱から関連する情報が(後述の、定量・定性情報のバランスと適切な粒度の下)集約されるべきだと考えます。取締役会は、各組織機能の上段に位置し、組織横断の全社的観点から、経営課題を議論し意思決定されるべき会議体であるからです。
営業の話に偏っていたり、開発の話に偏っていたり、会社や経営者の強み好みによって”無意識に”バランスが欠ける事もあるのではないでしょうか。
例えば、特によく見かけるのが「採用」について取締役会の場で語られないケースです(これはCXOレイヤーではない、採用担当者が採用活動をリードしている、KPIを持っていることから生じる現象のような気がしますが)。スタートアップのスケールにおいて採用は必要不可欠であり、経営アジェンダとして、取締役会資料のコンテンツに網羅されるべきだと考えます。
組織図を俯瞰したときに、コンテンツとして過不足がないか、無意識にバランスが偏ってないかをチェックしてみると良いと思います。
②定量・定性情報のバランスの担保
定量・定性情報のどちらかに偏っていると実態が掴みずらく、それらのバランスを担保すると会社の実態がより立体的に捉えられると思います。
定量情報
財務3表、事業計画値、KPI(営業/開発/採用etc...)のような定量情報は、測定対象の状態を“一貫性”をもって”共通の尺度で”定点観測できるツールです。
多くのスタートアップが、既に取締役会で定量情報をモニタリングしているはずです。定量情報はむしろ、どの数字をどのように追いかけるべきかの設計が大事であり、かつそれを定性情報と統合して捉え、議論・適宜チューニングしていくことが重要です。
「定性情報と統合して捉え」というのがミソで、定量情報だけだと、構造的・客観的に事象を捉えられるものの、無味乾燥としていてインサイトに繋がりにくいです。定量情報は、過去の実績であれ未来の計画値であれ、なんらかの過去の活動・未来への意思表示の「数字で表された結果」であり、結果だけを見てもその背景にある過程や理由が掴みずらいためです。
そこで、定性情報が重要になってきます。
定性情報
営業戦略、開発ロードマップ、組織体制などのような数字だけでは表せない情報や、定量情報の変化への考察(例:PL数値の増減要因)などが挙げられます。
過去の実績等に対する背景にある過程や理由などの分析、未来への定性的な意思表示(=いわゆる戦略)を定性情報として言語化すると、当たり前ですが定量情報の解像度がグッと高まります。
そしてこのプロセスこそ、経営陣・社外取締役の知恵を投入する、すなわち取締役会で喧々諤々議論するポイントだと思います。定量情報から定性的な意味合いを抽出し、特に社外取締役は他社事例や過去の知見などを持ち寄り、知見を結集して討議し経営判断を下していく。あるべき取締役会の議論の形ではないでしょうか。
例えば、営業KPIが停滞している状況で、これまでの営業戦略・足元の営業KPIへの営業チーム目線での要因分析・今後の営業戦略等、が議論のテーブルに乗った上で、他社のベストプラクティスを自社に当てはめたり、営業チーム目線での要因分析をあえて別の見方で捉えてみたり・・・。
一見当たり前のように聞こえますが、是非定量・定性情報のバランスが十分担保されているか、定量情報を解釈するに足る定性情報があるか、意識してみると良いと思います。
③適切な粒度の担保
最後に、コンテンツの粒度について触れたいと思います。
虫の目、鳥の目、魚の目という言葉があります。「虫の目」で事象を詳しく調べ、「鳥の目」で俯瞰し、川の流れを読む「魚の目」ように時代の潮流をとらえて分析する。意思決定に資するために、コンテンツとして虫の目・鳥の目を担保するのが資料の粒度設計だと考えています(魚の目は、自社ではなく市場や競合等の外部要因視点なので、取締役会資料に積極的に取り込むものではないと捉えてここでは割愛します)。
コンテンツについてどれくらい粒度を粗く/細かくするか。KPIや物事の階層構造を例にとるとイメージがつきやすいかもしれません。
組織図を俯瞰した時に、取締役/執行役員レイヤー、部長/マネージャーレイヤー、メンバーレイヤー、それぞれで取り組むイシューや関心事が異なり、その粒度は、基本的には階層の上下と連動します。
CEOは会社全体の売上を、かつ中長期の時間軸でどう成長させるかを考え、現場の営業メンバーはいかに目の前の顧客への今月の受注を獲得するかを考えるように。
CEOはあるべき中長期の組織図を頭に思い浮かべながら組織づくり採用計画に落としこみ、採用担当者は採用計画達成のための各種施策を実行していくように。
このレイヤー感を踏まえた上で、最適なコンテンツの粒度を設計することが必要です。取締役会の性質上、基本は粗いレイヤーを中心に、その時々のフォーカスに沿って適宜深堀していくのが基本線ではないでしょうか。
営業KPIを例に取ると、定常的には受注高及び受注顧客数をトラッキングしながら、戦略上向こう半年が大手顧客開拓が鍵であれば、大手顧客数もトラッキングしていく、といったイメージです(ケースバイケースですが、それ以上の細かい数字、例えば商談数や受注率は、取締役会資料としては含めない、とする等チューニングが必要です)
普段の経営会議や部長/マネージャー会議の資料をパッチワークして取締役会資料デックを作るケースも多いのが実態だと思いますし、それが準備工数の観点で理想的でもあります。一方あまりにパッチワークすぎると、部長/マネージャー会議レベルで話す細かい粒度の話を取締役会ですることになり、それは本来の趣旨とは異なってしまうので、取締役会としての適切な粒度設計へ調整することは必要になるかもしれません。
まとめ:設計思想に沿うと、”多面的”な議論を支え、意思決定の質向上に貢献する
取締役会資料に①組織横断性、②定量・定性情報のバランス、③適切な粒度、の3つが担保されると、取締役会が会社にとってより価値のある場になるはずです。
イメージしやすいように、また営業KPIを例にとって考えてみます。
受注高のうち、大手企業の顧客数がビハインドで、商談数は一定あるものの、受注率が低い事が課題として挙げられていたとします。そうすると、それは商品力の問題なのか、営業力の問題なのか、それ以外の問題なのか議論が起こります。
仮に商品力が問題だったとすると(例えば大手企業が求めるセキュリティレベルに到達していないというお断りが最頻出する、など)、追加的な開発が必要になります。そうすると、それを実現するためのエンジニアを追加採用する事を採用計画に織り込み、開発のマイルストーンにも織り込む必要があるかもしれません。
一方で、そんな簡単にエンジニアは採用できないため、暫くはSMB向けにフォーカスしたほうがいいのではないか、いや大手といっても業種によって求めるセキュリティレベルは異なるので、XXX業界に特化すれば現状のままでも問題にならないはず。であれば・・・
組織の各機能はそれぞれが有機的に連携しているので、多面的な議論の下、経営判断は常に総合的になされるべきです。例のように、営業のトピックだとしても、開発や採用と密接に絡みます。
だからこそ、組織横断的に情報が網羅され、客観的な定量情報とその解釈に足る定性情報が、適切な粒度で、議論のテーブルに乗る必要があると思っています。
前回の記事でも書きましたが、一定の質の取締役会資料をもって取締役会が運営されると、意外と中長期で経営のPDCAサイクルの向上に貢献し、スタートアップ経営にじわじわと効いてきます。
一度資料を設計してしまえば、ルーティン化でき、意外と手間もかからないと思います。本記事でお伝えした設計思想もご参考に、是非一歩コンテンツを深めてみてはいかがでしょうか。
GCP X 堀江
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