尹曦炳/金城裕『拳法 空手道大鑑 第一巻』(昭和22年/韓武館)における唐手攻防法

唐手攻防法

 攻撃・防御は関連しており、分離しえない性質を有するので一緒に説明する。攻防法の一般原則は「最短距離を最短時間を以てする正確なる活動」である。したがって、型においても実戦においても前の手が防御、後ろの手が攻撃になっていると説明する人が居るが、私たちは謹んで聞き入れることはできない。また、変(變)手・死手・活手といった個別の説明もあまり有用ではない。受ける為に受けるのではなく、攻撃するために受けるという意識を有しているからである。攻撃力と敏速力の研究は重要で困難な問題であるが私は微力ながら二者に優劣をつけるならば、敏速力が攻撃力よりもより大切であると考える。言うまでもなく、両者は分離して考える事が出来ない物であり有機的一体内にあるので、あくまでもどちらをより尊重するべきかという意味で優劣をつけたに過ぎず、敏速力こそ主で攻撃力が従という意味ではない。私たちは空手を鍛錬する者は十分大きな攻撃力を有しているものであるという前提を持っており、一瞬の攻防によって戦いを収めようとする意志を持っていると考えるからである。ゆえに、このような見地からする時、突き・受け・蹴りの方法や拳・猿臂・脚の使用方法は、東京に伝来してから無批判に行われてきた従来の型と異ならざるを得ない。

 受けについては千差万別であるが、内受け・外受け・上受け・下受けの変化域は応用と考え、時に応じて処理しえる自信を養成する事が肝要である。受け手はなるべく自分の身体の近くで相手の攻撃を受けると良い。これは、自分からの攻撃距離が最短となる為である。これに対して「敵から攻撃される距離も等しく最短となるので危険である」とする反論があるかもしれないが、攻撃力と敏速力の尊重的関係を考えれば良いと考えている。つまり、受けてからの攻撃を成功させられる者は敏速力に優れたものであり、これこそが私が敏速力を尊重する理由である。その為、受け手は「く」の字型に曲げるべきであり、「く」の字の角度が鈍角になるようであれば、受け返す攻撃の攻撃距離が大きくなるために攻撃行動の敏速を欠く。手を伸ばして相手を防ぐような行為は敵を追い返すことはできず、拳や脚が空中を夢遊する珍景を演ずる。前述の如く、受け手は攻撃をする為に受けるだから単なる受け放しには私は賛同しないところである。故に受け手の力の配分が特に注意を要する。肩の付け根より拳の先までを一様に力を込めるのではなく、受けの部分に全力を集中すると共に受けの瞬間に瞬時に力を込めるのが良い。これは相手の攻撃を受けた瞬間に相応の反撃を与える為に第二・第三の行動の準備をする必要がある為である。上受けでは出来るだけ敵に接する為に身体を低くして受け、相手の攻撃の肘関節よりも深い上腕部分を突き上げて受ける。これにより相手の腕に痺れを感じるような痛みを与えることが出来る。その他の受けの場合にも相手の手首を集中力を以て勢いを削いで弱める様に受けるのが良い。
 かかる優秀な受けに対するに従来の如き突きっぱなしの攻撃方法は危険であるから、自然と変わらざるを得ない。しからば、突くと共に身体を引き寄せて身体を守り、第二・第三の行動に備えるのが良いと考える。
 拳・脚の攻撃の関係について言えば、脚の攻撃は拳の攻防がもつれた時において使用すべきで最初から使用すべきではない。最初から足を使用するのでは攻撃力は大きいが自己の攻撃意思が看破されやすく不利である。

 もしも私が此処で述べた攻防一般原則に間違いが無ければ、拳の突き方には一定の方法はない。早く強く相手に打撃を与えられればよいのである。言い換えれば、最小の労力を以て最大の効果を上げる意識を以て行動すればよい。したがって、時に応じて拳の甲が下を向くように突いても良いし、親指を上に向けた縦拳で突いても良いし、拳の甲が斜め上を向く様に突いても良いはずである。ただし、拳の拳面は人差し指と中指の部分を用いるのが良く、他の指の部分を使うべきではない。これは薬指と小指が折れやすく、力が強くなればなるほど拳が折れやすくなるためである。また、拳は弱く握って当たる瞬間に部分的集中をもって強く握りこむのが良い。これは攻撃力と敏速力の見地から導き出された理論である。
 蹴り方にもいろいろあり、時に応じて変化をさせねばならない。攻防一般原則を念頭に置いて例示する。
1、正面蹴りは拇指・人差し指を伸ばして足尖で蹴るのは余程の鍛錬と自信がなければならず、故に母指球を用いた蹴りが無難である。
2、横蹴りにおいては足裏小指部分に力を入れて蹴り、指の先端は使用しない。図のような上足底を使った蹴りが良い。
 攻防一般原則を念頭に置き、蹴りを防ぐ方法を示す。
1、敵からの足払いを受けても転倒しない体勢を保つには猫足立ちが適する。
2、敵が向こう臑を蹴りに来る場合や足の甲を踏みに来る場合は、その足を素早く後方にさげてカウンターに移る。これには猫足立ちが適する。
3、敵が蹴りで来る場合に止むをえない場合は、急所を避けた場所を蹴らせて受ける。敵にはカウンターで致命的打撃を与えると良い。これは余程の自信が肝要である。
4、ピンアン二段(松濤館流の平安初段)の受け型をするが従来と異なり部分的集中力を以て敵足に打撃を与えると共に力を放散する事が必要である。
5、敵の蹴り足の脛に拳頭を以て突く。万が一外れても敵に致命傷を与えられない体勢を保持する事が肝要である。