あんな可哀想な熊さんを、そんな豆鉄砲で殺そうなんて……
例によって例の如き事熊と思いきや、何故か、熊を射殺しようとした者達を止めた女が取り出したのは……。
ほら、ゾンビものだって、ゾンビより怖いのは人間だったってオチが多いですよね。
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。
山から下りてきた、その熊は、下校中の小学生2人を襲い……最寄りの交番まで2㎞近い場所だったせいで、警察が地元の猟友会を召集し(と言っても、居たのは七〇過ぎの老人が1人だけ)迎撃体制を整えた(迎撃体制と呼べればだが)時には、既に最初の犠牲者である小学生2名は……詳しく描写すると小説投稿サイトの規約に引っ掛かるような状態になっていた。
万が一、この熊をここで倒す事が出来なければ、3日以内に小学生2名の体を構成していた物質の大部分は熊の体の一部か、さもなくば熊の肛門から排泄される糞と化すだろう。
ついでに、小学生以外の犠牲者も若干名出ていた。幸運にも即死したのが2人ほど。意識を取り戻した後に生きてる事を呪うような重症を受けたのが4人ほど。生きてはいるが意識を取り戻せるか、そもそも意識を取り戻すのとこのまま死ぬののどちらが幸運か判別困難なのが5名ほど。
「巡査さん、何か、変じゃなかかね?」
「何が?」
「あの熊……人殺しを楽しんどるよ〜に見えませんか?」
「だったら、さっさと殺処分にしないと……」
「何か……引っ掛かるのう……」
「やめろ〜ッ‼」
その時、拡声器を通した大音量の絶叫が轟き……。
「うわあああ……」
声に気付いた熊は警官と猟師の方に向かい走り出し……。
銃声……。
「えっ?」
猟銃の弾は、あっさり避けられた。
「しししし死にたくないッ……‼」
白バイに飛び乗った瞬間、警官は、バックミラーに写った熊の姿が、何かがおかしい事に気付いた。
熊の前足の指の数が、右左で一致していない。
片目が潰れている。
異常な速度にも関わらず……熊の後ろ足の片方は不自由そうだった……。
ドゴォッ‼
猟師の頭は、あっさりと吹き飛んだ。
「何、しやがんだ、お前ッ‼」
警官は熊から逃げながら、拡声器で大声をあげた中年女に向かい絶叫。
だが、中年女は、両耳から何かを取り出した。
「おい、お前、何やって……?」
警官は叫ぶが、中年女は身振り手振りで「耳が聞こえない」と云う事を伝えた後、足下に有った厚手の丈夫そうな布の大型バッグを開け始める。
どうやら、中年女が耳から外したのはスマホ用などのイヤフォンではなく、補聴器らしかった。
続いて、中年女はバッグから取り出した……ヘッドフォンにしてはゴツい……おそらくはイヤーカフらしきモノを装着。
更に……。
「や……やめろ……馬鹿……。何をする……」
猟銃のそれとは比べものにならないほどバカデカい銃声を最後に、警官は「キーン」と云う音以外聞こえなくなった。
ボゴオッ‼
熊は居なくなっていた。
そして……ようやく聴力が回復した警官は、対物ライフルでブン殴られた。
周囲は……何発も撃たれた……しかし、一発として熊に命中しなかった超高威力の弾丸のせいで、控え目に言っても酷い状態になっていた。
「この、糞ポリ公が、何て真似しやがったッ⁉」
ドゴォっ‼
さっきの一撃で、倒れ伏した警官の腹に靴の爪先が叩き込まれる。ちなみに安全靴だった。
「な……なにがだ……? そもそも……誰だ……お前?」
「うるせえッ‼」
蹴られた。
蹴られた。
蹴られた。
更に蹴られた。
「お前らが余計な事をしたせいで、あの熊を逃がしたじゃね〜かぁッ‼」
「余計な事をしたのは……ぐえっ‼」
警官の当然の指摘は硬質素材入りの靴の爪先を活用した肉体言語により遮られた。
「判ってんのか? あの熊は、隣の県で何人も人を殺してんだ。それをここまで、ようやく追い詰めたんだぞッ‼」
「と……隣りの県……どこ?」
「そりゃあ……」
中年女の言う「隣の県」は、隣は隣でも、本州の中心を背骨のように走る山脈を越えた「隣」だった。
「ちょ……ちょっと待て……まさか、あんたが、あの熊をここに追い遣ったのか?」
「結果的にはそうなるかもな」
「待て、あんたが余計な事をしなけりゃ、もしかして……」
「起きた事は仕方ない。未来を前向きに考えよう」
その時、警官の無線機が鳴る。
『おい、何やってる? 1㎞下の集落も熊に襲われてるぞ』
「行くぞ、あたしをそこまで連れてけ」
そう言って、中年女は対物ライフルを投げ捨てた。
「いや……武器は……?」
「武器なら有る。最終兵器だ」
「待て……」
「行け」
そう言って中年女は懐から……一九七〇年代のハリウッドの刑事映画で有名な……大型リボルバーを取り出した。
「えっ? それが最終兵器? でも、そっちのバカデカいライフルの方が……」
「違う。最終兵器は他に有る。これは、こういう風に使う為のモノだ」
中年女は銃口を警官に向ける。
「な……何の真似だ?」
「そのバイクに、あたしを乗せて熊が居る場所まで連れて行け。嫌だと言うなら……」
「お……おい、殺さないでくれ……」
「安心しろ、あんたが嫌だと言っても、両手両足を吹き飛ばすだけで勘弁してやる。殺したりはしない」
「はいいいいッ‼ お乗り下さいいいいいッ‼」
「あの熊、一体何なんだ? 何で、あそこまで……」
「あいつは、隣の県で、何回も猟師や無関係な人間を殺し……生き延びる度に悪知恵を付けてる。もう、あの熊は人間の手口を知り尽してる。無関係な人間を盾代りにした事さえ有る」
「どうなってんだ? どうして……そんな……」
「あたしの父親も……亭主も……その父親も……子供も……みんな、あの熊に殺された」
「そうか……同情はするが……あんたもやり過ぎだ」
「だが、あんな邪悪な熊は、そうそう居ない。あたしらの一家が、面白半分にあいつの子供を血祭りにあげて、あいつの片目を奪った位で……」
「えっ?」
「全く、畜生のクセに人間様を何だと思ってんだ? 子供なんて、また作りゃいいだろ? それなのに、女々しく人里まで下りて来て……」
「ちょっと待て、全部、あんたとその家族のせいか?」
「起きてしまった事は仕方ない。未来の事を前向きに考えよう」
「いや、あんたも家族の復讐を……」
「そんな事考えてないぞ。どうして、そんな結論になるんだ?」
「お……おい、待ってくれ。家族の復讐じゃなかったら、あんたのやってる事は……」
2人が熊の次なる襲撃場所に到着した時……そこは……。
「あたしの家族はクソどもばかりだった。実の親父も……亭主も……舅も……子供は言う事をきかないクソ餓鬼だった。子供達と同じく、囮に使った母親や姑も全部な……。あたしが、あいつを狙ってるのは……もう、あいつを殺す事以外に生き甲斐が無いからだ」
バイクから降りた中年女は……上着を脱ぎ捨てると……そこには……。
「あたしには……お前しか残ってない。お前にも、あたししか残ってない……。一緒に……死の……え? おい、待て、どこ行く? この薄情者がぁ〜ッ‼」
熊は……中年女の体に巻き付けられたダイナマイトを見ると一目散に逃げ出し……しかし、起爆装置のスイッチは既に入っており……。
邪悪極まりない人間の一家は遂に全滅した。
しかし、理不尽に子供を奪われた熊の復讐の旅は続く。
1人でも多くの人間を道連れに命果てるその日まで……。