短編小説『あの女は「魔族」だ』
現実に似ているが、某マンガの「魔族」そのものの存在が人間社会に紛れ込んでいる世界。
その世界に住んでいるある男は、あまりにもしょ〜もない経緯で、ある人物が「魔族」である可能性に思い到るが……?
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。
奴らは「魔族」と呼ばれていた。
元々は「魔族」ってのは一般名詞だが、たまたま奴らそっくりの特徴を持つ「魔族」が登場するファンタジー漫画が流行ってた時期に奴らの存在が明らかになったせいで、「○○○○(そのファンタジー漫画のタイトル)の魔族」と呼ばれるようになり……そして、いつしか「魔族」って言葉はファンタジーもののフィクションで使われる一般名詞ではなく、実在する特定の「人でないが、人のフリをするのが得意な、人に害を成す何か」の意味で使われるようになった。
奴らが人喰いだと言っても……まぁ、日本でも年間被害者数は自殺者よりは多く、奴らに殺された以外の理由なのが明らかな行方不明者よりは少ない程度だ。とは言え、奴らが居ない方がマシなのは明かだ。
だから、警察や自衛隊とは別に魔族を狩る為の専門組織……魔族討伐隊が結成された。
でも、現実の魔族は、例のファンタジー漫画に出て来る魔族よりも厄介だ。
当然ながら、判り易い角や尻尾は無い。何から何まで人間そっくりだ。レントゲンを撮って骨格を見ても、CTやMRIで内臓の配置を見ても、人間と見分けが付かない。DNA検査なら判明するが……それでも10に1回ぐらいは、魔族を人間と誤認したり、人間を魔族と誤認してしまうらしい。
ただ、魔族同士なら、ほぼ100%、目の前に居る相手が同族かどうかを判別出来るそうだが、人間のフリが出来るが人間じゃないモノが同族を裏切って人間に協力してくれる訳もなく、仮に、人間側に付いてくれる魔族なんてモノが居ても、あからさまに怪し過ぎて信用出来る訳が無い。
現実の魔族はファンタジーもののフィクションみたいにダンジョンに居る訳じゃない。奴らは人間社会に紛れ込んでいる。それも主に大都市の繁華街や一般的な住宅街を好む。魔族どもは人喰いであっても、2〜3ヶ月に1人喰えば人間の体内に有る魔族が生きるのに必須な未知の「何か」を十分補充出来るようで……要は人喰いとは言っても、食料その他の奴らにとっての生活必需品の95%以上は、人間の生活必需品と一致しており、人間にとって生活するのに便利な場所は、魔族にとっても生活するのに便利な場所なのだ。
つまる所、魔族は人間よりも戦闘に関する能力は上なのに、魔族を討伐する為に、町中で2次被害が出るような手段を使うのには制限が有る。例えば流れ弾が間違って命中すると関係者の責任問題になるような「何か」が有る場所では魔族討伐の為に強力な銃器は迂闊に使えないが、困った事に、魔族は、そう云う場所に住んでる事が多い。と言っても、平均的な魔族1人であれば、魔族討伐隊1個小隊で何とかなるらしいが。
魔族どもは人間のサイコパスのように……人間とは異なる思考パターンを持ちながら、人間の行動パターンを模倣するのが巧い。
そして、これまた人間のサイコパスのように、往々にして一見すると「魅力的な人間」に見え、被害者が何かおかしいと気付いた時には、もう手遅れって訳だ。サイコ野郎が、職場の上司や結婚相手や政治家になってしまった時に、ようやくヤバい奴と気付くが、その時には大概手遅れであるように。
たとえば、男性型で中年ぐらいの外見の魔族であれば「爽やか系のイケオジ」に見えるような行動パターンを取るそうだ。
もっとも、魔族だって、人類全体は餌や劣等種族として見ているが、特定の人間をリスペクトする事も有るし、人間が生み出した思想や学問に関しても「中々悪くない」と考える事も有るらしい。
……と言ってもスターリンとかナチスとか優生学とか「一見すると合理的に見えるが、現実では大惨事を引き起した」ような代物ばかりだが。……奴らは、それらの独裁者や狂った思想が失敗した理由を「正しい思想だが、能力が劣る人間には手に余った」と思っているらしい。
とは言っても、人間ってのは異常な状況に慣れてしまう。
日本の年間自殺者数が、今の1.5倍ぐらいだった頃だって、俺達のような奥床しく現実主義者で理性的な大多数の普通の日本人は「そんなモノだ」と思って、政府に何か手を打つように望んだりせずに、普通に暮していた。
今だって、それと同じだ。
魔族によって人が殺されるのは痛ましい話だが、それはそれとして日常生活は続いている。
例えば、魔族とは何の関係もないSNSの炎上とかだ。
最初、俺は、そいつを単なるSNSでバズってるだけの糞フェミ女だと思っていた。
で、そいつの明らかに間違った主張を短文でズバッと論破してやった。
だが、その頭が悪い女は、俺の投稿の意図が何なのかをネチネチネチネチと問い詰めてきやがった。
おいおい、ネット・ミームと化してる有名なフレーズを知らないなんて、この女、どこまで情弱なんだ?
俺は、優秀な頭脳を駆使して、そのSNSの文字数制限の3分の1しか使わない短文で、その馬鹿女にわからせを決行した。
これでも、俺は大学講師だ。女の中にも俺より頭が良いのが居ないとは限らないが、そんな女は天然記念物並に少数しか存在しない筈だ。
だが、その馬鹿女は、自分が既にわからせ完了されてる事さえ認識出来ない馬鹿女だったようだ。
短文でズバっと決める俺の頭のいい投稿と、長文でネチネチネチネチとヒステリーを起こしてやがる頭の悪い女の投稿のやりとりは何日にも渡って続き……。
『あんた幻覚でも見てんのか?』
俺は、ネットミーム化している某マンガの1コマを貼り付けて、この面倒な論争ですらない論争……理性的な俺とヒス女の噛み合わないやりとり……を終りにするつもりだった。
『あなた、その漫画のそのコマの前後をちゃんと読んだんですか?』
はあ?
『それ、「あんた幻覚でも見てんのか?」って言ってるキャラが、実は間違ってたって話ですよ』
あ〜あ、これだから女は……。
ネットで得た適当な知識を賢しらに投稿して恥を……。
SNS上で「恥をかいた」と見做されてるのは、どうやら、俺らしかった。
って、何で、そうなるんだよ? たまたま、あの馬鹿女が言ってた事が正しかったぐらいで。
仮に、あの馬鹿女が言ってる事が全部事実として正しくて、俺の言ってる事が全部事実として間違っていても、現実主義的で理性的で合理的なのは俺の方だろ。
日本語が読める人間なら、そう思うのは明らかだ。
更に、信じられない事に、その馬鹿女は、分野こそ違ったが、俺と同じく学者で大学教員だった。
それも、俺が四十代半ばで非常勤講師なのに、向こうは三十代で教授だった。
しかも、俺が非常勤講師をやってる大学より偏差値が上の大学の……。
おい、待て、何か、おかしいだろ。
ああああ……糞糞糞糞糞糞糞……わからせてやる。
この女だけじゃなくて、世間そのものに……わからせてやる。
明らかに不正な手段で、俺が非常勤講師をやってる大学よりいい大学の教授になりやがった糞女が、とんだ阿呆だという事を……。
そうすれば……俺も四十代の博士号持ちなのに非正規雇用って境遇から抜け出せる筈……。
そして、あの糞女が教授をやってる大学の顧問弁護士から内容証明付きの郵便が届き……。
無視していたら……まぁ、その何だ……。
もちろん、あの糞女に反感を持っている奴は少なからず居た。
だが、彼等が寄付してくれたカンパは、裁判費用と糞女への名誉毀損の賠償金にさえ足りず……俺は実の親に対して俺俺詐欺をやる羽目になった。
「あの女、魔族じゃないですかね? 先生は魔族にハメられたんですよ」
俺を応援してくれていた……SNSのプロフィールでは「フリーの編集者。主にマンガ雑誌の編集を担当」がSNS上で、そう言ってくれた。
あ……ああ……そうだ。
魔族どもは、人間性を欠いているが……相手の人間性そのものを利用して人間を罠にハメるのは巧い。
そうか……奴が魔族だとすれば全ての説明が付く。
明らかにおかしい事を言ってるのに……名誉毀損の民事裁判では奴の方が勝った。裁判官すらも、あの女の魔族としての人間を騙すノウハウや本能によってたぶらかされたんだ。……そうだ、そうに違いない。
そして、SNSのアンチ・フェミ界隈で有名な自称「認知プロファイリング探偵」氏が、あの糞女のSNS上での発言を元に、あの糞女が実は魔族だという証拠を見付けてくれた。
「あの……何やってんですか? 関係者全員にすぐ連絡を取って集めて下さい」
あの糞女が魔族だという証拠を持って、魔族討伐隊の地元支部に出頭すると、まず言われたのが、それだった。
「えっ?」
「この話、SNS上で堂々とやってるんですよね? せめてDMか鍵アカでやって下さい。いや、鍵アカだって数百人とかフォロワーが居るアカウントだと危険ですよ。そのフォロワーに1人でも、貴方達が魔族だと推理した女性の手先が居たとしたら、どうなると思います?」
「あ……」
「もう、既に、この女性は、貴方達が自分を魔族だと突き止めた事を知っています。貴方と貴方に協力した方々の身の安全の為、この女性を我等が処分するまで、貴方達は我々の施設で保護させていただきます」
「あ……でも……仕事が……」
「仕事と命のどっちが大事なんですか? 職場へは我々の方から連絡します」
保護されてる筈なのに、どう見ても、そこは刑務所だった。
魔族討伐隊から説明された保護施設の規則は刑務作業が無い以外は刑務所の囚人向けの規則並に厳しかった。
部屋は……ちょっとマシな刑務所の独房だった。ベットはフカフカ、毛布も上等なモノらしいが……トイレは別室じゃなくて部屋の中に設置してあった。もちろん、部屋のドアはやたらと頑丈。
いや、待てよ、刑務所か何かを改造した場所なのか、ここ?
たしかに、「中に居る奴が外に逃げないようにする」施設は、「外から来る敵から中に居る奴を守る」のにも転用出来そうだ。
「シャワーの時間ですよ。あと、貴方がシャワーを浴びてる間に、夕食の食器の回収と、簡単な部屋の掃除を行ないます」
ブ厚い鉄のドアがノックされた後に、職員の声。
ドアが開くと……簡素な作業着に帽子の職員が居た。
名札は付けてるが、職員番号らしきモノは印刷されてるが、本名や所属部署などは無し。それと……。
ともかく、俺は、その職員に案内されてシャワー室に向かった。
でも、何か気にかかる。
何で、職員のネームプレートには、職員番号の上に「Sonderkommando」なんて書かれてるんだ?
「特殊部隊員」って、どう言う事だ? しかも、何でドイツ語?
いや、待て、聞いた事が有るぞ……「Sonderkommando」には別の意味も……たしか……ナチスのユダヤ人収容所で先に殺された同胞の死体の始末なんかの雑作業をさせられてた……。
と、個室タイプのシャワー室の中で、体を洗おうとした時になって、ようやく、そこまで気が付いた。
まずい。
ひょっとして……魔族討伐隊そのものが魔族に乗っ取られていたのか?
あ……嘘だ。
シャワー室のドアが開かない……。
助けて……。
そして、どこからともなく、シュワ〜って音が……。
「やれやれ、我々の同胞の中でも脳力が低い者達は、擬態の為に自分が人間だと思い込む方法を取っているらしいが……やはり、どこかでボロが出るな」
「全くだ。自分を人間だと思い込む事で人間のフリをしているクセに、同じ人間を安易に化物扱いするのは人間の中でも異常な状況に置かれている者か元からの異常者だけだという事に気付いていないとは」
「同胞とは言え馬鹿どもが増えると、人間を喰い尽くしかねん。我々は人間を喰わねばならんからこそ、人間と共存する必要が有る。その為には、馬鹿どもを間引き、我々の人口を適切な数に押える必要が有る。優れた者のみが生き残ればよい」
「だが、妙だな。馬鹿どもを間引いている筈なのに、脳力に優れた同胞同士の間から生まれる子供にも一定数の馬鹿どもが居るのは、どういう訳なのだ?」
「まだ、間引きが足りんのかも知れんな。我々の中から馬鹿の遺伝子を駆逐する為には、我々の人口を……種族の維持・存続が可能なギリギリの数まで減らす事も検討すべきかも知れん」
「そうだな。人間が考え出したにしては、優生学というヤツは中々結構な思想だ。そう大きく間違っている事は考えにくい」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?