短編小説『中華名菜「覇王別姫」』
※ネタバレになりますが、食事前の方は読まないで下さい。
そこは、この現実世界に似ているが、様々な「異能力者」が存在している事が2000年に起きたある事件で明らかになった平行世界の地球。
ある妖怪系ヤクザ組織を理不尽な理由で追放された河童と鳶天狗の妖怪系変身能力者夫婦は、再就職先の為に「金さえ有れば、どんなヤバい『遊び』も出来る」人工島へ赴くが……?
人と「人に似ているが人でない者達」の区別が曖昧になった世界でも、やはり存在する「人外よりロクデモない人間」の馬鹿馬鹿しくも恐ろしい企みとは……?
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。
「はぁ……妖怪系ですか……。でも、ありきたりな能力ですね……。奥さんの方の『空を飛べる』も、精々、滑空なんでしょ?」
再就職は圧迫面接って奴から始まった。
ポリコレ・コンプラが当り前になった俗世間とは違い……と言うか、どこに、どんな異能力者が居るか判んない御時世で、パワハラ・セクハラをやったら、自分の命が危ないし、しかも殺され方は「裁判で使える証拠が一切無し」なモノである可能性さえ有る……ここは、ぶっちゃけ「自警団」を名乗る犯罪組織だ。
10年ほど前の富士山の噴火……「神様クラスの超・ウルトラ・スーパー・マーベラス・アメイジング級の異能力者の仕業」なんて噂も有るが、流石に信じてるのは余程の馬鹿だけだ……により首都圏が壊滅した後に出来た、人工島「NEO TOKYO」の1つ通称「千代田区」……それが、あたしと亭主(内縁だが)が居る場所だ。
大量に発生した「関東難民」達は、日本各地で差別されてるが、奴らが人間扱いされる数少ない場所が、この「NEO TOKYO」だ。だって、住民に、自治組織や警察の代りに治安維持をやってる「自警団」のメンバーの大半が「関東難民」なんだから。
あたしと亭主は、ついこの間まで、九州3大暴力団の1つ「安徳ホールディングス」の末端組織の組員と言うか社員だった。
でも、訳の判んねえ理由で、いつの間にか「組」を追放されてた。
わざと、ある広域組対の刑事の「御厄介」になれ、そして、そいつに「逮捕・勾留・取調べを『金で解決』出来ないか交渉しろ」。
それが、あたしと亭主が所属してた「組」の更に上部組織からの命令だった。
どうやら、後で考えると……刑事を警察内の「S」に仕立て上げる一大プロジェクトの一貫だったようだが……。
そして、腐れ刑事が、まんまと罠にハマり、あたしらの「組」の上部組織の更に上部組織あたりの「犬」と化した頃、用済みになった、あたしと亭主は……。
あたしも亭主も、いわゆる「妖怪系」で、亭主が河童、あたしが鳶天狗への変身能力持ちだった。
今時、珍しくもない。
2000年9月の例の事件で、超能力者は自分で思ってたよりも自分の同類が世間にウジャウジャ居る事を知り、魔法使い系は、妖怪系は、変身能力者は、改造人間は以下同文になってから、もう30年近くだ。
そして、仲間の手で、筑後川に沈められる事態を、かろうじて回避したあたしら夫婦は、「金さえ有れば、どんなヤバい『遊び』でも出来る」と言われてる、この「千代田区」(通称)の「九段」地区(通称)に逃げのびた。
「まぁ、一応、上の方に……ん?」
再就職先の面接官の携帯電話が鳴った。
「はい? えっ? どう云う事で……? あの……聞くなと言われても……はぁ……」
その電話は、面接官の上司からのものらしかった。
「あの……採用です」
「へっ?」
「採用です。……えっと、詳細は、明日、私の上司が直接お話すると……」
「はぁ……」
「はぁ……」
あたしと亭主は、ほぼ同時に、息は合ってるが間抜けな声を出した後、顔を見合せた。
「どうなってんだ?」
「さあ……?」
あたしらが案内されたのは……この人工島でも一番高いビルの最上階のスイートルーム。
ドアの外には、何故か、護衛達。どうも、物理攻撃系・魔法使い系・変身能力者系、全部取り揃えたチームらしい。
「どっちみち……マズいと判っても逃げられねえよ……」
あたしは、ベランダに出て、そう言った。
ああ、クソ、あの面接官は……良く判ってやがった。
あたしは鳶天狗に変身しても……滑空がせいぜいだ。こんな高い場所から飛んで逃げるのは無理。
亭主を連れてだと、更に無理。欠点だらけだが、10年以上連れ添った相手を見捨てるのは、流石に最後の最後の最後の手段にしたい。
「ん?」
夜の闇の中に……輝く2つの……ビー玉? いや……違う……小動物の目だ?
「フェレット? 何で?」
イタチのような姿の……でも、もっと小さい名前も知らない動物が……高層ビルのベランダに居て……あたしを凝視めてる。
考えられるのは……「魔法使い」系の奴らの「使い魔」か……。
「クソ、やっぱ、このドア……内側からじゃ開かねえよ」
部屋の中では、亭主が、そうボヤいていた。
「すいません、あと1ヶ月で御二人の体質を徹底的に改善していただきます」
「へっ?」
「へっ?」
昨日の面接官の上司らしい奴に、そう言われて、あたしと亭主は、昨日と同じく、ほぼ同時に、息は合ってるが間抜けな声を出した後、顔を見合せた。
「お酒は、ごく少量。食事は、こちらが出すものだけ。部屋を出られるのは、こちらが許可した時だけ。毎日、規定のトレーニングを行なってもらいます」
「あ……あの、どう云う事で……?」
「訳は言えません。何組かの候補者に同じ事を行なってもらっていて、成功・失敗に関係なく、1ヶ月後には規定の報酬を払う、とだけ申し上げます」
提示された報酬は……まあ、あと20年は遊んで暮せそうな額だった。
「何か……キュウリもトマトも……あと、これ小松菜? それともチンゲン菜? どれも、すげ〜味が濃いな」
「うん……有機栽培か何かかなぁ……?」
毎食のメニューは、どう見てもヴェジタリアン向けだった。
油っ気も少ない。
味付けも動物性の素材は使われてないようだ。
しかし、素材が上等なのと、料理人の腕は確かなようで……結構、美味い。
でも……何か気になるんだよなぁ……。
朝食が終るとトレーニング・センターに移動させられ(もちろん監視付き)、適度な運動をやらされ……。
昼飯もヴェジタリアン向けらしいが、超高級素材の超一流料理人が作ったらしいモノ。
あと、更に運動をさせられ……けど、ヘバる程じゃない適度な運動。
更にスパにマッサージに……そして、高層ホテルの最上階に戻され……ああ、晩飯も美味いけど、腹が減ってるんで、もっと食いたい……。
晩飯には、申し訳程度の酒が付いてきたが……これがまた、あたしら夫婦みたいな味音痴にさえ「この先、一生飲めるかどうか判んない」級のすげ〜代物だって事だけは判った。
「ああ……あんだけの金もらっても……この先、普通の飯と酒に満足出来なさそうな気がするなぁ……」
「けど……一体全体、何だったんだろ?」
約束の1ヶ月はまったりと過ぎ……。
「おお……素晴らしい、予想以上だ」
一応の就職先の担当者も1ヶ月ぶりに現われて、あたし達、夫婦を見て、そう言った。
「はぁ……ありがとうございます」
「では、ちょっと、お願いが有るのですが……御二人とも変身していただけますか?」
「へっ?」
「へっ?」
あたしら夫婦も、また、1ヶ月ぶりに……ほぼ同時に、息は合ってるが間抜けな声を出した後、顔を見合せた。
「訳は訊かないで下さい。でも、こちらの眼鏡にかなえば……報酬は増額します。倍でどうでしょうか?」
「は……はぁ……」
訳も判らぬまま……あたしは鳶天狗の……亭主は河童の姿になり……そして……。
あれ?
何だ?
体が動か……あ……えっと……「魔法使い」系の奴が、あたしらに金縛りでもかけ……。
おい、何だ、あいつらは?
筋肉ダルマどもが何人も……その内2人は、何故か青竜刀みたいなゴツい刀を……。
あたしと亭主は動けないまま……。
おい、やけに手際がいいな、こいつら。
いつの間に床に防水シートを……。
たすけて……ころされ……。
『金さえ有れば、どんなヤバい「遊び」も出来る』
そう言われている、その町でも、年に1度有るか無いかクラスの豪遊を行なっている外国人観光客の一団が居た。
そして、その日は……3日間にかけて行なわれた満漢全席を模した「裏」の宴席の最終日だった。
生産国では、殺したり……まして死体を国外に持ち出したりすれば手が後ろに回るような野生動物を使った料理さえ……前菜か、前菜の更に前の御茶請けでしか無かった。
客は、人肉料理でさえ、何度も食った事が有る「裏」の食通達。
彼等を満足させる事が出来るメインディシュは……。
「では、本日の目玉料理、中華の名菜『覇王別姫』でございます」
恐しく巨大な皿に横たわっているのは……スッポンに見立てられた河童と鶏に見立てられた鳶天狗だった。
そして、この2人は、料理の名前の由来になった京劇の主人公である覇王・項羽と、その妃の虞美人のように……生前は夫婦であった事を、司会者は客達に説明したのだった。
覇王別姫:
中国の京劇の演題の1つ。覇王・項羽と、その愛人である虞美人の死別を描く。
スッポンと鶏(主に烏骨鶏)の煮込み料理の事。スッポンを意味する「八忘」が「覇王」に、「スッポンと鶏」を意味する「鼈鶏」が「別姫」に発音が似ている事による洒落。
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