短編小説『誰が誰の為に書いたんだ、この処方箋?』

薬局にやって来た患者が持っていた処方箋。
良く見ると何かがおかしく……?
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「おい、まだかよ? 午後一には会社に戻らねえといけねえんだよッ‼」
 そのガラの悪そうな中年の男の患者は、俺が働いてる薬局の中で、どなり散らしていた。
 やれやれ……鬱とパニック障害の薬を処方されてる割には元気なものだ。
「すいません、永坂町に有るハートフル薬局ですが、そちらの古川先生が処方された処方箋を持って来られた患者さんがウチの薬局に来てまして……」
『ちょっと待って下さい。あの……心療内科の古賀クリニックさんの隣の薬局さんですよね? そちらの薬局って、ウチの病院から……』
「ええ、そちらの病院から四〇〇mは離れてて、しかも、そちらの病院の向かいに別の薬局さんが有るのは知ってるんですが、何故か、ウチの薬局に、そちらの古川リョウ先生が書かれた処方箋を持って来られてて……」
『は……はぁ……処方箋の日付は?』
「今日ですが」
『今日? おかしいなぁ?』
「へっ?」
『古川先生は、午後から大きな手術が入ってて、午前中は、その手術の準備や打ち合わせで……診察はやってない筈なんですが……』
「じゃあ、何ですか、この処方箋? ともかく、古川先生を呼んで下さい。何か変な処方箋なんです」
『えっと……どんな処方箋で?』
「健康保険が効く中でも、一番強力な精神安定剤を、副作用が心配になる位の量、処方されてて……念の為、確認を」
『えっ? 何って言いました』
「いや、何を確認したいんですか?」
『処方箋に書かれてる薬の種類です』
「精神安定剤。とびきり強力だけど、副作用もエグい奴。それを、医者か薬剤師が処方箋見たら、こんな処方箋書いた医者の方が精神科を受けた方がいいと思う位の量」
『精神安定剤……ですか?』
「はい。さっきから、そう言ってるでしょ」
『古川先生は、心臓外科の先生ですよ』
「じゃあ、何で、精神安定剤を処方されたんですか?」
『判りません』
「そっちの病院の先生でしょッ?」
『おかしいなぁ……でも、古川先生は、今、昼食休憩中で……』
「病院支給の携帯電話なんかは無いんですか?」
『ちょっと待って下さい』
 ……。
「まだかッ‼」
 …………。
「おせえぞッ‼」
 処方箋書いた医者も変だが……患者もクレーマー野郎かよ。
「どんな薬か判んだろうがッ‼」
 そりゃ、判ってますよ、こちとら薬剤師なんで。
「その薬を早く飲まねえと、こちとら、マトモに仕事が出来ねえんだよッ‼」
 休職して、自宅に引篭った方がいいよ、あんた。
「俺だけじゃなくて、客も迷惑すんだよッ‼」
『あの……古川先生、病院支給の携帯電話を御自分のオフィスに忘れていってました』
「じゃあ、どこに居るんですか?」
『仕方ありません、緊急なんで、古川先生の個人所有の携帯電話の番号を教えますから』
「すいません」
 その番号に、かけた。
 すぐに出た。
 こっちも向こうも一言も言わねえ内に切れた。
 かけなおした。
『この電話は、現在、電源が切られているか、電波の届かない所に……』
 どうなってんだよ?
 あれ?
 クレーマー患者は……さっきまで騒いでたのに……呑気にスマホを見てやがる。
 まったく……。
 ん……何だ、あのクレーマー、何で、顔色が真っ青になってんだ?
 しかし、どうすりゃいいんだよ?
 こんなモノ処方して、何か有ったら、俺や、この薬局も責任……ん?
 あれ?
 どうなってる?
 何で、俺、この処方箋が出された時に気付かなかったんだ?
 でも、こんな偶然、有るのか?
「すいません」
「何だよ? 薬、まだかよ……」
「え……えっと、形式的なモノなんですが……健康保険証を確認させて下さい」
「はいはい、これでいいのか?」
 (って、ホントに偶然か?)(本当にそうか?)

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