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人形遣い① 探索者狩り
東国と西国の交易拠点として発展した、砂漠の商業都市ゾフォル。
その都市のそばに口を開けた古代の墓所が発見されてから約1年。
数え切れないほどの宝物と、それと同じぐらいの数の異形が蠢くこの迷宮には、多くの人々が流入していた。
多くは探索者として。その他は迷宮に住み着くものとして。
第1階層。
俺は酒場で知り合った仲間3人と、1ヶ月前から地下迷宮へ潜っていた。
どいつもそれなりに腕に覚えありの力自慢。元兵士に用心棒、山賊あがりの奴もいる。
新たな稼ぎ口を求めてやってきたこの迷宮だが、浅い階層にたいしたお宝は残っていなかった。探索され尽くされているのだ。
だが、4階層より下にはまだ相当の宝が眠っているという。問題はそこにいる化け物達は低層のものとはレベルが違うことだ。
低層の化け物は巨大な昆虫や動物に獣人、動く死体がせいぜいだが、第4階層より下には、砂人、巨人、竜など、神話の世界でしか聞いたことのない化け物がいる。
そんなやつらとまみえて、生きて帰ってくるのは探索者のほんの一握りだけ。
化け者共と戦うのなんて、俺はごめんだね。 この迷宮で金を稼ぐにはもっとクレバーな方法がある。 「探索者狩り」だ。
この迷宮にやってくる奴らは、どいつもこいつもワケあり者ばかり。
娑婆にいられなくなって、着のみ着たまま逃げてきたやつがほとんどさ。
そいつらの相場は決まっている。盗人か人殺しか、いずれにしろ罪人だ。
死んでも探す奴なんて誰もいない。社会の爪弾き者。そんな屑どもの金をいただいて何が悪い?
おっと、噂をすれば無造作に歩いてくる奴がいる。
通路の角から鏡で覗く。
棒立ちでずかずか歩いてくる2m近い大男。周りには全く無警戒だ。
色黒に後ろで縛った黒の長髪、がっしりとした出で立ちはいかにも南諸島の蛮族という雰囲気。
その後ろには腰を曲げた背の低い老婆。
フード付きのローブをすっぽりかぶり、裾を引きずって歩いている。
後ろの老婆はおそらく大男の縁者で、2人で迷宮まで逃げてきたってところだろう。
注意すべきは大男だが、足さばきは明らかに素人。
甲冑も着ず、ただの服を着て、やたら長い剣を背中に背負っている。
奇襲をかければ抜く前に殺せる。
足音が近づいてくる。
もうすぐ俺たちが潜んでいる曲がり角だ。
おれは一緒に潜んでいる3人に小声で伝えた。「まずは4人がかりで先頭の大男を殺る。後ろのババアはその後だ」
先に2人が奇襲で切りつけてから、残りの2人が時間差で現れてとどめを刺す。
単純だが、数の優位があれば必勝の策。
曲がり角の近くで響いた大男の靴音を合図に、前の2人が飛び出す。
何組もの探索者達を始末してきた動きに淀みはない。一拍おいて、俺ともう一人が飛び出した。
しかし、そこには先に出た2人の姿はなく、すでに剣を抜いている大男。
真新しい死臭を左手に感じ、横目でみると、2人仲良く壁にもたれ掛かっている。壁にもたれた2人の顔半分はザクロのように吹きとんで、壁面に真っ赤な華を咲かせていた。
状況は全く理解できないが、体中に走る悪悪寒。ここにいたら間違いなくヤバいことだけは分かる。
そもそも「探索者狩り」なんて、人の道に外れた生き方だ。一目散に逃げて足を洗おう。もう十分金は稼いだ。俺の罪を知らない見知らぬ町で行商でも始めよう。
反射的に、一緒に飛び出したもう一人の背中を蹴りとばす。大男の前に倒れ込む元仲間は、あっけにとられた顔で振り向く。
俺はこの隙に逃げさせてもらう。悪く思うなよ。
次の瞬間、大男の後ろのフードの中の目が光り、老婆のしゃがれ声が響いた。
『動くな』
全身に針金が巻き付けられたような感覚。 足の裏が床に接着されたように動かない。
固まった足下に目を落とした刹那、ぐしゃり、という音がした。
今まで聞いたことのない不快な音。
目を上げると、さっき蹴り飛ばした仲間が、うつ伏せで倒れている。
首から上はなく、かつて頭のあったあたりを中心に、爆発したような血が放射状に伸びていた。
震えが止まらない身体の前で、剣を持った大男の両手の前の空気が、歪み、そして消えた。
それが俺の最後の記憶になった。
「今のやつ、見逃してもよかったんじゃない?戦意失ってたろ。」
そう呟き、大柄な人影が剣を振ると、刃に付いた血が床に飛び散った。
「ああいう輩は、見逃してもどこかで罪を重ねるだろうよ。ここらで幕を引いてあげるのが人の世の情けってもんさね。」
老婆のような声で、フードを被った人影が応える。
「それが人の世ってやつなのかい?アシュリー。」
「そういうもんさ。世間知らずのナユタにはわからないだろうけど。だいたい私は動きを止めただけ。叩っ切ったのはあんただよ。」
そういうもんかね。と、呟いて、ナユタは歩き出した。
街の空気は落ち着かなかった。それに比べて、ここは居心地がいい。
獣の気配、緊張感、そして全力で力を振るう悦び。
生まれ育った山の広大な緑を思い浮かべながら、ナユタは第2階層への階段を下り始めた。