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☆2024年夏 ぼっちハイキングで遭難しました その4☆

三峯神社参道で清浄の滝を目指した
急こう配の坂でバランス崩し
ぼきっ!と体内に乾いた音が響き
人生初の骨折!
どうにか救助隊に救出して頂いたのですが搬入先病院が決まらず
その先には驚きの病院が

漸く救急車に乗せられた私ですが、行く先の病院がなかなか見つかりません

救急隊の方は一生懸命探してくれましたが断られてしまいます

そんな状況下で救助隊の一人が提案して来たのが×クリニックでした

「×クリニック、×クリニックに電話して、あそこなら受け入れるから」

やっと発車した救急車は秩父駅方面に向かいます
雨はパラパラと先ほどより強く降り始めていました

今までの経緯はこちらの記事に書きました、もし宜しければご覧ください
↓ ↓ ↓ ↓ ↓


驚きのクリニックとの出逢い


どの位かかったのか覚えていませんが、秩父駅から三峯神社まではバスで一時間位かかります、救急車でしたから30分位でしたでしょうか、

漸く指定されたクリニックに到着しました、時間は16時少し前だったかもしれません

雨は強く降り始め、私は担架に乗せられて病院に運び込まれました

人生初の救急搬送
隊員の方々はとても親切でプロフェッショナルでした

少し古びた雰囲気の佇まいの病院で、整形外科やリハビリテーションをメインにしているようでした

ここで治療が受けられると、その時は安堵した気持ちでいました

お世話になった救急隊の皆さんとはここでお別れです

本当にお世話になりました、、、私の不注意のせいで申し訳ない気持ちで一杯になりました

応対に出たのは50代位の愛想の無いナースでした

「マスクしてね、マスク」

バックに布マスクが一枚ありましたが、失念していた私は、受付でマスクを一枚購入しました、事務局の方々はとても愛想よく親切でした

地獄に仏とはこの事、、、

愛想ないナースを見て少し不安な気持ちになりましたが、母の介護を通して地方のナースはこんなものだと思っていたので仕方ないなと思いました

地方差別だと不快に思う方もいるかもしれませんが、私の経験値だと、人口密度が高い病院のナースの方が愛想も良いし親切だと思います

病院数が少ない地域だと医師もナースも、、、という経験を母の介護で感じていました

まず通されたのはレントゲン室でしたが、なんと胃のバリウム検査をするレントゲン撮影台でした

整形外科専門病院なのにバリウム検査のX線撮影機?

と、少々不安になりました(後にお世話になる病院では問題なかったと言われました、機器の種類と映像は関係ないという事ですね)

レントゲン室で待つ間、もう一人ナースが来て私の足の応急処置をしてくれました

愛想が無くても不親切でも、看護の仕事はてきぱきとしてくれました、やはり年月に勝るスキルは無し、、、なんて思ったりして

何とか靴を脱ぐことに成功し、その時は名称を知りませんでしたが、シーネと呼ばれる固定具を付けて、氷で冷やしてくれて少し楽になりました

処置して下さったナースお二人に深くお礼を伝えました

撮影台の上に乗せられると60代後半の白衣を着た男性が入って来て、無言のまま撮影を始めました

後から知るのですが、診療放射線技師はおらず(雇用していないのか、休みなのか不明)この方が院長のようでした

動けない私に診察結果待つまでナースが車いすを用意してくれました

私が今後についてナースに尋ねると

「あ、うち、入院施設ないんですよ」と答えた
「昔は病床あったのだけど閉めちゃったのです」

救急搬送受入れたので、てっきり骨折治療と必要なら入院させてくれるのだと思っていた私はかなり驚きました、絶望感が顔にも出て居たと思います

「詳しい事は先生に聞いてください」

そりゃ、、、先生には聞きますが、、、

何なのこの医者?この病院??


暫くすると呼ばれて診察室に入ると、先ほどX線撮影をしたシニア男性がいました

この方が院長兼診察医師のようです

私の顔をちらっと見ると「アンタの怪我は左足首骨折だね」レントゲン映像を見ながら言いました

「病名はこれ、この名前言えば医者は分るから」
何かメモ書きして渡して来ました

メモに書かれていたのは 

三果骨折

メモには病院名がスタンプで押されていました

後から知りましたが(後から知る事ばかり、、、)、足首の骨三本折ってしまったのですね

正式の診断名は、

三果脱臼骨折

とされました

これは後から行く総合病院での診断です、激しく骨折するとその拍子に脱臼もするとか、、、多分、腱も切れてますね~と、色々外傷盛沢山です

「早急に手術しないとダメだ、アンタ歩けなくなるよ」
医師はレントゲン映像を見ながら私の方は見ずに続けて言います

「こちらで手術出来ないのでしょうか?」
と早急に要手術と言われて驚いた私が聞くと、院長は
「あ、ここではそういう事やってないから」

そういう事ってどういう事???

今は地元病院で診断して貰い、どこか対応可能な病院を紹介して頂く紹介制度に厚労省が変更した事を思い出し

「どこか手術して下さる病院を紹介して頂けないでしょうか?」と再び質問

「ああ、うちそういうのやってないの」知らんがな~な雰囲気で答える院長
「自分で見つけて、必要なら紹介状書くから」

何なんだろう、この病院、、、段々腹立ってきたが、一応社会人なのでぐっと堪えて下出に出る私、、、

しかし、こういう下出に出る患者の卑屈な態度が、こういう(どういう?笑)医者を作り上げているのかもしれぬ

「アンタ、スマホ持っている?この映像撮影して医者に見せて、見せればわかるから」

というより次の病院でも同じ診察を受けるだろうし、この医者の診断は要らないんなじゃないだろうか、と思いながらもスマホで自分のレントゲン写真を撮影する私、、、

言われてスマホで撮影した映像
どこが折れているのかわからない
これは折れた場所が少しわかるかな、、、


今なら少し分かりますが、その時はどこがどう折れているかもわからず、画像の説明も無し、何より私の患部を見る事もしない

「あの、骨折した場所から何か体液が沁み出て居るのですが解放骨折ではないでしょうか」と聞くと

「解放骨折ではないね」と老医師

「ではどうしてこのような体液が沁み出て居るのでしょうか」
と食い下がる私

「次の病院で診てもらって」と老医師

オマエ~~~怒 (心の声です)

診察時間は3分も無かったかもしれません

要はここでやる事(出来る事?)は診察、診断、応急処置のみ

あとから入院先のNP(ナースプラクティショナー、ドクターズナース、博士課程を習得しているナース)から説明を受けたのですが、骨折により衝撃を受けた筋肉や腱が膨張し、肌をけ破ってしまう症状との事

この症状が出ると肌が過敏になるせいか、手術が出来なくなるそうです

この秩父の病院にいた時に起きていたのは膨張し始めていた筋肉や筋膜や腱が私の肌を押し破り始めて体液が漏れていた模様です

私はこの症状が出てしまい長く入院する事になりました

説明が長くなりましたが、話を元に戻しますと、、、

診察室から出た私に、例の愛想のないナースが「どうやって帰りますか?」と畳みかけるように聞いて来ました

どうやって帰るも歩けないし、、、今から秩父奥地まで迎えに来てくれる友人なんて誰かいるだろうか、、、(嗚呼、ボッチ過ぎて友達少ない私)

病院は駅が見える位近いのでタクシーも拒否られそうな、何とか秩父駅まで歩いてレッドアローに乗り、そこからタクシーか?

それとも地元タクシーを呼んでこのまま自宅まで運んで貰おうか?

「この辺りのタクシーは東京まで行かないし、クレジットカードも使えないと思う」とナースの一言「誰か迎えに来てもらってください」

外の雨は段々激しくなってきました

「あの、、、」会計済まし処方箋を持って呆然としていた私に事務の女性が声かけてくれました

「その足だと薬局に行けないと思うので私が代わりに行きますよ、痛いでしょう?」と優しく笑いかけてくれました

地獄に仏、、、再び、、、

この方は雨の中、薬局まで行き薬を取って来てくれました

「お薬、今飲んだ方が良いですよ、痛み少し収まると思います」

本当に有難うございます!

こんな親切や思いやりが心に沁みます

薬の知識は皆無の私でしたが、事務員の女性から渡されたのは溢れんばかりのカロナール300(これを書いている今、鎮痛剤には詳しくなりました)

これを一日3錠、三回と処方されていました、カロナールを一日2700とるという計算になります

多いのか少ないのかまるで分からず、取り急ぎ、この薬を三錠飲みました

この病院からもらった薬など捨ててしまおうかと
思いましたが
親切な事務員さんを思い出し手元に置いてあります
未だに痛むので時々一錠服用、、、
捨てなくて良かったw

今思いだそうとしても、この時痛かったかどうか、記憶にありません

ただ、ひたすらどのようにして、ここから出たら良いのか、帰宅したら良いのか、どの病院に行けば良いのか、頭の中は一杯になっていました

外は激しく雨が降り出し、いつの間にかゲリラ豪雨となっていました

思案の末、従妹に迎えに来てもらう事に

従妹は仕事中にも関わらず心良く迎えに来てくれると言ってくれました、今、ワンオペで子育てしていて大変なのにも関わらず、従妹の協力に胸が熱くなりました

それでも車で飛ばしても到着まで2時間はかかります

従妹を待つ間、松葉杖の練習をすることになりました

理学療法士(PT)さんとの出逢い


私はそれまで理学療法士という職業を知らないでいました

恥ずかしい事に、母が怪我をした時にお世話してくれるリハビリの担当者位の認識でしたが、今回の私の大怪我回復に大きく貢献してくれた(くれている)国家資格を取得した凄い人達です

この病院でも理学療法士さんがいて、私に松葉杖の使い方を教えてくれました、が、とてもうまく出来ません、でも何とか歩かないと、もうこの場、直ちに困ります

片足立ちの両松葉はかなり大変でした

しかし左足はつく事も出来ませんし、松葉杖も怖くてうまくいきません

それでも根気よく親切に助けてくれて、暗い気持ちだった私の気持ちが少し明るくなりました

「この病院も昔は病床があって簡単な手術はしていたのですよ」とPTの方

きっと医療現場の人員集めが大変だったり、病院経営がうまく行かず、入院施設を閉めてしまったのかもしれません
先ほどの老医師にも沢山のご苦労があったのかと思います

PTの方はヨロヨロしている私に色々と励ましてもくれて、私の身長にマッチした松葉杖を調整してくれました

今振り返っても、今回の怪我でいつも私に寄り添ってくれたのは、どの病院でもPTの方々でした、本当にすごいお仕事だと思います

そして今も大変助けて頂いております(未だにリハビリ中)

Kさん(今お世話になっているPT)この場を借りてお礼を。。。
いつもありがとうございます!

またまた長くなりましたので続きは次の投稿で、、、

以下に次の記事を投稿致しました、読んで頂ければ嬉しいです
入院するまでロング&ワインディングロードでした
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