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居そうで居ない架空の誰かの話①
仕事帰りに、友人と会って話し込んだ帰り道。
飲屋街をふらつく酔っ払いを躱しながら駅へと向かっていると、ふと、1人の酔っ払いの男が立ち止まった。
え、こわ。
距離をとって足早にすり抜けようとした時、
それが見知った男だったと気がついて、心臓がびくりと跳ねた。
向こうも会うと思っていなかったのか、一瞬驚いた顔をしたが、
「……はっ、歳とったな〜、お前。太ったんじゃねぇの?」
そう、引き攣った笑い顔で私に向かって言った。
そいつはかつての職場の同僚で、……関係があった男。
私がその職場を辞めてから、もう10年近く経とうとしている。
そんな久々の再会だった。
#昔の話
出会った当初は気さくに話ができて、真面目でいい先輩だと思っていた。
わりと人当たりもいいし、優しくて、ルックスも悪くない。
私は若気の至りで、彼に告白して、
でも彼は「彼女がいるから」と私の告白を断った。
同じ課の同僚だったから公私は分けて、今まで通り仲良くやろうなって話で私も諦めることにした。
けど彼がその年度途中で体調を崩し、病院で鬱と診断されたことで、状況が一変する。
なんとか仕事は続けられるけれど、サポートが必要な状態だった。
彼は私にそのサポートをしてほしいと言ってきた。
仕事上でのことを彼女には相談できないから。
あくまで同僚として。
私の目には彼が誠実な男に会っていたから
少し悩んだけど、承諾することにした。
彼に頼られることが増えていくうちに、
私の欲は膨らんでいった。
抑えるのが、難しくなるほどに。
それで……ある時、私たちは、……一線を超えた。
自分がどれだけ馬鹿だったかは、その後苦しんだ私自身がよーーーくわかっている。
そして、関係が深くなるとともに、私は彼の真実を知った。
彼はダブル不倫の末に妻から離婚された。
相手の女が今の彼女。
奥さんは呆れ返って「彼女のこと本気なんでしょ」という捨て台詞を残して彼の元を去り、彼女のことまでは追及しなかったそうだ。
要するに勝手にすれば?ということらしかった。
彼自身は、無類の小心者。
その割にお酒を飲めば気が大きくなり、彼女との関係も飲みの席から始まったことだったそうだ。
小心者の彼は、相手から別れたいと言われない限り別れられない。
学生時代からそうだったらしい。
鬱の原因も、仕事に対する責任というだけではなく、家庭を壊し、家で1人でいることの方が大きかったようだ。
私といえば、彼の鬱に対して責任感を感じていたし、彼を支えていること、役に立っていることが自分の価値のようにさえ感じていた。
あの頃の私は、自分に自信がなかった。
うん。馬鹿げてると、今でははっきりわかる。
恋の呪いにかかっていたのかも知んない。
#まだ…怒ってるんだな
気の小さいこの人が、酔った勢いで精一杯虚勢を張っている姿を見て、私は哀れに思った。
自分がどんな表情を彼に向けているかはわからなかったが、彼の顔は冴えなかった。
あんたも歳とったな……。
なんて、口には出さないけど思った。
「おい、なんか言えよ」
虚勢の裏で、その瞳が悲しそうに揺れている気がした。
なんと返していいか、それともこのまま「すみません、失礼します」とでも言って立ち去ろうか考えているうちに、彼はため息をついた。
その顔が、みるみるうちに泣きそうな表情に歪んでいく。
「……おれを、恨んでるんだろ」
いや、泣かれるのはめんどくさいな。
私は彼の顔を正面から見て、口を開いた。
「……いや、恨んでないけど。つか、もうなんとも思ってませんけど」
彼が困惑した表情でこちらを見ている。
「……まだ、怒ってるんだな」
弱々しい声で、彼がつぶやいた。
「……いや、だから」
言いかけて急速にめんどくさくなる。
違うんだって!と語気を荒げたら、結局怒ってることになる気がした。
うーん。
この様子だと、この人まだウジウジするんだろうなー。
どうせ彼女とも別れてないだろうし、あの頃となーんにも変わってないんだろうな。
と、そんなことが頭をよぎった。
#あなたはあなたのまま
一つため息をついたら、積年の想いが溢れ出てくる。
ここで会ったのも何かの縁なら、いっそ吐き出しても悪くないんじゃない?という自分勝手な考えが頭に浮かんだ。
「あのね。あれから10年近く経ってるんだよ。
恨むも恨まないも、もう終わってるでしょう?
私の中で、もう消化されて、いらないものは排泄されて必要なものは教訓として吸収し終わってる。
私は、あなたと出会って成長できたと思うから無駄だとも思ってないよ。
間違ってもあなたの生き様から学んだわけじゃなくて、あなたとの関係性から学んだんだけどね。
自分が若くてバカだったことも含めて。
あなたが成長してないのも、状況が変わってないのも私があなたから去ったからじゃなくて、あなたのせいよね?
あなたが誰かから好かれることは、あなたの価値が上がることじゃないのよ。
逆にあなたから誰かが離れても、あなたの価値が落ちたわけじゃない。
付き合ったり別れたりすることで価値は変動しないの。
あなたはあなたのまま。私も私のまま。
良いところもダメなところもあなたが意識して努力してるかどうかなの。
あなたの現状がすっきりしてないんだとしたら、それはあなた自身の努力不足なのよ」
彼は目をまん丸にしてこちらを見つめている。
酔っ払いの頭には言われてることがわからないかもしれない。
いや、っていうか、彼の考えを勝手に解釈して言い放つ私もおかしいことは確かだけど。
「……まぁ、そういうことだから。私は別に見た目が前より太ってても自分に自信が持ててるし、幸せだから気にしないで。
それでは、さようなら」
ほとんど放心状態の彼を置き去りに、私は深く頭を下げた後、その場を立ち去った。
彼には非常に申し訳ないが、
言いたいことを言えて、とてもすっきりした気持ちで帰路に着いたのだった。
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