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おとなの修学旅行
おとなの修学旅行。
最初に言い出したのは、福岡で焼き鳥屋をやっている友人Tだった。
高校の修学旅行で白川郷を訪れた僕らは、その美しさにいたく感動して、卒業後の飲み会でも、そのときの思い出が幾度となく話題に上った。
ちょうど地元で開催されていた華やかなどぶろく祭り、当時なぜそんなものを持っていたのかいまだに不明なのだが、誰かが持ってきた8mmビデオで撮影されたショートムービー「偽善の愛」、「花柄洗面器事件」、「みかんネットお狐様事件」など、とてもここでは書けないような出来事が目白押しで、それも皆の記憶の中に強烈に刷り込まれたのだと思う(白川郷の美しい景色はどこに行ったんだよ?とも思う)
「おとなになって再訪する白川郷は、きっと素晴らしい感動を与えてくれるはずだ」というTの言葉に感銘を受け、「必ず実現しよう!」と誓い合って時が経つこと15年、いつしかTも「そげなこと、言ったっけ?」と言い出す体たらくで、お鉢が回ってきた僕がその場しのぎで「東京と福岡の中間地点、京都にしよう!」と宣言して更に時が経つこと15年、痺れを切らした栄七が「オレが台湾旅行を企画する!」と宣言して、いまに至る。
ある夜、友人からLINEで「おとなの修学旅行は栄七が企画するって!」という連絡があり、ババ抜きで長らく手の内に持っていたジョーカーをやっと渡せたような気分になっていた僕に、深夜、栄七から着信があったので出てみると、言葉とは思えない言葉を発しているので、「栄七!台湾頼んだばい!」と言うと、更に言語とは思えない言語が聞こえてきて・・いきなり電話が切れた。
かけ直しても出ない・・もう一度かけてもやっぱり出ない・・
『なんという幹事宣言なんだろう・・やはりこやつはただ者ではない』
と思い、暗号まで駆使する有能な忍びを手にしたような気がして、僕は枕を高くして眠りに着いたのだった。
栄七は約束した旅行を実現せぬまま、旅立ってしまった。
ただ、もうみんな実現しないマボロシの旅行だと思っているので、これはこれでアリなのかも知れない。
僕はなんとなく、そのことが頭に引っかかっていて、年末に栄七の追悼ライブが行われたときに、感極まっているファンに混じって、なぜか台湾下見ツアーを心に固く誓っていた。
定年まで旅行会社で働いていた亡き父が深く愛した台湾、なぜかそれと同じ国を選んだ栄七、『もうこれは、行ってこい!って言われたようなもんだ・・』と勝手に解釈して、納得して、栄七の歌を合唱するファンと共に密かにこぶしを振り上げていたのであった。
どうせ台湾に行くなら下見(まだ勝手に自分を納得させている)とはいえ、やはり何か心安らぐツアーがいいな、と思いながらネットを検索していたら、「平渓天燈節」というお祭りを見つけた。願い事を書いた天燈(ランタン)を夜空に放つ幻想的なお祭りだ。
『こ・・これだ!』
頭の中になぜか、さだまさしの精霊流しがリフレインする。
ちょうど栄七と前後するように旅立った粋な遊び人の叔父と、お世話になった恩師とも呼べる前職の上司、そして栄七、三人の名前を書いて、天高く舞い上げようと思い、早速ツアーを申し込んだ。
僕の意味不明な気まぐれに、同行する女房はたいそう喜んでいた。
後から知ったのだが、平渓天燈節は旅立って行った友人知人に思いを馳せてランタンをあげるのではなくて、未来へ向けての希望、例えば、家内安全、無病息災、世界平和などの願いをランタンに書くのだそうだ。
『困ったな・・でも三人の名前を書き連ねて、栄七の常套句「股ね」で締めくくれば、どちらかと言えば、また逢う日まで的な未来志向だな』と、再び強引に自分を納得させたのだが、YouTubeを観ていたら、実際にランタンを上げている方が居て、大きなモノなので2組で1つのランタンに思いを書き綴る、と語っていた。
『えっ・・一緒に書く人たちがフレンドリーな新婚カップルとかだったら、なんて書かれたんですか?などと尋ねられるかも知れん・・』
そこに、「股ね」と書かれていたら、ドン引きするんじゃなかろうか・・私たちの美しい想い出をぶち壊しやがって、とか言われて。
多分、僕のこともド変態ランタン男として、彼らの記憶に刻まれてしまうだろう。
まぁ、それでもいいか。
もう心の中ではこれで行こう、と決めている。
きっと叔父さんは笑いながら親指を立て、恩師は顔をしかめて、栄七は「してやったり!」という満面の笑顔で、遠く離れた場所から、願いを込めた美しいランタンを眺めてくれると思う。