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【自己紹介】はじめましてハルノヒです

読者の皆様、はじめまして。経営コンサルタント/就活アドバイザーのハルノヒと申します。進路に悩む高校生、就活に悩む大学生、キャリアに悩む社会人の方に向けて、Noteを始めました。

始めるにあたり、私が誰か分かりませんので、自己紹介をしようと思います。私を表すキーワードは「ドイツ」「筑波大学」「サッカー」「中国」「総合電機メーカー」です。

幼少期

1991年、京都府に教員をする両親の元生まれました。ちなみに父方姓の親族は全員、教員か農家というちょっと変わった家庭に生まれています。私はその中で初めて会社勤めをすることになりました。

2003年に中学受験をし、同志社国際中学校に進学しました。この学校は帰国子女の受け入れ校で、私の周りは殆ど中学入学時点で海外で生活した経験を持っており、従って英語や他の言語を問題なく話せるという少し特殊な環境にて、中高の6年間を過ごすことになりました。

帰国子女に囲まれた環境だったので、13歳にして私は今後英語を話せるようになることはないと思っていました。しかしながら、周りが経験したことのある海外での生活、というものに大きな憧れを持ちました。この思いが、私の進路選択の原点になっています。

人生の転機と大学進学

人生の転機となったのは2006年のサッカードイツワールドカップを観たことです。当時サッカー馬鹿だった私には、画面に映るドイツのスタジアムが本当にかっこよく、また「英語は無理でもドイツ語なら出来るんじゃないか」という良く分からないことを本当に真剣に思いました。その結果、高校からドイツ語の勉強を始め、大学の進路もドイツ語が勉強でき、サッカーが全国レベルの学校、ということで筑波大学に進学することになりました。

筑波大学進学後は体育会のサッカー部に入りながら、大学3年時にドイツへの1年間の留学するチャンスに恵まれました。しかし、卒業後の進路として、就職を選ばずそのままドイツ語の言語学の修士に進学しました。理由は単純に揃ったスーツを着て、試験対策の様にやる就職活動をやりたくなかったからでした。

就職、出向、転職

大学院進学後も再びドイツへ滞在するチャンスをいただき、また部活もなくなったので、初めてキャンパスライフを楽しむことができ、本当に充実した時間を過ごせました。しかし、研究をそのまま続けるモチベーションもなく、就職活動をすることになりました。そして、ドイツで仕事をするチャンスがありそうな大手総合電機メーカーへの入社を決めました。

就職後、入社前からドイツに行きたいと言っていましたが、会社の方針もあり、中国のお客さんを担当する事となりました。全く興味を持ちませんでしたが、その後中国の販売会社への出向というチャンスもいただき、中米貿易摩擦やコロナウイルスという激動の中国を体感することが出来ました。

2021年に入り、間もなく30歳を迎えるタイミングにて私自身やりたい事が少しずつ明確な形になり始め、電機メーカーを退社し、外資のコンサルティングファームでの勤務を始めました。そして、自身の経験を通じて誰かのキャリア形成のためになることが自身のやりたい事のひとつであると考え、今回Noteを始めました。

私自身、まだまだ未熟であり、迷う日々を過ごしておりますが、そんな中で感じた事、学んだことをこのNoteで発信していこうと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

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